2352話 マレー紀行 2025 21 Jl.TAR(トゥンク・アブドゥール・ラーマン)通り 3

 林(リム)家の人が、「店は、トゥンク・アブドゥール・ラーマン通りにあって」と住所と店名を教えてくれた。

 その通りのことは知っている。その年の旅は、インドネシアの後マレーシアに行くことは決まっていて、クアラルンプールに関するメモをノートに書いてあった。林小姐の店の住所を書いたメモの上の行に、コロセウムColiseumという有名な映画館があって、その隣に Coliseum Cafe & Hotelがあるという情報を書いていた。1980年代当時、そのホテルは漫画家ラット愛用の宿で、古い雰囲気を残していて、しかも安いという情報を教えてくれたのは、たしか小野耕世のエッセイだったと思う。マレーシアのマスコミ関係者がよく顔をカフェがある。

 1987年のマレーシア第一夜は、そのホテルに泊まった。マガジンハウスの雑誌が喜びそうな内装だった。悪くはないが、特にすばらしいという印象はなかった。それは、古いホテルがまだいくらでも残っていた80年代だからの印象で、時代を追って、その古さが魅力になっただろうが、そのホテルのことはその後すっかり忘れていた。今回調べるまで、かつてサマーセット・モームも泊まったホテルだったなどと言うことは知らなかった。

 2025年にこの通りを歩き始めて、コロセウム映画館に出会い、かすかな記憶がよみがえり、「そういえば、隣りにホテルがあったなあ」と思い出したのだが、ホテルの看板は探せなかった。板張りになっている建物が多分、在りし日のホテルだろう。帰国してから調べると、ホテルは21世紀までは生き延びたのだが、コロナ禍で廃業に追い込まれたそうだ。少し前までやっていたんだ(この通りをしっかり見たい方は、ストリートビューをごらんください)。

 コロシアム劇場は、インド映画を中心に上映することで、なんとか生き延びていた。Coliseumという文字を見て、「どっかで見たか、聞いたかした名前だな」と思いつつシャッターを切った。かつて泊まったことがあるホテルがすぐ隣りにあったことを思い出したのは翌日だった。それが、40年の空白だ。PAWAGAMは「映画館」の意味。

 TARは広い道路だと思っていたのだが、意外に狭い。広い道路がいくらでもできたからだ。かつては超高層ビルはもちろん、高層ビルもほとんどない時代で、空が広かった。

 この映画館がなぜインド映画上映館になったかというと、たぶん、このあたりがインド人街だからだろう。「リトル・インディア」という雰囲気ではなく、インド系住民が経営する生地屋が軒を連ねているが、インド屋台街はない。

 1987年のクアラルンプール。Coliseum Cafe & Hotelに泊まった翌日、林小姐の店に行った。彼女は香港に出かけていて留守だった。店は長男と次男のふたりでやっていて、長男とはジャカルタで会っている。結婚式の間は次男が店をやっていたから、このときはじめて次男に会った。長男と違って英語が得意だから、私の質問に答えてくれた。この店は、クアラルンプールでは唯一イスラム教徒でも食べることができる中国料理を出しているという。店内をちょっと眺めただけで、客層がほかの中国料理店とは違うとわかる。中国料理店でありながら、イスラム教徒であるマレー人客の姿が見えた。