2345話 マレー紀行 2025 14 コタバル市場

 マレー半島東海岸に初めて行ったのは、おそらく1980年前なかごろだったと思う。散歩してあまりおもしろい場所ではないから、それ以後足を踏み入れたことがなく、今年、40年ぶりに再訪することになった。その旅行企画は、マレー半島の山の中を旅してみたかったということと、40年でどう変わったか見てみたいという興味もあった。イポーからコタバルに至る山中のバス旅行は、途中たった一つの小さな町以外、何時間走っても人工物はほとんどなく、ひたすら続く雑木林に道路の両側をふさがれていた。村も街もドライブインもなかった。ときどき油やしの農園は見えるが、水田はまったく見なかった。マレーシアの水田地帯は、半島部の西海岸にあることを実感した。

 40年ぶりのコタバルは、記憶に残る場所もなく、まったく別の街になっていると思っていたのだが、ツーリスト・インフォメーション・センターでもらった地図を広げて街の話を聞いているうちに、市場があると知った。そうだ。その昔、コタバルの市場に行った記憶がある。2階から、1階の市場を撮影した記憶がある。そして、市場を探すと、記憶に残る円形市場があった。2階から撮影したなあと思いつつ、2階に上がってみたが、ここからでは記憶に残る写真は撮れない。一度市場を出てみると、隣にも市場があり、そこなら思い出のままの市場風景が撮れるとわかった。こちらが旧館だ。その写真をどこかの出版物で使ったと思うのだが、単行本や文庫を確認しても見つからないので、雑誌に載せたのかもしれない。

 野菜や果物売り場を歩く。80年代半ばだと、見てすぐに正体がわかる商品は、バナナ、パイナップル、マンゴー、パパイヤと、あと何がわかっただろう。日本の八百屋でおなじみのジャガイモ、ニンジン、タマネギは、当時の熱帯の市場にはない。タイでもマレーシアでも、40年前だと、ドラゴンフルーツはまだない。ミカンもカキもなかっただろう。リンゴはニュージーランドやオーストラリアから入っていただろう。

 タイの市場で売っている野菜や果物が多少なりともわかるようになるのは、”Plants from the markets of Thailand”(Christiane Jacquat,Editions Duang Kamol,

1990)を手に入れてからだ。マレーシアやインドネシアの市場をとりあげて詳しく解説している本は、『東南アジア市場図鑑 植物篇』(吉田よし子・菊池裕子、弘文堂、2001)だ。

 その後少しは勉強したので、野菜や果物の正体はかなりわかるようになったが、品種となるとまるでわからない。もし、この市場にタイ料理に詳しい人が来ても、「これは何だろう?」と首をかしげる商品がいくつかある。

 ひとつは、tempe(テンペ)だ。大豆を発酵させたものだが、納豆菌は使っていないので匂いは弱い。今では日本の業務スーパーでも冷凍品を売っているから、なじみのある日本人もいるかもしれない。

 もうひとつ、melinjo(ムリンジョ)あるいはbelinjoは、タイ食文化に詳しくても多分わからないだろう。私はインドネシアソロの市場で学んだ。グネムツ科の植物で、学名 Gnetum gnemonから英語名gnemon(グネモン)が日本での呼び名らしい。ドングリほどの実をつける。その実を蒸してつぶし、せんべい状にしたものをemping(ウンピン)という。

 キャッサバでんぷん(タピオカ)を原料にした揚げせんべいをkerupuk(クルプック)といい、粉末にしたエビや魚を混ぜたものもある。キャッサバではなく、ウンピンを揚げたものも同じ売り場にある。

 アムステルダムで中国料理を食べたら、皿にこの揚げせんべい(kerupuk)がついていた。中国系インドネシア人が経営者なのか、オランダ人にとって中国料理はインドネシア風中国料理だという認識があるからなのか。私が銀座の中国料理店で働いていた1970年代、店でもピンクのクルプックを出していたが、それは今も日本の中華材料店や業務スーパーなどで売っている中国製のものだ。パッケージは同じなのだが、70年代に中国製食材を日本で売っていたのかどうか? やはり70年代にアムステルダムで食べた「えびせん」も同じものだった。あれは、どこの製品だったのか?

 コタバルだけではなく、ほかの市場でも気になったのが緑のブドウだ。「もしや?・・・」と思っていたのだが、スーパーマーケットで同じブドウを見つけて、わかった。やはり。「Shine Muscat」と書いてある。ウィキペディアによれば、東南アジアのシャインマスカットは韓国産か中国産らしい。スーパーでの価格は、パパイヤなどマレーシア産の果物よりは高いが、リンゴなどと同じで、1パック11リンギットほど(400円強)だった。

 魚でも野菜でも果物でも、市場で正体不明だったものを確認するには、スーパーに行くといいのだが、ときどき間違いもあるから要注意だ。

 

何種類かあるぶどうのひとつが、シャイン・マスカット。