1382話 最近読んだ本の話 その15

 ドアも壁もないトイレ

 

 日本人が書いたトイレの名著ベスト3は、もちろん私の評価基準で判断したものだが、『ロシアにおけるニタリノフの便器について』(椎名誠、新潮社、1987)と『東方見便録』(斎藤政喜+内澤旬子小学館、1998)の2冊に、totoの資料が加わる。totoがかつて東陶機器と言っていた時代、乃木坂に資料室があった。そこに通って、いろいろ資料を読んだ。もっともおもしろかったのは、『東陶機器七十年史』という社史だった。創業者の自慢話ばかりの社史と違い、ダイヤモンド社の手による労作で、おもしろそうだったから、430ページほどの本をコピーして、じっくり読んだ。今回、その資料をネットで探していたら、『toto百年史』がデジタルで読めることがわかった。おもしろい内容だが、モニターで読む気はしないな。

 さて、『東方見便録』で強く記憶に残っているのが、シベリアのトイレだ。ドアのないトイレで、中国以外にソビエトにもあるんだと初めて知った(アメリカの軍隊などにあることは、すでに知っていた)。ソビエトのトイレ事情はそれ以後まったく接していなかったが、『犬が星見た』(武田百合子、中公文庫、1982)に詳しい情報が書いてあった。

 武田百合子は夫武田泰淳と夫の古い友人竹内好と3人で、「69年白夜祭とシルクロードの旅」というツアーに参加した。1969年6月から7月にかけてひと月弱の旅だった。ここでは、ハバロフスク空港のトイレの長い描写の一部を引用する。興味のある人は、51~52ページの全文を参照。

 「便所を探す。男と女の横顔が描いてある扉。女の横顔の扉を押して入る。ロシアの女たちが、壁に向いたり、こっちを向いたりして、ずらりとしゃがんでいる。立ったまま用を足している人もある。太りすぎてしゃがめないのかもしれない。その勢いのよさ――めいめいの湯気が立ち昇っている。扉も衝立もない。コンクリートの床に白い大きな琺瑯洗面器風のものが、並べて埋め込んである」

 その洗面器風便器の左右に足をのせる台がついているというから、インドよりもタイ風に近いのだろうか。ノボシビリスクのホテルのトイレは共用。個室は3つあり、ふたつは扉付きで腰かけ式、ひとつは扉なしのしゃがみ式。トイレットペーパーは電話帳だから、使用した紙は屑籠に捨てる。

 扉やドアのないトイレは、中国の場合は反政府的落書きやビラを貼ったりさせないためのようだ。ソビエトの場合、シベリアなど中国の近くに見られるようだが、その関係はよくわからない。

 著者は、どこに行っても食べ物と便所(彼女はそう書く)の情報はきっちり書く方針らしく、この本を読むと1969年当時のソビエトのトイレ事情がよくわかる。

 ユーチューブをいろいろ見ていたら、中国のことを教えてあげましょうという若い日本人女性ふたりの動画があり、中国のトイレ事情というタイトルだったので、見てみると、「今の中国には扉のないトイレなどない」と断言していた。そんな話を信じないが、高級ホテルに滞在する団体旅行客の視界からは消えたということか。

 このブログ更新中も本を読んでいるから、「最近読んだ本の話」は終わりがない。キリがないので、このあたりで終わる。そのうち、あらたなテーマで、このブログをまた始めます。

 

 

1381話 最近読んだ本の話 その14

 ふたたび食文化の本

 

 田中真知さんの配慮で、名著『地球生活記 -世界ぐるりと家めぐり』(福音館)などすばらしい本の著者、小松義夫さんにまた会う機会を得た。世界の住生活をめぐる写真家で、私の興味にピタリと合う本の書き手なので、10時間でも20時間でも聞きたい話題は尽きない。小松さんの本をもっと読みたい。

 インド料理を食べながら、数時間雑談をした。話題がアフリカのことになると、「そういえば、最近、ブルキナファソの本が出ましたね」と私がいうと、「ああ、清水さんの本ね。彼、おもしろい人ですよ」と小松さん。その本、『ブルキナファソを喰う』(清水貴夫、あいり出版、2019)は、出版直後からアマゾンの「ほしい物リスト」に入れている。そのときはまだ読んでいなかったが、つい最近、読んでみた。

 読み始めてすぐ、嫌なことを思い出した。この本の最初の80ページほどは、いかにして研究者になったかという自伝、あるいは自己紹介である。280ページ足らずの本で、自己紹介にこれだけの紙数を割いた研究者の本と言えば、バックバッカーの研究書ということになっているらしい『旅を生きる人びと』(大野哲也世界思想社、2012)を思い出す。もしかして、若者への人生読本、啓発本として書いたのかもしれないが、私には全く不要だった。

 この本は、ブルキナファソセネガルの食文化について書いた本だと思っていたのだが、どうやらガイドブックのつもりらしい。この本のサブタイトルは「アフリカ人類学者の西アフリカ『食』のガイドブック」となっている。英語のサブタイトルは、”An Anthropological  Guidebook of West African Gastronomy”(西アフリカの文化人類学的美食ガイド)だ。

 西アフリカ料理図鑑としては、カラー写真が少ないというのが決定的な欠陥だ。何が写っているのかよくわからない白黒写真では、料理のガイドにはならない。もうひとつの欠陥は、このアジア雑語林の1373話と74話で書いたように、説明なしで出てくるカタカナ語の処理だ。例えば、「マジー」(化学調味料)。現地でそのように呼ぶのかもしれないが、これを「インスタントスープなどでおなじみのマギー(maggi)」のように書いてあれば、日本人にもわかる。「ムトン」という肉の話が何度か出てくるが、羊肉のフランス語のことだろうが、フランス語を使いたいなら解説が必要だが、なぜ「羊肉」ではいけないのだろうか。あるいは、フランス語名「オゼイユ」という植物が説明なしで出てくるが、日本語で「スイハ、スカンポ」とすれば、わかる人はいる。「パーム・オイル」は、それがどういう素性の油なのか明らかにしていない。読者は、著者と同じくらい西アフリカの食材に詳しいわけではないのだから、基礎からのガイドが必要だ。コメの話を少し書いているが、西アフリカのコメ食の歴史も踏まえておく必要があるのではないか。

 普通に考えれば、まず市場の話を書き、そこで売られている穀類や野菜や果物や肉や魚や調味料や調理器具の解説をしておかないと、話が進まないと私は思うのだが、著者の考えは違うらしい。

 私はアフリカの素人だが、明らかな間違いや疑問をあげておく。

ソルガム(シコクビエ)ソルガムコーリャン、モロコシ)。モロコシの学名はSorghum bicolor。

ムンバイからナイロビは4~5時間だそれは無理だ。6時間以上かかるはず。

インドなど南アジアでは(中略)小指以外の4本の指の指先でつまむようにしてとって口に運ぶが、アフリカでは指全体を使っているイメージがある「4本の指」と「指全体」の違いがよくわからない。「指全体」とは「手の平全部」ということか? インドでもどこでもコメの飯は、指先だけで食事をするのは上流階級の優雅な食事風景だけだろう。

バオバブとカポックによく似ていて、ブルキナファソ人もよく間違える(要約)ホント?! 似ていないけどなあ。

カフェ・トゥーバは正確にはコーヒーではないが「コーヒーにスパイスを入れたもの」とウィキペディアにある。それで思い出したのは、ケニアの海岸の町モンバサで飲んだコーヒーはピリピリと辛かった。その正体を調べなかったと、いまごろ後悔している。

 というわけで、ただの旅行者が書いた本ならともかく、長年の滞在経験のある文化人類学者が書いた本だと考えると、いくらブログをもとにしているとはいえ、もう少し何とかならなかったと思う。西アフリカの私の知識は、食文化の話を含めて川田順三の著書に負うところが多い。「スンバラ味噌」の話など、40年たってもまだ記憶の断片に残っている。

 外国の事情を日本の読者によりよく伝えるには、次の3点のどれかが必要だ。

1、的確で見事な日本語で表現する。

2、具体的な理解のために、写真やイラストなどが適切に用意している。ただし、写真の点数が多ければそれでいいというわけではない。

3、充分な情報がそろっている。

 例に挙げた川田順三の2冊の本は、1を充分満たしていたから、40年後も内容を覚えていたのだ。今なら、条件2と3に力を入れれば、別の名作が生まれただろうにと思うのだが・・・。

 

 

1380話 最近読んだ本の話 その13

 言葉の本

 

 西江雅之(1937~2015)さんは、早稲田大学政経学部在学中、図書館の開館とともに入り、さまざまな外国語を自習すると同時に、大学で学べるあらゆる外国語の授業に出席し、のちに言語学者となった。

 世間には「言葉オタク」というような人がいる。言語学者はそれを職業化した人たちなのだが、仕事とは関係なく、外国語学習に精を出している人もいる。知り合いの編集者の話では、同僚は毎年、その年に学ぶ言語を決めるという。例えば、アムハラ語を学ぶと決めれば、1年間ひたすら学ぶ、翌年は別の言語を学ぶ。仕事とはまったく関係なく、ただ「好きだから」という理由だけで、外国語を学ぶ。城巡りやボディービルと同じように、外国語学習が道楽である。

 高校時代の友人は、つい最近リスボンに短期滞在し、ポルトガル語に磨きをかけている。彼はすでにスペイン語、フランス語、英語の観光通訳の資格を取り、次はポルトガル語で資格を取ろうとしている。「あとひとつ、5言語習得」を目標にしている。彼の場合は外国語学習が仕事に結びついているのだが、通訳は定年退職後に選んだ職業で、基本的に外国語学習が大好きなのだろう。

 私は日本語も外国語も、とにかく言葉には興味はあるが、それを徹底的に学ぶという熱意や根気や努力が徹底的に欠けているので、どの言語もまともに勉強していない。単なる、言葉好きでしかないから、言葉のエッセイはよく買う。

 言語学者黒田龍之介の本はよく買うのだが、基本的にロシア語とその周辺の言語という枠を出ないので、あまりおもしろくない。それでもついつい買ってしまうのは、味気のない言語学論文と違い、読みやすいからだろうか。『世界のことばアイウエオ』(ちくま文庫、2018)も、いつもと同じ感想で、「その言葉を使っている人のことをもっと書いてくれればいいのになあ」である。

 この文庫の解説をしているのが、外国語オタクのライター高野秀行である。だから、彼がこういうの本の著者で、言語学者が解説をすれば、もっとおもしろい本になったと思う。編集者の誰か、高野さんに言語エッセイを書いてもらうといいですよ。彼の場合は、単なる物好きで外国語を学んでいるわけではなく、使うための外国語だ。その点では梅棹忠夫に近い。

 私は言語エッセイのファンだから。本屋でその種の本を見ると、ついつい買ってしまう。食文化研究書のハードルは高いのだが(つまり、より専門的な本を望むということ)、言語エッセイのハードルは低い。古本屋で安く売っていると、躊躇せず買ってしまう。

 『美人の日本語』(山下景子、幻冬舎、2005)はちょっと恥ずかしくなる書名なのだが、趣味はいい。ブックデザインがいい。ちょっと味のある言葉を選んで解説した本だ。例えば、「天泣」(てんきゅう)は雲がないのに降る雨のこと。天気雨とか狐の嫁入りと同じ。「几帳面」(きちょうめん)は、元は大工用語だったことなど、歳時記と雑学本を合わせたような本で、古本屋で100円ちょっとだから買った。

 定価で買ったのが、『知っておくと役立つ街の変な日本語』(飯間浩明朝日新書、2019)は、朝日新聞連載の「街のB級言葉図鑑」をまとめたもので、かなり気に入っている。辞書に載っていない語の使用例が写真で紹介してある。「皆様のお役にたてれるよう・・・」というように、ら抜き言葉が看板になっている例。「お昼のランチ」という二重表現。そういえば、「5時までランチ」とか「モーニングは1時まで」というような張り紙が喫茶店にあったような気がする。そもそも、「モーニング・サービス」というのは、あえて意味を探れば、教会の朝の礼拝のことなんだけどね。

 

 

1379話 最近読んだ本の話 その12

 川下り

 

 新宿駅東口のブックオフは、新宿のディスクユニオン巡りのあとのお決まりのコースになっている。2019年最後のCDと本の買い出しに出かけたとき、ブックオフの棚で『たまたまザイール、またコンゴ』(田中真知、偕成社、2015)を見つけた。どれだけ売れているのか知らないが、古本屋での遭遇率は割と高い。つまり、よく見かけるということだ。それでも、私は読んでいなかった。チェコだのバルトだのと、ヨーロッパの本を中心に読んでいると、「アフリカの本は、今読まなくてもいいか」という気分だったからであり、なぜかこの本は古本屋でもそれほど安くなってはいないのだ。

 このブックオフでも、定価2300円(税別)が1480円だから、高い値付けだ。パラパラとページをめくると、傍線や書き込みが著しく、ちょうどそこに店員が通りかかったので、ページを開いて見せて、「これで、この値段?」と疑問と抗議の声を上げると、「あっ、失礼しました。これでいかがでしょう」と、手にしていた値段ラベルを貼る道具(専門用語では、ハンドラベラーというらしい)で新しい値札を貼った。「200円」。

 本の書き手は、読者がどう読んだかを知りたいだろう。この本のどこに傍線を引き、どういう書き込みをしたのか、著者の真知さんは知りたいだろうなと思い、200円で購入を決めた。

 著者へのプレゼント用に買ったのだが、私も書き手の端くれ、読者の読書の跡を点検してみたくて、読み始めた。この本の前半は、美人の妻とのふたり旅で、過去の旅行記を再編集したものだ。その過去の旅行記はすでに読んでいるのだが、真知夫妻はふたりとも、元大学探検部出身という経歴ではなく、脳みそが大腿四頭筋でできているような体育会所属でもない。木陰で静かに本を読んでいるのが似合うタイプなのに、小舟でザイール川を下るとか、よくもまあまあ、そんなひどい旅にかよわき妻を巻き込んだものだと思うのだが、それでも奥さんは拒絶しなかったのだから、似た者夫婦なのかもしれない。

 この本の後半は書下ろしで、2012年にまたしても小舟で同じ川下りをした旅行記だ。今度は若い友人と一緒だ。

 この後半部分を読んで、いままでの正統的な紀行文の最後の姿を見たような気がした。旅行先の政治・経済状況や歴史を書いておくというのは、従来のきちんとした紀行文の常識だったのだが、現在出版されているあまたの旅行記は、「行った、撮った」というだけのもので、足は動いても頭は使っていない。「調べる、考える」がないのだ。ジャーナリストでなくても、旅行先の概要はとりあえず押さえておこうという書き手は、世代的に言えば、蔵前仁一(1956年生まれ)と田中真知(1960年生まれ)と高野秀行(1966年生まれ)らが最後かもしれない。調べたことを文章化するかどうかは別として、基礎知識は備えてから書くという態度は、ネット時代に入った今、若い読者にはもはや時代遅れなのだ。旅行者の多くは、自分が旅をしている土地がどういう歴史があって現在に至っているのかなどということに興味はない。バカ笑いできる本か、人生を教えてくれる啓発本を求めているのだろう、もちろん若い読者全員じゃないがね。

 さて、この本の傍線、書き込みは、「なぜ、そこに?」という意味不明なものが多く、おもしろみに書ける。著者に対する批判や共感でも余白に書いてあればよかったのだが、そういうものもない。だから真知さんにはプレゼントしていない。しかし、あれほど傍線を引きながら読んだ人物は、送られてきた本を書評し、すぐに売り払ったプロの書き手ではないかと推察する。

 

 

1378話 最近読んだ本の話 その11

 日本の近代住宅

 

 本を買っても、本棚にはその本を入れる余裕がとっくにないので、いっそ建築関連の本をまとめて整理してしまおうかと思っていたのに、新聞の書籍広告で『近代建築そもそも講義』(藤森照信+大和ハウス工業総合技術研究所、新潮新書、2019)を見たら、すぐさま買いたくなった。藤森氏は東大を退職後、怒涛のように出版しているのだが、建築の本は高いから、なかなか買えない。買えないが、興味はある。神保町に行くと、ついつい建築の専門書店南洋堂書店に足を踏み入れる。ここは好きな本屋のひとつだ。

 書棚の大きな本を手に取る。『NA建築家シリーズ04 藤森照信』(日経アーキテクチャー編、日経BP、2011)のページをめくったら、小田和正との対談が載っていた。非常に興味はあるが、10分で読み終える対談に2000円(定価は3300円)を払う気はない。レジ前で立ち読みする図々しさはない。

 藤森と小田は、ともに東北大学で建築を学んだいわば同級生で、大学卒業後、藤森は東大大学院に進み、小田は早稲田の大学院に進み、引き続き建築を学んだ。

 『近代建築そもそも講義』は新書だから、すぐに買った。

 内容にざっと目を通すと、すでに知っていることが多そうだが、読んだことのほとんどを覚えていない昨今、既読かどうかは大した問題ではない。

 日本の住宅は、明治を迎えてさまざまな問題を解決しようとした。防火と上下水道は、もちろん江戸時代からの課題でもある。上下水道の整備はコレラなど疫病対策の意味も強い。そして、「もっと光を!」という欲求があった。このブログでバルト三国の建築に触れたとき、日本の家は煙対策をほとんどしなかったという話を書いた。ただ、京大阪の町家では、細長い家の中央に台所があって、その上が吹き抜けになり、煙り出しがついていると書いた。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~tentyou8/page003.html

 小さな屋根がついた煙り出しが、ガラスの時代が始まると、天窓になる。ガラスは非常に高価だった。板ガラスは風船状に膨らませたガラスを切って板に延ばすのだが、高価だからせいぜい一家に1枚しか買えない。そこで、屋根につけて、天窓にしたようだ。ガラスが安くなっていくと、障子に使う。ガラス戸にするほどの財力がないと、障子の一部にガラスを使う。猫間障子であり雪見障子である。こういう障子が、ガラスの節約から生まれたものだとは知らなかった。

https://w-wallet.com/syouji10.html

https://w-wallet.com/syouji9.html

 私は衣食住に興味があり、とりわけその変容に興味がある。日本では、衣はほぼ完全に西洋化された。食は、一時、若者の日本料理離れが問題視されたが、コンビニのおにぎりと回転ずしのおかげで、コメの消費はまだ息を続けている。コメと醤油なしで外国生活が送れる日本人はそう多くない。

 住はどうか。明治に洋館ができたが、あれは仕事場であり応接室であって、住人の生活は別棟の日本家屋で暮らしていた。洋館を建てたからと言って、生活が西洋化したわけではない。住の西洋化で最大の問題となったのは、靴を脱いで家に入るかどうかということで、和洋の折衷案として生まれたのがスリッパだ。洋館といえども、日本では土足のまま入ることに躊躇があったのだ。この問題に関しては、「突然現れたスリッパ問題」という章で解説しているが、この問題に関しては、私もこのアジア雑語林でしばしば書いてきたが、実に興味深いテーマだ。

 今の日本では、日本間のない家はそれほど珍しくない。畳の上で寝たことがない日本人だっている。浴槽を使わずシャワーだけという人もいる。しかし、靴を履いたまま家に入り、靴のまま生活をしている日本人は極めて少ないと思う。そして、世界では、靴を脱いで家に入る人が増えているという話は、このアジア雑語林ですでに書いた。

https://maekawa-kenichi.hatenablog.com/entry/2019/08/22/095941

 私は建築学よりも、居住学や文化人類学の方により興味がある。建築家の芸術表現なんざ、どーでもいいのだ。

 

 

1377話 最近読んだ本の話 その10

 女の集団のゴタゴタ

 

 田部井淳子という名前は、「登山家」ということ以外まったく知らないので、どういう人生を歩んだのかちょっと知りたくなって、『タベイさん、頂上だよ』(田部井淳子、ヤマケイ文庫、2012)を買った。この本は2000年出版の『エベレスト・ママさん』(山と渓谷社)を文庫化したものだ。田部井淳子は、世界で初めてエベレストの頂上に立った女性であり、世界七大陸最高峰に登頂した最初の女性でもあると知った。

 この本に行きつくまでのいきさつを書いておくと、そもそもはヤマケイ文庫だ。年に1回くらいは、アマゾンで「ヤマケイ文庫」を検索したり、神保町三省堂の登山書籍の棚でヤマケイ文庫の背を眺める。登山に興味があるわけではないが、日本人の海外旅行史を調べていると、海外旅行自由化以前に、登山隊として日本人が外国に出かけた歴史があるので、登山の本も一応チェックしている。1960年代から外国に出ている田部井淳子の本も、このさい読んでみようと思ったのである。

 この本を私は「人間の集団の物語」として読んだ。女の登山家は男と違って、出産、育児、家事などを担当せざるを得ない状況にあり、「みんなで、山に登ろう!」という熱意だけでは登山計画を実行に移すのは難しい。この本には、メンバーとの意見や感情のバトルが実名のまま綴られていて、問題がないから文庫化されたのだろうとは思うものの、「そんなこと、書いていいのか?」と思う場面が少なからずある。やはり団体行動は大変だ。

 そういう人間の摩擦が「女特有の」と表現できるかどうかわからないが、1975年のエベレスト隊の場合はこうだった。登山隊は、もちろん女だけで組織された。隊員のなかで、誰がさらに上に登るかといった人選でもめるのは男女共通だろうと思うのだが、この登山隊は隊長の行動がおかしい。

 標高2400メートルのルクラに着くと、隊長は「カトマンズに用がある」といってヘリコプターに乗ろうとしたが、席に空きがなく断念。

 標高3900メートルのタンポチェに着いたら、隊長は「日本に電話をかけたいから、カトマンズに戻る」といって、隊を離れる。しかたなく、田部井が隊長になる。数日後、隊長は日本に帰国してしまったと知る。9日後、隊長が日本から戻ってきた。「理由は聞かないでほしい」というだけ。離脱の理由は書いてない。

 人間関係のゴタゴタと金策の物語は、おそらくどの登山隊でも起こる「あるある」なのだろうと思う。それに加えて、出産や育児家事など、「女の問題」(もちろん、男の問題でもあるのだが)が加わる。この本は、そういう内容の本だ。だから、私は団体行動が嫌いなのだ。団体で100のことを成し遂げるなら、たったひとりで1か2くらいのことをやった方がいいと思う人間だ。

 

 

 

1376話 最近読んだ本の話 その9

 中国人の海外旅行史 

 

 中島恵の『中国人は見ている』がちょっとおもしろかったので、この著者のほかの本を探し、すぐに『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?』(中公新書ラクレ、2015)を買った。すでに、このタイトルは客寄せのこけおどしということはわかっている。「トイレ」と書けば少し売り上げが上がるだろうという思惑がミエミエだ。どうせトイレのことなど大して書いていないだろうと予想した通り、内容的には、東京本社から大阪出張に行くサラリーマンが、名古屋あたりで読み終える薄っぺらな内容の本で、トイレのことなどほとんど書いてない。そういう本を求めている読者も少なからずいるから、非難はしない。

 2時間で読み終えたいという読者の関心分野ではないだろうが、「第2章 行列のできる中国パスポートの超不安」が、私の関心分野にぴったりくる。中国人の海外旅行史に触れているからだ。

 「中国政府が自国民の海外団体旅行(香港・マカオを除く)を許可したのは97年、個人旅行は2009年からなので・・・」

 日本の海外旅行自由化は1964年、韓国は1989年だ。中国はまだ20年ちょっとの歴史しかないのだから、旅行者のすさまじい急増ぶりにあらためて驚く。

 残念ながら、この本には中国人のパスポート申請手続きに関してはまったく書いてない。日本の場合、海外旅行自由化以前はパスポートを取得することが一大事だった。自由化後は申請書に戸籍抄本、写真、金融機関の残高証明書が必要だったが、旅行社に依頼しなくても個人で簡単にできる手続きだった。それが中国ではどうなのか知りたいのだが、まったく書いてない。日本に住んでいる中国人留学生とちょっと話をしたとき、「外国旅行をしている中国人は都会に住んでいる特別な人たちで、田舎に住んでいる人はそもそもパスポートはとれません」ということだった。そのときに詳しい話を聞かなかったのがなんとも残念だ。中国には、生まれた場所により、都市戸籍農村戸籍のどちらかに分類される。農村戸籍の者は、パスポートの申請が難しいというのがその留学生の解説だった。

 『なぜ中国人は・・・』には、パスポートのことは書いてないが、中国人が外国に行こうとすると多くの国でビザが要求されるという話が出てくる。中国人がビザなしで観光旅行ができるのはドミニカとアフリカのいくつかの国しかないと書いている。この本の出版時2015年の事情なので、現在は変わっているかもしれない。

 「ビザは相互取り決めだから、日本人がビザなしで入国できる国の国民は、日本にビザなしで入国できる」と思い込んでいる人がいるが、それは違う。日本人は15日間以内なら、中国にビザなしで滞在できるが、中国人は無条件で日本のビザが必要だ。ベトナムやフィリピンに関しても同様で、日本人はベトナムに15日間、フィリピンには30日間ビザなしで滞在できるが、ベトナム人もフィリピン人も、日本の観光ビザが必要だ。

 『なぜ中国人は・・・』に、日本に行くツアーに参加しようとした中国人女性の実例が書いてある。必要書類は以下の通り。

 ・ビザの申請書

 ・夫の在職証明書

 ・銀行の残高5万元(約80万円)以上を示すために、通帳のコピー。

 別の中国人は5万元以上の残高がなかったので、帰国まで口座が凍結されたという。海外逃亡を防ぐためだ。

 以上は団体旅行に参加する場合だが、ドイツ、オーストリアチェコで個人旅行をしたい中国人のビザ申請の実例が書いてある。

 ・不動産取得証明書、預金残高(5万元以上)の通帳コピー、在職証明書、航空券の実物、日程表、宿泊先予約表などだそうで、不動産を持っていない場合は、預金残高の金額が引き上げられるそうだ。ビザは当然、それぞれの訪問国の大使館に申請するのだ。

 日本人にとっては気軽な海外旅行も、中国人にはカネがあってもこれだけ大変なのだということだ。それでも外国に行こうとする熱意は大変なものだ。

 旅行というものは、カネを使うだけで、金銭的利益はない。書画骨董の収集や不動産購入と違い、旅をしても残るのは思い出と写真くらいなものだ。そういう事に、現在の中国人は労力とかなりのカネを使っている。

 新型肺炎のために、中国人の団体海外旅行は1月27日から一時中止すると、25日の人民日報が報じたことを、記録のために書き残す。