2334話 マレー紀行 2025 3 映画のような話

 マレーシア到着は深夜になり、翌日にはクアラルンプールを出てしまうので、宿泊先はKLセントラル駅(KLは、クアラルンプールのこと)近くにした。空港からのバスはここに着くし、地方に出るのもこの駅からだ。

 深夜に宿探しをするのはいやなので、ホテルは日本で予約した。所在地はパソコンで確認し、付近の地図をプリントアウトして持っている。だから、すぐに見つかると思っていたのだが、見つからない。迷った末に、フードトラックの男にたずねる。

 「ああ、そのホテルね。その名のホテルはふたつあって、あっちと、こっち」と指さした。

 「あっち?」

 「そう、白いビルがあるだろ。そこを右に折れると、すぐだ」

 あとになってわかるのだが、その名のホテルは1軒しかなく、「こっち」に歩き出せばすぐに見つかったのに、私は「あっち」を選んでしまった。それで、ますますわからなくなった。

 歩道で茫然としていると、若い男が近づいてきた。イスラム教徒の帽子ソンコックを頭に載せている。スマホを左手に、なにやら話しているようだ。

 「お困りですか? お手伝いしますか?」

 そう声をかけてくれたので、「このホテルを探していて・・・」と言いつつ、ホテル名とその住所を書いたメモを見せた。

 男は電話相手にしゃべった。「いま、ホテルを探している人がいるんで手伝うから、またあとで電話するね」。

 その言葉は、タイ語だった。

 「コン・タイ・ルー?」(タイ人なの?)というと、

 「Yes, and you?」と英語の返事だった。

 「コン・ジップン・カップ」(日本人です)

 「Japanese・・・、にほんじんですか」。今度は英語と日本語だ。

 ふたりの間にタイの話も日本の話もなく、彼はスマホの地図でホテルを探し、「こっちでしょう、多分」と言って、歩き出した。

 「マレーシアで働いているんですか?」

 「はい、そこの店。インド人が経営してます」

 すぐにホテルは見つかった。私がちゃんと手続きができるか確認し、「じゃあ、これで」と彼は去っていった。「コップ・クン・カップ」(ありがとうございます)。彼は私にタイ語はひとことも発しなかった。英語はできるが、日本語はちょっと単語を知っているという程度だった。

 翌朝は、かねてからの願いだったインド朝飯、極薄のパイ、ロティ・チャナイをKLセントラル駅前のインド料理店の店頭で食べていると、「ケンさん!」という声が聞こえた。昨夜の若者が目の前に立っている。きのう、名前を聞かれたので「ケン」と答えたのだが、日本人の名前には「~さん」をつけるという習慣も知っている。黒ズボンにワイシャツ、左腕に黒の上着をかけている。誰にでも会うことができる正しい服装だ。

 「実は、わたくし、こういう者です」といって、首からかける入構証を示した。大きな文字で

 Ministry of Defense

 Foreign Correspondent

 マレーシア国防省詰めの特派員の入構証だ。彼の名はプラヤー。タイではよくある名だ。特派員がなぜ、インド料理店で働いているなどと言ったのか。知りたいことはいくらもあるが、通勤途中のあわただしい時だから、何も聞けない。なにか、怪しい雰囲気ではあるなと感じ、「タハーン・ルー?」(軍人なの)と聞いてみた。

 「A kind of・・」と英語の答えが返って来た。「まあ、似たようなもので・・」ということだろうが、わからん。

うまい朝飯 ロティ・チャナイ