2360話 マレー紀行 2025 29 マレーシア語 4

 インドネシア語でトイレや浴室を意味する語は、kamar kecil(カマル・クチル)といい、直訳すれば「部屋・小さい」である。トイレを調べていてわかったのは、kamarはkamerというオランダ語が元で意味は同じで「部屋」。マレー語ではbilik(発音はビリックではなく、ビレック。語末の音節で子音に挟まれたiはeの音になる。マレーシア語はローマ字読みの発音になると思っていると、けっこうめんどうなのに気がつく)。

 そういえば、ポルトガル語で部屋はkamaraだ。かつて、ポルトガルインドネシアの一部を植民地にしたことがあり、ポルトガル語が少し入った。ポルトガルを旅していて、sepatoという看板が目に入り、それが靴屋の看板だったから、インドネシア語のsepatuを思い出したのだ。テーブルはmesa。インドネシア語ではmeja。ラテン語ではmensa。オツムが飛び切りいい人たちの団体Mensaも、語源は同じ。

 バスのことを考えていて、マレーシアとインドネシアの外来語に対する態度が違うなあと思った。バスはマレーシア語ではbasで、「バス」と発音する。英語busが元の語でも発音はブスではないから、発音通りbasと綴る。ただし、マレーシアは英語がよく使われている国だから、busという表記もよく見かける。ピンクに塗装された市内バスに、bas myあるいはmy busと書いてある。マレーシア語は修飾語がうしろに着くからmyが後につく。このmyは英語だと思っていたのだが、Malaysiaのドメインだった。日本のJ〇〇、韓国のK○○のように、マレーシアにはMY○○が多い。

 インドネシアでは、バスはなぜかbisだ。オランダ語をそのまま使ったのかと思ったが、オランダ語のバスはbusで、発音はブス。オランダ時代からbisを使ってきたが、1980年代頃だったか、bus(発音はブス)という語も使われるようになり、混在している。bisの語源を知りたくて調べたのだが、「インドネシア語における「語種」 ―日本語学の視点から―」(青柳沙恵)という論文では、bisもbusも両方オランダ語だとしている。インドネシア語のkereta(車、列車)もポルトガル起源だとしているが、ポルトガル語では、comboio、tremといった語を使うので、さらに調べれば、車や馬車を意味するcarretaが語源らしいとわかる。スペイン語のcarro、carruaje、carrozaなども語源は同じ。

 東南アジアはインド文明の影響を強く受けて来たので、サンスクリット・パーリー語が多く入っている。その点ではタイ語もマレーシア語も変わりはない。タイ語で「タイ語」は「パーサー・タイ」、マレーシア語で「タイ語」は「バハサ・タイ」というように、似ている語はいくつもある。

 外来語に対する態度が、タイ人とマレー人では違うと感じる、簡単に言えば、文字派と発音派の違いだ。

 「国家」を意味するマレーシア語はnegaraと書き、ヌガラと発音する。タイ語ではナコーンという。おそらく、サンスクリットの綴りをそのままタイ文字に置き換えたようで、นครとなる。そのタイ語をローマ字で表記すれば、nkrとなる。まず、母音がない。gとkが明確に区別されない。語尾のrはnの発音に変わるという法則を使い母音を補って、ナコーンになる。「味」を意味するマレーシア語はrasaで、タイ語ではรส(rs)と書く。語尾のsはtの音に変わるという法則で母音を補って発音すれば、ロットになる。西洋の植民地にならなかったタイでは、タイ語守旧派の力が強く、「ややこしい綴りを知っているのが教養人である、エヘン」という人たちが主導権を握っているから簡易な綴りにはならない。「できるだけ多く漢字を使って書くのが教養人」と思っている日本人もいたなあ。なお、タイ語と近いラオスラオ語では、タイ語よりもずっと簡潔化されている。

 発音よりも元の綴りが大事というのは、韓国人も同様で、ローマ字でHyundaiと書いても、発音はヒョンデ。その韓国語の発音を日本人には求めるが、ローマ字表記はそのままだから、日本以外では従来のままヒュンダイとなる。李という姓はriと発音されるのだが、朝鮮南部のなまりではrが落ちて、i、つまりイとなる。ところが、この姓をローマ字表記すると、Lee、Ri、Rheeなどと書くが、発音はもちろん「イ」だ。日本人には「イ」と読ませるが、それ以外の外国人には「リー」と読ませる。「イ氏、イさん」と「Mr.Lee」が同一人物である。

 発音よりも、文字である。日本人もその傾向はあるが、外国人に自分の名前を伝えるためのローマ字表記を、実際の発音とは違う表記にするということはあまりしない。