1632話 滞在許可 その1

 

 外国で長期間生活している人のビザって、どうなっているんだろうか。国籍などいろいろな事情を考えると面倒なので、日本人限定で考える。現地企業や日本企業の社員ということで、正式に就労ビザを得ている人は、わかる。研究者なども、わかる。日本料理店経営といった人もわかる。怪しいのは、観光ガイドとか「アメリカで音楽の勉強をしている」とか「ミュージカルの勉強をしている」といった人たちだ。学生ビザだと、国によって違いがあるが、仕事ができないし、ユニオン(組合)に加入していないと、正式な仕事はできない。

 アメリカ在住日本人なら、坂本龍一渡辺直美クラスなら、有能な弁護士を雇って、正々堂々と就労できる滞在ビザが取れるだろうが、普通なら綾部裕二クラスに長期滞在許可がでるのは疑問だし、ユニオンにも加盟できないだろうし、どういう手を使っているのだろう・・・というような疑問は、どこかの国で長期滞在した経験のある人なら、すぐに感じる疑問だろう。

 ドイツ人音楽家と結婚してオーストリアで暮らしている中谷美紀は、出演したテレビ番組で「結婚したのは配偶者ビザを得るためでした」と話していた。法律上の結婚を特に望んでいなかったようで、「いっしょに暮している」というだけでよかったので、「留学生ビザとかいろいろ考えたんですが、結局、結婚するのが一番便利で・・」と話していた。ドイツやオーストラリアや日本を出入りして、ヨーロッパに好きなだけ滞在できるビザは、配偶者ビザが最良だろう。

 銀座の店でコック見習いをやっていたとき、外国語学校の夜間コースでスペイン語を学んでいたことがある。その期間に、いわゆるオープンスクールというものがあり、誰でも好きな言語の授業に出席できた。理由は覚えていないが、私は英語のクラスに行ってみた。考えてみれば当たり前だったのか、英語の会話が成立する生徒は私だけで、授業に退屈している気配の若い教師は、私にインタビューするという感じの授業をした。私がコックだということを知った教師は、「店に外国人はいる?」と聞き、「料理長は台湾人です」と答えると、「料理人は、ビザを取りやすいんだよなあ」といいつつ、ひとりごとのように、日本のビザの話をした。おそらく、この若い教師は観光ビザで日本に入った旅行者で、滞在期限ぎりぎりまで日本で働き、一度出国し、また日本に戻ってくるというアルバイト教師だろうと推察した。

 横浜から香港へのソビエト船に乗ったことがあるのだが、西洋人の一団が皆日本で働いている英語教師で、香港で日本のビザを取って、同じ船で日本に戻る人たちだった。格安航空券などほとんどなかった時代は、この船が外国に行く安いルートだった。韓国便のフェリーはもっと安いが、東京から下関に行く交通費が高かったから、横浜から船に乗る方が合計額では安かったのだ。

 香港とビザの話を書いていて今思い出したことがある。香港でしばらく過ごして、香港の雑学本を書こうかと思ったことがある。山口文憲氏が『香港 旅の雑学ノート』を書く前の話だ。東京で香港のビザを取りたいと思い、英国総領事館に手続きを問い合わせると、恐ろしくなるほどの書類が必要とわかり、ビザはあきらめた。結局、長期滞在をしたことがない。ビザなし滞在期限の7日間とそれを延長して、さらに7日間の滞在許可を得ただけだ。

 今はコロナに関係なく、長期滞在したいとはもう思わないが、現在のビザ事情を調べると、観光ビザというものはどうやらないらしく、日本国籍者は観光目的なら90日間以内はビザなしで滞在できるというのが原則らしいが、実際に何日の滞在許可になるかは出入国係官の判断しだいらしい。

 このあと、数回にわたり、長期滞在とビザの話を書く。

 

1631話 公園にて

 

 ウチのすぐ脇に小さな公園がある。たいていは日曜日の午前中だが、孫を連れたおじいさんの姿を見かけることがある。孫は「きゃーきゃー」言いながら公園を走り回っているが、おじいさんはさして楽しそうでもない。黙ってじっと孫を眺めているだけだ。そういう光景を眺めていて、その20分ほど前の様子が想像できた。

 テレビの前に座り込み、新聞と老眼鏡とお茶をテーブルに置き、朝から時代劇やスポーツ番組を見ているおじいさんに、部屋の掃除やかたずけや洗濯をしたい妻か嫁か娘が、孫を連れてしばらく外に出てくれないかと言われたのだろう。掃除機をかけると、「テレビが聞こえない。うるさい!」などと怒鳴られたら、いつまでたっても掃除ができない。定年退職したじゃまな男を公園に送ったのだろうと、私は想像している。

 ある日。

 3歳児くらいの子が、泣きじゃくっている。「うぇーん」でも「ええーん」でもなく、全身を震わせて「ぎゃーぎゃー!!」と叫んでいる。公園を360度見回しても親の姿が見えず、「どうしたの」と声をかけようかと思ったが、「幼児に不審者が近づく!! 危険」と見られないだろうかとためらいがあり、それでも放っておけないので、「どうしたの?」と声をかけていると、遠くから「すいませ~ん!」と言いながら走ってくる母親の姿が見えた。幼児を置き去りにして、どんな用があったというのだ。

 また、ある日。  やはり3歳くらいの子が公園を走っている。近くに親の姿が見えない。大丈夫かと心配になったが、ちょっと離れたベンチに母がいた。スマホを手にして、顔をあげる素振りはない。

 また、ある日。

 午前中は激しく降っていた雨は午後にはやんで、強い日差しになった。

 きょうは買い物には行けないかと思っていたのだが、雨が上がったから近くのスーパーに買い物に行こう。家を出て、この公園を横切ろうとしたら、水たまりの脇に堂々と座り込んで泥水遊びをしている子供がいた。白いタオル地の服にいくつものシミがついている。私には子供の年齢がよくわからないのだが、2歳か3歳くらいだろう。その子のすぐわきに母親が立って、黙って子供を見つめている。

その母親に声をかけたくなったが、まったく知らない人に話しかけるのはいかにも変かと思うものの、たまらず「洗濯、大変ですね」と声をかけ、母親は苦笑いしながら「ええ」と小さく応えた。

 私はそんなことを言いたかったわけではない。話をしたかったのは、60年以上前の話なのだ。

 たぶん、4歳か5歳くらいだったかもしれない。「ドラえもん」をはじめ、昔のマンガには空き地があり、なぜかそこになぜか土管があったのだが、我が家の前にも置きっぱなしになった土管があった。ほこりをかぶって白くなっている土管に何度も潜り込み、馬に乗った気分で土管にまたがって遊んでいると、近所のおばちゃんが「そんなことしてたら、お母ちゃんにしかられるよ」と言ったのだが、私は「いいんだ」と口答えした。そのやり取りを母は家の中から見ていたのだが、何も言わなかった。

 そのあとの記憶はないのだが、夏の暑い日だったから、すぐさま裸にされて風呂場で全身を洗われ、着替え、服は洗濯したのだろう・・・と思い浮かべていたら、あのころの我が家には洗濯機はなかったことに気がついた。水道もなかった。井戸からたらいに水を汲んで、洗濯板と固形石鹸で、私が汚し放題にした服を洗濯してくれたのだということに気がつき、いま目の前の母子にその思い出話をしたくなったのだが、余計な話だとよくわかっているから話かけはしなかった。ほこりだらけ、泥だらけになっていても、「よしなさい、汚いじゃないの」などとい言わなかった母を思い出した。

 考えてみれば、10代になっても20代になっても、母になにかを「やりなさい」と言われたことはないし、「やめなさい」と注意されたこともない。高校時代の学業成績が超低空飛行している私に、たった一度だけ、「自分で生活できる学力か技術を身に付けなさい。親を当てにしなさんな」と言ったことは覚えている。

 「キャッチャー・イン・ザ・ライ」って、こういうことなのだ。

 

 

1630話 名前の話 その6

 

 私の名前は前川健一と書き、「まえかわ けんいち」と読む。難読名ではないし、誰でも当たり前に読める名前だと思っていたが、同姓同名の学者の論文に「前川健一(まえわ けんいち)」とあって、「そうだよなあ」と思い出した。わたしは少年時代奈良県に住んでいて、我が家は近所では「まえがーさん」と呼ばれていた。「まえがーさんちのけんちゃん」が私である。

 名前が濁る・濁らないという例はいくらでもある。山崎が「やまさき」、柳田が「やなぎた」などがある。松田は九州でも「まつだ」が普通のようだが、関西なら「まったさん」と呼ばれることもあるだろうが、公文書に「まった」とフリガナを振る人は多くないかもしれない。堀田は「ほった」と「ほりた」の両方あるなあ。きっと「ほりだ」もあるだろう。

 地名は、なるべく現地の呼び方を尊重するというのが日本の基本姿勢だから、英語圏でVeniceと呼んでいる街をベネチア(Venezia)とイタリア語風に呼んでいる。日本国内でも同じように現地語発音に従うかというと、いろいろ問題がある。大阪の京橋は、アクセントは東京の京橋とは違うが、フリガナを振るならどちらも「きょうばし」だ。日本橋は大阪では「にっぽんばし」、東京では「にほんばし」で、現地の呼び方をそのまま採用している。しかし、これが標準ではない。

 日本人の多くは鹿児島を「かごしま」と呼んでいるが、当の鹿児島県民は「かごんま」(あるいは、かごっま)と呼んでいて、ほとんどの日本人は現地の呼び方を無視している。鹿児島が県内では「かごしま」ではないと初めて知ったのは、与論島に滞在していたときだ。

 宮崎県都城市は市の公式呼称は「みやこのじょう」としているが、現地呼称は「みやこんじょ」に近い音だろう。市内の施設などには「みやこんじょ」という呼称も多い。「沖縄」は地元では「おきなわ」ではなく、「うちなー」と呼ばれている。沖縄方言の母音が、「aiueo」ではなく「aiuiu」だから、音が変わるのだ。

 沖縄県豊見城市は「とみぐすく」(発音により近く表記すれば、とぅみぐしく)だが、豊見城高校は「とみしろ」だ。これは高校野球で全国的に「豊見城」という校名が広まったので、読みやすい「とみしろ」へと改変が起こったらしい。市内の高校と小学校は「とみしろ」、中学校は「とみぐすく」と呼称が違う。東京の阿佐ヶ谷と阿佐谷といった表記の違いや、やはり東京の江古田は、「えた」、「えこ」、「えこた」という呼び方が混在しているというのとは違い、全国的になるために呼び名を簡易化したのだ。

 つい最近、外国人の名前が気になった。テレビで、ハワイ州知事の名を「イゲ」と言っているので、どういう民族的背景がある名前なのか知りたくなった。調べてみると、イゲ知事はDavid Yutaka Igeという日系人で、Igeは「伊芸」で、沖縄にルーツがある姓だ。現在の日本で2000人ほどしかいない珍しい姓だから気になったのではない。アメリカ人はけっして「イゲ」とは発音していないのは明らかだからだ。

 英語の発音サイトで、David Igeを調べると、私には「デービッド・イーゲン」と聞こえる。このサイトでは、同じくハワイ出身の日系人格闘家Dan Igeはなんと「ディア・ナイジェ」と聞こえる。ハワイのテレビ番組では、「イーゲイ知事」と紹介されていて、これは私の想像通りだ。英語人は語尾が「e」で終わる語の発音は”e”にはできないというクセがある。だからkaraokeは「カラオーキ」(アメリカ人なら、桑田佳祐のようにキャラオーキィ)になり、酒は「サキ」になり、神戸は「コービー」になり、枝豆は「エダマーミ」になる。だからIgeもたぶん「イーギー」だろうと想像していたのだが、「イーゲイ」だった。

 日本で「リーガン」と呼ばれていたRonald Wilson Reaganが大統領になって、「現地の発音により近い」という理由で「レーガン」と呼び名が変わった例にならえば、Ige氏は現地の発音通り「イーゲイ知事」とするべきだろう。「Ige」という綴りを重視して、ローマ字読みの「イゲ」が正しいとするなら、バイデン大統領ではなく、ビデン(Biden)でないとおかしい。

 さあ、どうする?

 ややこしくも興味深い「名前の話」は、今回で終了。

 

 

1629話 名前の話 その5

 

 名前の話をするなら、氏、姓、名字,苗字などの違いを説明しなければいけないのだが、面倒だから省略する。ネット上に情報はいくらでもあるから、詳しく知りたい人は自分で好きなだけ調べてください。ここでは氏、姓、名字,苗字はすべて同じ意味として書いていく。

 日本人と苗字に関して、ネット上でもいまだに堂々と自信満々に、間違いを書いている人が少なくない。苗字は武士など特権階級にのみ許されたもので、農民たちは明治になって初めて苗字を持ったという解説が、大間違いなのだ。

 名字帯刀という言葉がある。これは武士以外でも、大小の刀を帯びることを許され、公の場で苗字を口にし、書くことを許されたという意味だ。

 鎌倉時代あたりから日本人の多くが苗字を持つようになり、江戸時代にはほとんどの人に苗字があったのだが、公然と使うことができるのは武士や貴族などだけとされた。農民の苗字は寺の書付けや過去帳といった私文書には書いたが、公の場で名乗ることは許されなかった。農民でも苗字を持ち続けることで、家制度を守ってきたのだ。天皇家や僧侶などを除けば、日本人は数百年前から苗字を持っていたのだ。

 オリンピックの選手名を「姓+名」の順にするか、「名+姓」の順にするかという議論があった。呉智英は、姓+名か名+姓かの問題を論じたコラムで、「一般に東洋人は姓・名、欧米人は名・姓である」と書いているが、大いに問題がある発言だ。まず、世界を東洋人・西洋人という古典的2分類で見ている態度だ。そして、東洋はアジアすべてかという問題があり、それ以上に重大なミスは、どんな民族にも姓があるのは普遍的事実だと思い込んでいることだ。

 多くのイスラム教徒には姓がない。父親の名を、自分の名のあとにつけるが、それは姓ではない。マレーシアの場合は、自分の名のあとに、「~の息子」を表すbinをつけて、その後ろに父親の名をつける。タイに住んでいるイスラム教徒の場合は、タイの法律で姓を持つことになっているから、法律上の姓がある。

 インドネシアの場合、他民族国家だからインドネシア人すべての話はわからないが、「姓はない」といってほぼ間違いないらしい。元大統領のスカルノスハルトも、それが名であり、姓はない。称号などをつけても、姓がないことに変わりはない。名がふたつかみっつある場合もあるが、それらすべてが名であり、姓はない。インドネシア女性と結婚したあるインドネシア在住の日本人は、自分の苗字を息子の名の後につけたが、もちろん全部が名であり、姓はない。

 ミャンマーも民族による違いがあるかもしれないが、おおむね「姓はない」といってよさそうだ。 モンゴルも、姓はないと言ってよさそうだ。

 では、インドではどうかというと、非常に複雑で、私の手には負えない。実は、今回のコラムは参考書をチラチラ見ながら書いている。第三世界の人名に関する最良の参考書は、アジア経済研究所が企画した『第三世界の姓名』(松本脩作+大岩川嫩編、明石書店、1994)で、幸いにも現在は古書市場で安く手に入る。1626話の華人の姓リストは、この本に載っていたものだ。この本のもともとの企画は、アジア経済研究所の図書館で蔵書の登録をする場合、著者名の表示をどうするのかという大きな問題があったという。研究者が論文を書く場合、「Johnson 1998」のように、引用する論文の著作者名は姓を書くのが普通だが、問題がある。

 ひとつは、名がいくつもの語から成り立っているが姓がない場合、どの語を姓のように扱うかだ。インドネシアの小説家プラムディヤ・アナンタ・トゥール(Pramoedya Ananta Toer)も、名が3語あるが、姓はない。

 もう一つの問題は、タイ人の場合のように、姓はあるが通常その姓を使わない場合だ。タイ人が書いた論文の著者名を姓でリストすると、通常使っている名では検索できなくなる。規則通り姓を重視するか、通常よく知られた名を使うか決めておかないと、同一論文に筆者がふたりいることになる場合がある。

 『第三世界の姓名』は、徹底的に人名の研究をしてみようと企画した本だ。おなじくアジア経済研究所の英知を使った傑作『アジア厠考』すでに紹介した。

 『人名の世界地図』(21世紀研究会、文春新書、2001)のように、「世界」というタイトルをつけていながら、ほぼすべてが西洋人の名前に関する内容という本はいくつも出ているが、非西欧世界の姓名に関するまとまった資料はそれほど多くない。

 

 

1628話 名前の話 その4

 

 タイ人の名前のローマ字表記というのは、これまたややこしい。『まとわりつくタイの音楽』という本を書こうと思ったときのことだ。当然ながら、多くのタイ人が本に登場するのだが、そのカタカナ表記をどうするかで悩み、自分なりの法則を作った。だから、ローマ字表記も機械的にできるのだが、それは私のやり方でしかない。「タイ語のローマ字表記法」といったような規則はないので、各自バラバラに、好きなようにやる。バラバラといっても、おおまかにふたつの方向があり、ひとつはタイ語の綴りを機械的にローマ字に移し替えていく方法で、もうひとつはアメリカ人が喜びそうな英語風の綴りにする方法だ。タイ在住の西洋人がやりたがる方法で、英語人相手に特化した表記だ。

 タイ語の綴りをできるだけ忠実にローマ字に置き換えようとしたものが過去には多かった。現在はタイ語の綴りは参考にするが、単純化して読みやすくした折衷作が主流だが、今でも「権威」を表したいときは、この方法を用いることがある。タイ語原理主義者といったらいいだろうか。タイ語の発音をローマ字で表記するというものではない。例えていえば、日本語の旧かなづかいをそのままローマ字に置き換えたようなもので、極端に言えば「tehutehu」と書いて、外国人に「蝶々」と読めと迫るようなものだ。

 タイ語のローマ字表記の問題はいくつもあるのだが、ここではひとつだけ書いておく。地名や人名になると、タイ語原理主義者の発言が強くなるのだ。インド起源の「偉そうな単語」がまずい。タイにはナコン・ラーチャシーマーとかナコン・パノムとかナコン・サワンなど、ナコンがつく地名がいくらでもある。ナコンは「街、都」といった意味だが、そのタイ語の綴りをそのままローマ字表記するとnkrだ。母音を省略したサンスクリット語の綴りをそのままタイ文字に移して、「ナコン」と読めというのがタイ語だ。サコンナコーン県を綴りのままローマ字に置き換えると、Sklnkrだ。県名などはありがたい語を使いたがるからこうなる。

 nkrは今では、外国人にわかるように「Nakhon」と母音を補って表記する人が多くなったが、なかには元のタイ語の綴りに忠実にローマ字表記したがる人が学者や役人に多いような気がする。ちなみに、タイ語でnkrと表記するサンスクリット語インドネシアでは母音を補ってnegara(発音はネガラではなく、ヌガラ)になり国家を意味する。東南アジアはインド文化の強い影響を受けてきたという例のひとつだ。

 タイ最大の国際空港は、英語では“Suvarnabhumi Airport”と表記している。こんな綴りの単語はタイ人でも教養がないと多分読めない。タイ語のสุวรรณภูมิというタイ語の綴りをそのままローマ字に置き換えたものだ。分解すると、Suwanna(黄金の)phuum(土地)という意味のサンスクリット語だ。wをvで書きたい人は故老にはいる。タイ語の綴りではphuumiと「i」がついているが、発音しない。それでもローマ文字には書いておきたいという原理主義者的発想だから、ローマ字なのに外国人は読めない綴りにしてしまった。日本語では「スワナプーム」国際空港という。ちなみに、マレーシアの「マレー人優遇政策」(bhumiputra)は、「大地の子」という意味だ。

 前回例に挙げたタクシン元首相の姓はチナワットだが、ローマ字表記ではChinawatra(あるいはShinawatra)だ。タイ語の綴りをそのままローマ字表記すれば、Chinawatrだが、語尾のrは発音しないのに、ローマ字表記では母音を補ってraと表記したがるが、もちろん発音しない。インド渡来のありがたい語だと示したいのだ。

 タイの有名な映画監督に、チャトリーチャルーム・ユコンがいる。姓のローマ字表記をYukolとするから、外国人は「ユコル」と呼びたがるのだが、タイ語では語尾のLやRはNに変わるという法則があるから、発音はユコンになる。しかし、元のタイ語の綴りに忠実であろうとして、こういうことになり、外国人を困らせるのだ。

 そういうややこしい話はともかく、タイ人歌手の名をカタカナで表記していて気がついたのは、日本語がかなりできるタイ人が、同じように日本人の歌手名をタイ文字で書いていくことができるかということだが、それは無理だ。タイ人の名前は基本的に法則通りに発音するから、そのままカタカナに置き換えていけばいいのだが、日本人の名前は、それをどう読むのかは基本的に本人しか知らないのだ。「中谷」が「なかや」か「なかたに」か「なかだに」か、他人にはわからない。極端な例を言えば、「一郎」と書いて「じろう」と呼んでもいいのが日本だから、正しい読み方など他人はわからないのだ。

 

 

1627話 名前の話 その3

 いままでは、私のよく知らない世界の話を調べつつ書いてきたが、タイ人の名前に関しては、少々知っている。

 タイ人が姓を持つようになるのは1913年の姓名法以降のことだ。つまり、それ以前は姓がなかったのだ。貴族や公務員は役職名や王から与えられた欽定名を使っていたが、姓ではない。資料によれば、自分の姓を決められない人用に、国王が数千の姓リストを作り、その中から選べるようにしたが、同一地域で同じ姓の申請は認めないという規則があったという。タイ人の名前に関する文章には、どれもこういうことが書いてあるのだが、その当時、タイ語が読めない人はいくらでもいたし、パソコンがない時代に、同じ姓があるかどうか、どうやって確認したのだろうといぶかしい。

 それはともかく、現在でも同姓はほぼ一族ということになる。だから、日本の田中や佐藤のように、「どこにでもある、ありふれた姓」というものはタイにはない。

 これには実体験がある。ある日新聞を読んでいたら、ある事件の関係者の姓が知り合いと同じだったので、共通の知人に確認したら、知り合いの兄だった。火事のニュースに、被災者の姓がやはり知り合いのものと同じだったので知り合いに確認すると、「親戚だ」という。

 タイ人の名前について調べていて興味深いことはいろいろあるが、1913年の姓名法は選択的夫婦別姓だったが、1941年に妻は夫の姓を名乗ることになった。2005年以降、再び選択的夫婦別姓に戻った。

 タイ人の名前は、名+姓の順になる。姓が長いのは、貴族など特権階級と中国からの移民に多い。中国移民はタイに同化するためにタイ語の名前を作ったのだが、元の中国語の姓を織り込んだり、「光り輝く」とか「繁栄」とか「躍進する」などのめでたい語を戒名のように付け足していくから、姓がどんどん長くなる。タイ族の農民出身という人なら、シンプルな名前だ。

 こうして、タイ人も姓を持つことになったが、通常、姓は使わない。ある会社の主任に「部下の姓は」と聞いたら、ひとりも知らなかった。書類には姓名がきちんと登録されてはいるが、正式書類以外姓は必要ないし、誰も気に留めない。

 クーデタでタイを追われた元首相の名は、タクシン・チナワットという。姓がチナワットだが、マスコミも「チナワット首相」とは呼ばない。名を使って「タクシン首相」と呼んでいた。現在の首相はプラユット・チャンオチャといい、「プラユット首相」と呼ばれている。英語では姓に敬称をつける決まりになっているのだが、タイの英語新聞では、姓ではなく名に敬称がつく。

 姓が重要視されないということは、スポーツ大会などでタイ人が好成績をあげても、姓だけしか報じないと、それが誰だかわからないということになりかねない。

 実は、日常的には姓を使わないだけではなく、名もあまり使わないのだ。タイ人は生まれると、親や誰かがあだ名(チューレンという)をつける習慣がある。単純で、よくあるあだ名だとムー(ブタ)、ノック(トリ)、デーン(赤)、ウワン(デブ)、レック(チビ)などがあり、西洋かぶれだと、ボビーとかジェーンというのもある。知り合いは母が病院に向かうタクシーの中で生まれそうだったので、「もし、タクシーで生まれていたら、オレのあだ名はタクシーだった」と話していた。彼はタイ人には珍しく、あだ名を持っていなかった。

 というわけで、学校や職場ではこのあだ名を使うので、姓名が登場するのは試験や公文書などだ。

 

1626話 名前の話 その2

 

 名前に限ったことではなく、中国語のローマ字表記やカタカナ表記もむずかしい(非ローマ字言語のローマ字化がやさしい言語は少ないが・・・)。日本の漢字で「北京」と書く場所を空港などで「Beijing」と表記しているが、けっして「ベイン」と発音するわけではない。これは、中国語のピンイン(ローマ字による発音記号のようなもの)であって、Bは英語のB音とは違うのである。

 無気音と有気音の区別という話は勉強したことのない人にはややこしいので、ここでは簡単に書いておく。例えば、「ぱ」という文字を、息を吐き出すように発音すれば有気音、口から息が出ないように「ぱ」と発音すれば無気音になる。外国語教室では口の前に紙をぶら下げて、紙が揺れるかどうかで判断したりする。中国語のPは有気音だとPで表記し、無気音だとBというふうに表記を分けている。だから、Bは「B音ではなく、Pの無気音を表す」というややこしいことになる。したがって、Beijingは「ベイジン」ではなく、「ペイチン」に近い音になる。台北はTaipeiではなく、Taibeiと書く理由も同じで、「タイイ」と発音するわけではなく「タイペイ」だ。

 したがって、中国語のローマ字表記も、中国語を読めない人のためというより、中国人が中国語を学ぶための「ふりがな」のようなものであり、現在ではデジタルに有用な記号だともいえる。記号だが、実際の音には対応していないことも多い。当然の話だが、中国語のローマ字表記をどう工夫しても、中国語を知らない人には発音できない。ちょっと中国語をやったくらいでは、実際の発音とローマ字表記のずれにいら立つ。例えば、「水」は日本式の音読み「すい」に近い音かもしれないと、日本人はまず思う。ピンインを見ると、“shui”(記号省略)とあるので、「シュイ」かと思うと、「シュエ」に近い音で、教科書を見ると「シュエイ」に近いとあるが、語尾ははっきり聞こえない。そういうことはいくらでもあるが、外国人にもピンインは便利であることは確かだ。

 中国の中国人の名前のローマ字表記はかなり統一しているようだが、マレーシアやシンガポール華人の場合は、同じ漢字でも福建語や広東語など出身地の発音で違ってくる。林という姓も、中国ではLinだが、広東語ならLamになり、福建語ならLimになる。陳なら、中国でChen、広東語でCan、福建語ではTanになる。シンガポールやマ レーシアでは黄をNgと表記したり、王はWanではなくOng。ジュディー・オングの姓はローマ字ではOngと書くが、漢字では王ではなく翁。中国語のピンイン(発音記号)ではwengと書くが、実際の発音はウオンにやや近い。

 この話は、香港の芸能人やマレーシア華人の名前に漢字がわかるので、もう少し書いておこう。

李 Lee(北京語)、Lei(広東語)、Li、Lee(福建語)

張 Chang(北京語)、Cheong(広東語)、Teoh(福建語)

鄭 Cheng(北京語)、Cheng(広東語)、The(福建語)

梁 Liang(北京語)、Leung(広東語)、Neoh(福建語)

葉 Yeh(北京語)、Yip(広東語)、Yeap,Lap(福建語)

鄧 Teng(北京語)、Tang(広東語)、Teng(福建語)

こういうことをすべて含めて、本人が表記したいように表記するというのが通例らしい

蛇足だが、上のリストを見ていると、茶が北京語や広東語でcha、福建語でteとなり英語のteaにつながるという変化がよくわかる。