2363話 マレー紀行 2025 32 飲み物 3

 まったくおしゃれではない、古くからある食堂の飲み物メニューならほとんど解読できるだろうと思ったが、わからない商品もあった。ここでは、紅茶tehを例にする。

 中国料理の食堂のメニュー。マレーシア語と中国語の知識を総動員して、メニューを解読する。インスタントコーヒーが「即溶珈琲」というのは、なるほど。

 tehはたいていはアイスティーなので、”Teh Es”といえば、コンデンスミルクがたっぷり入った甘いアイスティーがテーブルに登場する。熱い紅茶なら、Teh Panasという。

 ミルクを入れない場合は、Teh Oという。ネット情報で、「0はゼロのこと。ミルクが入っていないからゼロ」と解説している人がいたが、O(オー)は漢字で書けば「烏」で、この場合の意味はカラスではなく、「黒」。烏龍茶は、黒い茶葉だからその名がある。烏木は黒檀のこと。砂糖もミルクも入れない紅茶はTeh O Kosong(テー・オー・コーソン)という。Kosongは「0(ゼロ)」、「何もない」という意味だ。タイのミルクなしアイスコーヒーをオーリャンというが、漢字でかけば「烏涼」である。

 ここまでは知っていたのだが,”Teh C”がわからない。

 「これは何ですか?」と店主に聞くと、「フレッシュ・ミルク」だという。ミルクなのに、Cで始まる単語が思い浮かばず、不審な顔をしていたら、私を厨房に案内して空き缶を示した。それは、フレッシュミルク(鮮乳)ではない。エバミルクだ。なるほど。砂糖は入れるが、あまり甘くないミルクティーを望む客には、コンデンスミルクではなくエバミルクを使うのだ。砂糖を入れないから、The C Kosongと注文する。このCについてさまざまな解説があるが、代表的なエバミルク”Carnation”のCらしい。

 タイの甘いコーヒーや紅茶は、このふたつの練乳の両方を使う。

 練乳についてメモを書いておくと、練乳には、加糖練乳(condensed milk)と無糖練乳(evaporated milk)の2種類あるが、日本では練乳というともっぱらコンデンスミルクを指すようだ。冷蔵庫がなかった時代、牛乳の保存手段として考えられたのが缶入りミルクだ。かつてインドで、そしてタイのインド系住民の牛乳販売は、乳牛を連れて戸別訪問をして、軒先で乳を搾っていた。こういう商売は、インドの田舎だといまでもあるだろう。

 食堂のメニューにあるChamというのもわからないが、「鴛鴦茶」という中国語表記でどういう飲み物かわかった。「コーヒーと紅茶を混ぜた飲み物」を「Cham」(混ぜたもの)と表記したようだ。この飲み物は香港で知った。しかし、この語の読み方を知らなかった、今調べると、日本語読みは「えんおうちゃ」、広東語読みでは「ユンヨンチャー」となるらしい。鴛鴦はオシドリのこと。詳しく知りたい方はウィキペディアなどで、調べてください。香港にはこんな変な飲み物があると知って、香港の大学教授で食文化研究者に話をしたら、「そんな飲み物は知らない。香港にはない」と言われてびっくりしたことがある。香港のことだからと言って、香港人全員がよく知っているというわけではないというわけだ。さて、ネット情報では、chamは福建語で「混ぜる」を意味する言葉だというが、確認のしようがない。

chamは福建語「まぜる」というのがネット情報。インターネット辞書で、「福建語 混ぜる」で検索すると、出て来た。

 

 掺 (chham): 一般的に「混ぜる」「加える」という意味で使われます。様々なものを混ぜ合わせる状況で広く用いられます。

 

 マレー語に入ったさまざまな中国語を集めた辞書”a baba malay dictionary”(William Gwee Thian Hock、Tuttle,2006)で調べてみるが、chamという語は載っていない。しかし、似た単語は載っている。champorは古い綴りで、現在はcampurと綴る。意味は、「混ぜる」。この語は日本でもちょっと知られていて、同じ意味の沖縄の「ちゃんぷる」も同じ語が元だといわれている。chがcに綴りが変わっていくのは1970年代で、手元の古い辞書では「champor champur」で出ている。私の想像に過ぎないが、福建語で「混ぜる」を意味するchhamあるいはtshamと発音する語が沖縄やインドネシアに伝わり、それぞれの地で「チャンプル」という語になったのではないか。

 チャムとチャンプルーが同じ語源らしいとわかる。疑問は、調べてみるものだ。「チャンポンで飲んじゃいけない」といった時に使う「チャンポン」も混ぜるという意味。台湾で出版されている辞書では、混合するという意味の「攙和」(chan huo)が語源らしいという説もある。

 本日『アジア・トイレ紀行』(山田七絵・内藤寛子編著、白水社、2026)購入。アジア経済研究所研究者の手による学術的エッセイ。買ったすぐ後で、たまたまベトナム研究者に会ったので、この本の話をすると、ベトナムにも中国のように大きな部屋に水が流れる溝があり、何人もがその溝をまたいで同時に用を足す大部屋共同使用トイレがあるそうだが、残念ながらそういうトイレの話はこの本には載っていない。この本に、マレーシア語のtandasは出てくるが、語源など詳しい歴史的・言語学的解説はない。