484話 いつまでも眠っていられない理由

 AMラジオの番組で、中年の男女4人が雑談をしていた。
「むかし、若いころって、いつまでも寝ていたよな」
「そうそう、徹夜したことも多いけど、寝るとなったら、徹底的に寝ていたな」
 私もそうだ。徹夜はしょっちゅうだったが、同時に、いったん寝たら、いつまでも寝ていた。会社勤めのないライターで、おまけにまったく売れていないから、「寝たい」という欲求はいつでも、最大限かなえられた。目覚まし時計など必要のない生活だった。
 ある日のこと、目が覚めたら、あたりが暗かった。朝8時ごろに寝たのだが、目が覚めたら夜の10時だった。「きょう」がなかった。人間は、太陽に体をさらさないといけない、こんな生活ではいけないと反省して、それ以降、目覚まし時計を使うことにした。目標は「午前中に起床」だった。まず11時半にセットし、しばらくしたら11時にした。そして、1年ほどかけて8時までもってきて、以後現在に至る。もう、これ以上早くすることはない。
ラジオの雑談は続いている。
「寝るのってさあ、体力がいるんだよ。だから、若い時はいつまでも寝ているが、中高年になると、長時間寝ていられないんだ」
「なるほど」
 こんなことを言う人が多いが、私は同意しない。長時間寝ている病人やけが人などいくらでもいる。中高年の眠りが浅い理由のひとつは、若いころと比べて体力をあまり使っていないからだ。単純に、運動量が少ないから疲労も少ない。
「うちの高校生の息子なんか、起こさないと夕方まで寝ているのよ。信じられないわよね、トイレにいかないで、10時間以上寝ているなんて」
「オレなんか、夜中にトイレに2回は行くから、1度にせいぜい3時間くらいしか寝ていないわけだ。8時間も、トイレに起きずに寝ているなんて考えられないよなあ」
「そうそう」
 その心情というか、体調というか、習慣とでもいうか、夜中にトイレに行くという行為がわからないから、「トイレに行くから、長時間寝ていられない」という発想が私にはない。
 記憶がある幼少期から現在まで、夜中に目が覚めたことはもちろんあるが、トイレに行きたくて目が覚めたことは1度もない。少なくとも、そういう記憶がない。地震や、暑い、寒いなどといった理由で目が覚めることはある。理由はわからないが、夜中に目覚め、布団のなかでちょっと考え事でもしていたら数分でまどろんで熟睡ということもあるが、尿意を感じて目が覚めるという体験が1度もない。私が夜中に起きないのは、酒を飲む習慣がないということにも関係があるのかもしれない。
 ところが数か月前のある日、明け方に目が覚めた。トイレに行きたかった。初体験だ。翌朝も、同じように目が覚めた。「おお、ついにそういう年齢になったか」と、わが身の老化を悟ったのであるが、1週間もたたずに「夜明けの目覚め」はなくなった。幸せなことに、ベッドに入って数分後に眠りに落ちてから目覚ましが鳴るまで、毎夜熟睡している。ときどき、目覚ましのセットを忘れると、昼まで寝ていることがある。バンコクならうるさくて寝ていられないから、目覚まし時計なしでも、いつでも早起きだった。日本の我が家の周辺は静寂・閑静だから、いつまでも寝ていられる。