地下のその食堂に入り、自分でテーブルまで運んできた料理を見て、既知感を覚えたのは当たり前で、コロナ禍前にもこの店に来ていたことに気がついた。愛用の店というのではない。店名さえ知らないのに、同じ店に入った理由は、入り口の看板だ。「雞飯」という文字が見えたからだ。この料理は中国語では、海南雞飯。マレーシア語ではNasi Ayam Hainan。英語ではHainanese Chicken Riceという。どの言語であれ、この料理の名を目にしたら、吸い込まれてしまう。前回も、この通りを歩いていて、店の看板を目にして、吸い込まれたのだ。骨付きのニワトリをゆでてぶつ切りにして、そのゆで汁で炊いた飯を添えてひと皿にした料理だ。「当店は、こんなに名店なんですよ」というポスターが貼ってあるが、テーブルの料理はぶつ切りにしたモモ肉の骨の周りは血がついていて、ゆで時間が数分短かったことを示している。
この肉といっしょにゆでたほかの肉も、このように骨の周りに血がついたままならまずいことになるという老婆心ならぬ老人心で、骨を見せつつそっと店長に伝えたのだが、「そうですか」で終わった。こういうのも、企業駐在員がイライラするシーンなのだろうと思った。

タレがかかったこういう鶏飯は、タイにはない。今、この写真を見れば、なぜ上下逆に撮影したのか不明。まあ、何も考えていなかったのだろう。撮影よりも、食欲だ。
話はその半年前に戻る。日本で、タイ料理の禁断症状が出た。タイ料理を食べなくても1年や2年は平気なのだが、コロナ禍前からとなるともう5年以上タイ料理から離れていて、普段は日本ではけっしてタイ料理は口にしないのだが、魔が差したというべきか、あるタイ料理店に入った。「本日のランチ」が「カオマンガイ」と壁に書いてあるので注文してみたのだが、それはそれはひどいものだった。骨にこびりついた肉をこそげ落として集めたものを飯の脇に盛り、「はい、カオマンガイでございます」というのだ。やはり、日本でタイ料理を食うもんじゃない。
ちょっと寄り道をすると、タイ語にK音は6つあるがG音はないから、私は「カオマンガイ」とは書かない。「カオマンカイ」とする。また、ホーリー・バジルと肉の炒め物を「ガパオ」という人が少なからずいるが、「パット・バイカプラオ(ローマ字表記ならPhat Bai Kraphao)、あるいは「パット・バイカパオ」と書く(Krのように、子音の後のrは発音しないことが多いので、日常会話ではkaphaoとなる)。G音がないのに、なぜ「ガイ」のような表記が多いかというと、一つの理由は、鶏肉もタマゴも、綴りも発音も違うが、カタカナで書けば「カイ」になってしまうから、それを区別するために、鶏肉を「ガイ」とG音を使うようになったのだろう。より詳しい説明は省略する。
日本でどうにもひどいカオマンカイを食べてしまったから、ふと「本場物を食べにタイに行こうか」と思ったのだが、マレーシアに行って、マレー料理、中国料理、インド料理などを食べたほうがバラエティーがあるなと思ったのが、今回の旅の動機のひとつだ。
だから、マレーシアではタイ版海南鶏飯であるカオマンカイ(分解すれば、飯・脂・鶏である)のことを忘れていたのだが、マレーシアに来て1週間目のコタバルで、出会ってしまった。この話は次回に続く。
*地球の歩き方シリーズを資料にしらべてみると、『世界のグルメ図鑑』は「カオマンガイ」と書いているが、『アジアのグルメ図鑑』や『バンコク』などは「カオマンカイ」と書いている。ネットでは「ガイ」が多いのに、地球の歩き方はK音をちゃんと「カ行」で表記しているのだが、なぜか「ガパオ」だなあ。