うたた寝をするほどの短いものだったが、熱帯を散歩してきた。スコールのなかを走る長距離バスの旅は、五割増しで感情を刺激するといった話はいずれ書くことになるだろうが、雑話の原稿をだいぶ書きだめたので、しばらくは前回からの続きを載せていく。
■ちょっと前に「旅行記を考える」というコラムで、「旅行記の反知性主義」について書いた。それに関連して、ふと、元乃木坂46の山崎玲奈のことが浮かんだ。「アイドルが社会問題を語るんじゃない」といった批判を浴びているらしいが、「アイドルは、バカで、歌がヘタで、かわいいのが大事」という感情が根底にあるから、そういった批判が出てくるのだろう。「芸能人は政治の話をするな」というのも、同じ感情・価値観があるからだろう。旅論や旅行記にも、同じような批判があるような気がする。たかがライターごときが、社会や歴史を語るんじゃない。旅行記は、楽しいバカ話がいいんだよという感情。
■「オンラインカジノをやりたい方、ギャンブル依存症の方。もう少しお待ちください。大阪で堂々とバクチができるようになるまで、あとわずかな辛抱です。今からたっぷりの資金をご用意ください。どうぞ楽しみにお待ちください。
バクチ都市宣言 大阪」
もうすこしすると、再就職を志望する元警察官やヤクザが、大阪に結集することでしょう。大阪は、ますます大阪らしくなる。
■ずいぶん前から集団就職が気になっていた。時代的には、1950年代から60年代に、地方から首都圏や京阪神に集団でやって来た中学卒業生たちだ。国鉄は集団就職列車を仕立て、東北各地から上野に着いた少年少女たちの姿をニュース映像で伝えた。手にした資料は、『集団就職』(澤宮優、弦書房、2017)だ。著者はじつに多くのノンフィクションを手掛けているのに、なぜかその名を知らなかった。スポーツノンフィクションが多いからかと思って著作を調べたら、『昭和の仕事』(弦書房)ほか、何冊か読んでいることがわかった。
東京のマスコミでは、東北地方からやって来た集団就職を取り上げることがほとんどだが、この本は九州からおもに大阪にやって来た若者を取り上げ、当事者にインタビューしている。たっぷりの時間と費用がかかっていることは明らかだが、その取材費を出してくれる出版社はないから、持ち出しだろう。そういうノンフィクションがぎりぎりで成立していた時代はもう過ぎ去った。
集団就職者だった人たちの連絡先を苦労して手に入れたが、インタビューはお断りという人がかなりいたらしい。自分の過去が、あまりにみじめで、他人に語りたくないということだろう。インタビューに答えてくれた人の話で印象に残ってるのは、「戦後の食糧難」と言われた時代が終わっても、コメの飯が毎日食べられない人が、「中学を出たら、あたしが働かなきゃ」と九州の農村から大阪に出て来た少女たちの話だ。
給料のほとんどを実家に仕送りする少女の唯一の楽しみは、橋幸夫のコンサートに行くことというくだりを読んでいる時に、「橋幸夫死去」というニュースを耳にした。
1965年青森から集団就職で上京した少年のなかに、永山則夫がいたことを思い出す。日本人のコメの消費量は1962年に年間約120キロに達したが、そのあとでも、毎日コメの飯が食べられない人がいたのだ。
サブカルチャー研究は、都会に住んでいる中産階級の家庭で暮らす若者を主軸に語りたがるが、雑誌平凡」や「明星」をつかの間の生きがいにしていた少女たちもいたことを、改めてこの本は教えてくれる。大学どころか、高校にも行けなかった子供たち。マスコミは仕送りをしてもらって都会で暮らす大学生の消費文化を取り上げるが、同じ時代に都会で働いて実家に仕送りをしている少年少女たちがいたことを、おしゃれな都会人は気にもかけていない。
うん、いい本に出会えて、よかった。