1385話 「応答せよ」と韓国現代史 その3

 激流の1980年代

 

 韓国の中高年は、1988年が特別な年だとわかっている。ソウルオリンピックが開催された年だ。88は韓国語で「パルパル」といい、私でも知っている。日本人にとっての1964年のような年だ。

 韓国の1980年代の主な出来事をいくつか書き出してみよう・

1979年10月 朴正煕暗殺される。

1979年12月 粛軍クーデター(軍内部の反乱事件)

1980年5月  光州事件(反政府デモに軍が発砲し、多数の死者が出た事件)

1980年9月  軍法会議金大中内乱罪で死刑判決

1981年9月  ソウルでオリンピック開催決定

1982年1月  中高生の制服と髪型自由に

1982年1月  夜間通行禁止令全面解除

1982年9月  大韓航空機爆破事件(北朝鮮工作員大韓航空機を爆破)

1982年10月 ラングーン事件北朝鮮工作員が、ラングーンで韓国大統領一行を爆弾テロ事件)

1987年1月  大学生が警察の拷問で死亡(映画「1987」)

1987年6月  デモ中の大学生に催涙弾が直撃、死亡。

1987年11月 大韓航空機爆破事件

1988年9月  ソウルでオリンピック開催

1991年9月  国連に加盟

 ドラマに登場する5人の若者のひとりが、ソウルオリンピックの開会式で国名プラカードを持って行進する役を与えられて練習するというところからこのドラマが始まる。

 私は韓国映画をわりと見ているが、ドラマはあまり見ていない。これは私だけの特徴ではないようで、日本にも数多くいる韓国ドラマファンは韓国映画をあまり見ていないらしい。韓国映画ファンは韓国ドラマをあまり見ていないらしい。韓国のドラマと言えば、財閥御曹司や国王との恋物語。腹違いの兄弟の確執。交通事故や難病。タイムスリップという「毎度おなじみ」の構成で、映画ファンはうんざりしているが、ドラマファンは「それがいいのよね」ということになるようだ。韓国ドラマファンは、日本のドラマからほぼ消えた「ベタなストーリー」が大好きらしい。

 韓国ドラマをあまり見ない私だが、この「応答せよ 1988」という大傑作ドラマに出会った喜びを書こうと思ったものの、特に理由もなく時間が流れ、今日に至った。「なんで、今頃?」といぶかしく思うかもしれないが、旅行記を書いていて機会を逸しただけだ。このドラマのことを書くなら、ドラマを見直して、ある程度は調べてから書こうと思っていたから、数年の月日が流れてしまった。ネット上にはこのドラマに関する賛辞が満ちているが、私はドラマそのもの以上に、1980~1990年代の生活資料としてこのドラマを注視していた。あの時代のソウル市民の生活がよくわかる事典的なドラマなのだ。「自伝的ドラマ」というのはよくあるが、現代史の事典的ドラマというのは雑多なことが知りたい私にはこの上なくありがたい。

 私は、社会と歴史を考えながらドラマを見る。だから、芸能情報など、どうでもいいのだ。これから、韓国ドラマ「応答せよ 1988」から見えてきた雑多な話を始める。このドラマを日本の配給会社は、青春ラブコメとして売ろうと、「恋のスケッチ~応答せよ1988」というつまらないタイトルにして、予告編もラブコメにするという大失敗を犯した。これは家族の物語であり、よくできたコメディーでもある。出来の悪い予告編だが、一応紹介しておこう。

https://www.youtube.com/watch?v=hm99bAL7HSs

 

 

1384話 「応答せよ」と韓国現代史 その2

 韓国の、この30年

 

 守屋准教授が韓国ドラマの話をする。

 「『応答せよ』っていう3作のシリーズなんだけど、前川さんが知りたがっている生活史の情報が詰まっているのよ。そんなに昔じゃないけど、1980年代から90年代の韓国人の生活がよくわかる。ドラマとしてもとってもおもしろいって、夫(韓国人)が気に入っていてね。韓国でも大評判だけど、私はまだ見てないんだ。第1作が1997年からドラマが始まり、第2作は1994年から始まり、第3作は1988年から始まる。それぞれ別のドラマなんだけど、ウチの旦那の話だと、第3作の1988年がいちばんおもしろいらしい」

 「応答せよ」の原題は、「ウンダッパラ」(答えて!)だから、英語のタイトルは「reply」だ。過去の青春時代を振り返って、「どうだい、青春を楽しんでるかい?」と、あたかも無線で語りかけているのだと私は解釈している。

 「応答せよ 1997」は、1997年のプサンの高校生の話から始まる。中心となる高校生たちは1980年ごろの生まれで、放送当時42歳ということになる。その世代の青春時代を描いている。ドラマの構成は、ひとりの女子高学生をとりまく男子高校生たちの恋物語で、放送当時の「現在」は、男の誰かと結婚しているのだが、さて、誰と結婚したのかを視聴者に推理させながら話が進む。だが、私はそこにはまるで興味がないし、青春学園ドラマには昔から関心がないのだが、一応おつきあいをした。

 ヒロインとなる女の子の両親は、ソン・ドンイルとイ・イルファのふたりが演じているのだが、役者の名と役名が同じという趣向がある。夫婦別姓の韓国だからできることで、時代も内容も違う第2作でも同じ。第3作では、親の世代はすべて役名と役者名が同じになっている。

 第2作「応答せよ 1994」(2013年放送)はソウルの大学生の群像劇だ。これはおもしろくなった。地方出身者のソウルのカルチャーショックとか、ソウル育ちの大学生の田舎者差別とか、日本でもあるだろうなという話題が出てくる。

 第3作「応答せよ 1988」(2015~2016放送)は、1988年のソウルの高校生たちが登場するが、学園モノではない。ご近所モノと言っておこうか。たまたま同い年の若者がいる5組の家族の物語だ。バラエティー番組を作っているスタッフがドラマを手掛けたという事らしく、随所にコメディー的コントが入る。第1話から大笑いさせられるのは、第2話の「1994」の大学生が、第3話では浪人6人目の長男と高校2年生の次男がいる父親役をキム・ソンギュンがその役名でやっている。怪演である。

 1988年から2016年現在の家族の物語は、1970年ごろ生まれた人々の、自分たちの歴史のドラマだ。1988年の高校生は、パソコンもポケベルもなかった時代を生きていた。ラジオとカセットテープとVHSの時代だった。「1994」の大学生はポケベルを使っているといったあたりが、「あー、そうだった」と懐かしくなるところだろう。1970年ごろに生まれた人は、放送当時46歳。守屋さんのご主人の年齢だろう。

 守屋さんが私にこのドラマの話をしてくれたのがいつだったかはっきりとは覚えていないが、放送が終わってまだそれほど時間がたたない2016年か2017年だったようだ。私はすぐさま全3作を見た。守屋さんが言うとおり、「応答せよ 1988」は大傑作だと思った。韓国社会の評判も高かった。

 

 

1383話 「応答せよ」と韓国現代史 その1

 現代生活史

 

 もう数年前になってしまうが、女子栄養大学准教授の守屋亜希子さんと会ったら、開口一番「前川さんが好きそうな韓国ドラマがあるんだけど・・・」と話し出した。

 私と守屋さんとの会話はいつも「前略」だ。いきなり始まるが、テーマはいつも韓国の食文化の話だ。守屋さんは韓国での長い生活&調査経験があり、今の食生活の話をしてもらえるのが楽しい。例えば、こういう話題だ。

 デパートやホテルの職員など接客が仕事の人は、日本では勤務中に餃子やキムチなどは口にしないのは当たり前だ。うどんやそばを食べるにしても、ネギは避けるのは常識だろう。では、韓国ではどうなんだろうと、ふと思った。

 「まったく気にしてませんよ。私、韓国でホテルの従業員に日本語を教えていたことがあるんですが、そのホテルの社員食堂にはもちろんキムチもありますよ。料理にニンニクを使わないなんていうことはありえない。恋人とデートだから、昼にキムチを食べないなんてこともない。どうせ、ふたりはデートで韓国料理を食べるんだから、ニンニクの臭気を気にすることなんかないんですよ」

そういう貴重な話を聞きながら、いつも不満を口にしていた。日本語では、そういう韓国食文化雑談の本もないし、それ以前に韓国現代生活史の本が見つからないのだ。政治史や経済史の本なら山ほどあるのだが、韓国人の生活、特に1945年から現在までのこまごまとした生活史がわかる資料が見つからないのだ。韓国では出版されているのか、日本語でも論文や雑誌記事などではあるのかと、守屋さんと会うたびに聞いているのだ。

 日本の現代生活史に関する出版物は、ありがたいことにいくらでもある。『増補版 昭和・平成家庭史年表』(河出書房新社、2001)など厚い本が何冊も出ている。物価の話なら、『値段の風俗史』(朝日文庫)が唯一無二だ。そのほか、音楽でも食文化でも、さまざまなジャンルの戦後史年表がある。そういう内容の韓国版を読みたいのだ。

 マレーシアの現代史資料は、“Chronicle of Malaysia 1957-2007”(2008)をクアラルンプールで買った。百科事典よりも大きく重く高い本だった。今アマゾンでこの本を調べると、”1963-2013“(2014)という新版が出ていることを知った。アマゾンで旧版は5875円、新版は4803円。新聞記事を編集したもので、写真も豊富に載っている。

 旧版を買って帰国してアマゾンで調べると、日本で買ってもそれほど高くないことがわかり、”Chronicle of Thailand”(2010)を買った。アマゾンでも購入記録を見ると、2010年4月に3620円で購入したことがわかる。この本は現在プレミアがつき、最低でも4万円ほどする。ほかに“Chronicle of Singapore 1959―2009“も出版されているが、このシリーズは3冊で終わった。

 台湾では中国語版だが、すばらしい本が出ていた。すでにこのアジア雑語林で紹介したことがあるのだが、台北の誠品書店で見つけた『台湾世紀回味』シリーズ全3冊だ。1895年から2000年までの歴史百科で、それぞれの巻は、『時代光影』、『文化流轉』、『生活長巷』というタイトルがついて、総合的な歴史と生活史、文化史の事典になっている。以下の資料で、内容の一端がわかる。

http://best100club.com/Taiwan-Scanning/

 定価各2000元、7300円である。そのくらいしてもおかしくない内容だが、重いということもあって、「台湾の本を書くわけじゃないし・・・」というわけで、書店でちょっと立ち読みしただけで買わなかった。

 台湾の魅力的は現代史の出版物についてアジア雑語林で書いたのは557話(2013-12-05)だ。

https://maekawa-kenichi.hatenablog.com/entry/20131205/1386260870

 その後、日本語でも台湾現代史図鑑のような本が出るようになったが、「すばらしく懐かしい日本時代」一辺倒になってしまうきらいがあるし、詳しさでは『台湾世紀回味』が群を抜いて優れている。上記557話の最後に、台湾のネット書店「博客来」を紹介したが、今その書店で『文化流轉』を600元(約2200円)ほどで売っているのを確認したが、まあ、今はいい。

 タイ、マレーシア、シンガポール、台湾では生活史のすばらしい本が出ているのに、韓国ではどうなのかと、守屋さんに会うたびに聞いているのだ。韓国語版でも写真が多くあれば、その説明くらいなら辞書を引いて読むのだが・・・。数年前に守屋さんと会って、出版物で現代生活史の資料は見つからないけれど、ドラマならあるよという話だった。

 

 

 

 

1382話 最近読んだ本の話 その15

 ドアも壁もないトイレ

 

 日本人が書いたトイレの名著ベスト3は、もちろん私の評価基準で判断したものだが、『ロシアにおけるニタリノフの便器について』(椎名誠、新潮社、1987)と『東方見便録』(斎藤政喜+内澤旬子小学館、1998)の2冊に、totoの資料が加わる。totoがかつて東陶機器と言っていた時代、乃木坂に資料室があった。そこに通って、いろいろ資料を読んだ。もっともおもしろかったのは、『東陶機器七十年史』という社史だった。創業者の自慢話ばかりの社史と違い、ダイヤモンド社の手による労作で、おもしろそうだったから、430ページほどの本をコピーして、じっくり読んだ。今回、その資料をネットで探していたら、『toto百年史』がデジタルで読めることがわかった。おもしろい内容だが、モニターで読む気はしないな。

 さて、『東方見便録』で強く記憶に残っているのが、シベリアのトイレだ。ドアのないトイレで、中国以外にソビエトにもあるんだと初めて知った(アメリカの軍隊などにあることは、すでに知っていた)。ソビエトのトイレ事情はそれ以後まったく接していなかったが、『犬が星見た』(武田百合子、中公文庫、1982)に詳しい情報が書いてあった。

 武田百合子は夫武田泰淳と夫の古い友人竹内好と3人で、「69年白夜祭とシルクロードの旅」というツアーに参加した。1969年6月から7月にかけてひと月弱の旅だった。ここでは、ハバロフスク空港のトイレの長い描写の一部を引用する。興味のある人は、51~52ページの全文を参照。

 「便所を探す。男と女の横顔が描いてある扉。女の横顔の扉を押して入る。ロシアの女たちが、壁に向いたり、こっちを向いたりして、ずらりとしゃがんでいる。立ったまま用を足している人もある。太りすぎてしゃがめないのかもしれない。その勢いのよさ――めいめいの湯気が立ち昇っている。扉も衝立もない。コンクリートの床に白い大きな琺瑯洗面器風のものが、並べて埋め込んである」

 その洗面器風便器の左右に足をのせる台がついているというから、インドよりもタイ風に近いのだろうか。ノボシビリスクのホテルのトイレは共用。個室は3つあり、ふたつは扉付きで腰かけ式、ひとつは扉なしのしゃがみ式。トイレットペーパーは電話帳だから、使用した紙は屑籠に捨てる。

 扉やドアのないトイレは、中国の場合は反政府的落書きやビラを貼ったりさせないためのようだ。ソビエトの場合、シベリアなど中国の近くに見られるようだが、その関係はよくわからない。

 著者は、どこに行っても食べ物と便所(彼女はそう書く)の情報はきっちり書く方針らしく、この本を読むと1969年当時のソビエトのトイレ事情がよくわかる。

 ユーチューブをいろいろ見ていたら、中国のことを教えてあげましょうという若い日本人女性ふたりの動画があり、中国のトイレ事情というタイトルだったので、見てみると、「今の中国には扉のないトイレなどない」と断言していた。そんな話を信じないが、高級ホテルに滞在する団体旅行客の視界からは消えたということか。

 このブログ更新中も本を読んでいるから、「最近読んだ本の話」は終わりがない。キリがないので、このあたりで終わる。そのうち、あらたなテーマで、このブログをまた始めます。

 

 

1381話 最近読んだ本の話 その14

 ふたたび食文化の本

 

 田中真知さんの配慮で、名著『地球生活記 -世界ぐるりと家めぐり』(福音館)などすばらしい本の著者、小松義夫さんにまた会う機会を得た。世界の住生活をめぐる写真家で、私の興味にピタリと合う本の書き手なので、10時間でも20時間でも聞きたい話題は尽きない。小松さんの本をもっと読みたい。

 インド料理を食べながら、数時間雑談をした。話題がアフリカのことになると、「そういえば、最近、ブルキナファソの本が出ましたね」と私がいうと、「ああ、清水さんの本ね。彼、おもしろい人ですよ」と小松さん。その本、『ブルキナファソを喰う』(清水貴夫、あいり出版、2019)は、出版直後からアマゾンの「ほしい物リスト」に入れている。そのときはまだ読んでいなかったが、つい最近、読んでみた。

 読み始めてすぐ、嫌なことを思い出した。この本の最初の80ページほどは、いかにして研究者になったかという自伝、あるいは自己紹介である。280ページ足らずの本で、自己紹介にこれだけの紙数を割いた研究者の本と言えば、バックバッカーの研究書ということになっているらしい『旅を生きる人びと』(大野哲也世界思想社、2012)を思い出す。もしかして、若者への人生読本、啓発本として書いたのかもしれないが、私には全く不要だった。

 この本は、ブルキナファソセネガルの食文化について書いた本だと思っていたのだが、どうやらガイドブックのつもりらしい。この本のサブタイトルは「アフリカ人類学者の西アフリカ『食』のガイドブック」となっている。英語のサブタイトルは、”An Anthropological  Guidebook of West African Gastronomy”(西アフリカの文化人類学的美食ガイド)だ。

 西アフリカ料理図鑑としては、カラー写真が少ないというのが決定的な欠陥だ。何が写っているのかよくわからない白黒写真では、料理のガイドにはならない。もうひとつの欠陥は、このアジア雑語林の1373話と74話で書いたように、説明なしで出てくるカタカナ語の処理だ。例えば、「マジー」(化学調味料)。現地でそのように呼ぶのかもしれないが、これを「インスタントスープなどでおなじみのマギー(maggi)」のように書いてあれば、日本人にもわかる。「ムトン」という肉の話が何度か出てくるが、羊肉のフランス語のことだろうが、フランス語を使いたいなら解説が必要だが、なぜ「羊肉」ではいけないのだろうか。あるいは、フランス語名「オゼイユ」という植物が説明なしで出てくるが、日本語で「スイハ、スカンポ」とすれば、わかる人はいる。「パーム・オイル」は、それがどういう素性の油なのか明らかにしていない。読者は、著者と同じくらい西アフリカの食材に詳しいわけではないのだから、基礎からのガイドが必要だ。コメの話を少し書いているが、西アフリカのコメ食の歴史も踏まえておく必要があるのではないか。

 普通に考えれば、まず市場の話を書き、そこで売られている穀類や野菜や果物や肉や魚や調味料や調理器具の解説をしておかないと、話が進まないと私は思うのだが、著者の考えは違うらしい。

 私はアフリカの素人だが、明らかな間違いや疑問をあげておく。

ソルガム(シコクビエ)ソルガムコーリャン、モロコシ)。モロコシの学名はSorghum bicolor。

ムンバイからナイロビは4~5時間だそれは無理だ。6時間以上かかるはず。

インドなど南アジアでは(中略)小指以外の4本の指の指先でつまむようにしてとって口に運ぶが、アフリカでは指全体を使っているイメージがある「4本の指」と「指全体」の違いがよくわからない。「指全体」とは「手の平全部」ということか? インドでもどこでもコメの飯は、指先だけで食事をするのは上流階級の優雅な食事風景だけだろう。

バオバブとカポックによく似ていて、ブルキナファソ人もよく間違える(要約)ホント?! 似ていないけどなあ。

カフェ・トゥーバは正確にはコーヒーではないが「コーヒーにスパイスを入れたもの」とウィキペディアにある。それで思い出したのは、ケニアの海岸の町モンバサで飲んだコーヒーはピリピリと辛かった。その正体を調べなかったと、いまごろ後悔している。

 というわけで、ただの旅行者が書いた本ならともかく、長年の滞在経験のある文化人類学者が書いた本だと考えると、いくらブログをもとにしているとはいえ、もう少し何とかならなかったと思う。西アフリカの私の知識は、食文化の話を含めて川田順三の著書に負うところが多い。「スンバラ味噌」の話など、40年たってもまだ記憶の断片に残っている。

 外国の事情を日本の読者によりよく伝えるには、次の3点のどれかが必要だ。

1、的確で見事な日本語で表現する。

2、具体的な理解のために、写真やイラストなどが適切に用意している。ただし、写真の点数が多ければそれでいいというわけではない。

3、充分な情報がそろっている。

 例に挙げた川田順三の2冊の本は、1を充分満たしていたから、40年後も内容を覚えていたのだ。今なら、条件2と3に力を入れれば、別の名作が生まれただろうにと思うのだが・・・。

 

 

1380話 最近読んだ本の話 その13

 言葉の本

 

 西江雅之(1937~2015)さんは、早稲田大学政経学部在学中、図書館の開館とともに入り、さまざまな外国語を自習すると同時に、大学で学べるあらゆる外国語の授業に出席し、のちに言語学者となった。

 世間には「言葉オタク」というような人がいる。言語学者はそれを職業化した人たちなのだが、仕事とは関係なく、外国語学習に精を出している人もいる。知り合いの編集者の話では、同僚は毎年、その年に学ぶ言語を決めるという。例えば、アムハラ語を学ぶと決めれば、1年間ひたすら学ぶ、翌年は別の言語を学ぶ。仕事とはまったく関係なく、ただ「好きだから」という理由だけで、外国語を学ぶ。城巡りやボディービルと同じように、外国語学習が道楽である。

 高校時代の友人は、つい最近リスボンに短期滞在し、ポルトガル語に磨きをかけている。彼はすでにスペイン語、フランス語、英語の観光通訳の資格を取り、次はポルトガル語で資格を取ろうとしている。「あとひとつ、5言語習得」を目標にしている。彼の場合は外国語学習が仕事に結びついているのだが、通訳は定年退職後に選んだ職業で、基本的に外国語学習が大好きなのだろう。

 私は日本語も外国語も、とにかく言葉には興味はあるが、それを徹底的に学ぶという熱意や根気や努力が徹底的に欠けているので、どの言語もまともに勉強していない。単なる、言葉好きでしかないから、言葉のエッセイはよく買う。

 言語学者黒田龍之介の本はよく買うのだが、基本的にロシア語とその周辺の言語という枠を出ないので、あまりおもしろくない。それでもついつい買ってしまうのは、味気のない言語学論文と違い、読みやすいからだろうか。『世界のことばアイウエオ』(ちくま文庫、2018)も、いつもと同じ感想で、「その言葉を使っている人のことをもっと書いてくれればいいのになあ」である。

 この文庫の解説をしているのが、外国語オタクのライター高野秀行である。だから、彼がこういうの本の著者で、言語学者が解説をすれば、もっとおもしろい本になったと思う。編集者の誰か、高野さんに言語エッセイを書いてもらうといいですよ。彼の場合は、単なる物好きで外国語を学んでいるわけではなく、使うための外国語だ。その点では梅棹忠夫に近い。

 私は言語エッセイのファンだから。本屋でその種の本を見ると、ついつい買ってしまう。食文化研究書のハードルは高いのだが(つまり、より専門的な本を望むということ)、言語エッセイのハードルは低い。古本屋で安く売っていると、躊躇せず買ってしまう。

 『美人の日本語』(山下景子、幻冬舎、2005)はちょっと恥ずかしくなる書名なのだが、趣味はいい。ブックデザインがいい。ちょっと味のある言葉を選んで解説した本だ。例えば、「天泣」(てんきゅう)は雲がないのに降る雨のこと。天気雨とか狐の嫁入りと同じ。「几帳面」(きちょうめん)は、元は大工用語だったことなど、歳時記と雑学本を合わせたような本で、古本屋で100円ちょっとだから買った。

 定価で買ったのが、『知っておくと役立つ街の変な日本語』(飯間浩明朝日新書、2019)は、朝日新聞連載の「街のB級言葉図鑑」をまとめたもので、かなり気に入っている。辞書に載っていない語の使用例が写真で紹介してある。「皆様のお役にたてれるよう・・・」というように、ら抜き言葉が看板になっている例。「お昼のランチ」という二重表現。そういえば、「5時までランチ」とか「モーニングは1時まで」というような張り紙が喫茶店にあったような気がする。そもそも、「モーニング・サービス」というのは、あえて意味を探れば、教会の朝の礼拝のことなんだけどね。

 

 

1379話 最近読んだ本の話 その12

 川下り

 

 新宿駅東口のブックオフは、新宿のディスクユニオン巡りのあとのお決まりのコースになっている。2019年最後のCDと本の買い出しに出かけたとき、ブックオフの棚で『たまたまザイール、またコンゴ』(田中真知、偕成社、2015)を見つけた。どれだけ売れているのか知らないが、古本屋での遭遇率は割と高い。つまり、よく見かけるということだ。それでも、私は読んでいなかった。チェコだのバルトだのと、ヨーロッパの本を中心に読んでいると、「アフリカの本は、今読まなくてもいいか」という気分だったからであり、なぜかこの本は古本屋でもそれほど安くなってはいないのだ。

 このブックオフでも、定価2300円(税別)が1480円だから、高い値付けだ。パラパラとページをめくると、傍線や書き込みが著しく、ちょうどそこに店員が通りかかったので、ページを開いて見せて、「これで、この値段?」と疑問と抗議の声を上げると、「あっ、失礼しました。これでいかがでしょう」と、手にしていた値段ラベルを貼る道具(専門用語では、ハンドラベラーというらしい)で新しい値札を貼った。「200円」。

 本の書き手は、読者がどう読んだかを知りたいだろう。この本のどこに傍線を引き、どういう書き込みをしたのか、著者の真知さんは知りたいだろうなと思い、200円で購入を決めた。

 著者へのプレゼント用に買ったのだが、私も書き手の端くれ、読者の読書の跡を点検してみたくて、読み始めた。この本の前半は、美人の妻とのふたり旅で、過去の旅行記を再編集したものだ。その過去の旅行記はすでに読んでいるのだが、真知夫妻はふたりとも、元大学探検部出身という経歴ではなく、脳みそが大腿四頭筋でできているような体育会所属でもない。木陰で静かに本を読んでいるのが似合うタイプなのに、小舟でザイール川を下るとか、よくもまあまあ、そんなひどい旅にかよわき妻を巻き込んだものだと思うのだが、それでも奥さんは拒絶しなかったのだから、似た者夫婦なのかもしれない。

 この本の後半は書下ろしで、2012年にまたしても小舟で同じ川下りをした旅行記だ。今度は若い友人と一緒だ。

 この後半部分を読んで、いままでの正統的な紀行文の最後の姿を見たような気がした。旅行先の政治・経済状況や歴史を書いておくというのは、従来のきちんとした紀行文の常識だったのだが、現在出版されているあまたの旅行記は、「行った、撮った」というだけのもので、足は動いても頭は使っていない。「調べる、考える」がないのだ。ジャーナリストでなくても、旅行先の概要はとりあえず押さえておこうという書き手は、世代的に言えば、蔵前仁一(1956年生まれ)と田中真知(1960年生まれ)と高野秀行(1966年生まれ)らが最後かもしれない。調べたことを文章化するかどうかは別として、基礎知識は備えてから書くという態度は、ネット時代に入った今、若い読者にはもはや時代遅れなのだ。旅行者の多くは、自分が旅をしている土地がどういう歴史があって現在に至っているのかなどということに興味はない。バカ笑いできる本か、人生を教えてくれる啓発本を求めているのだろう、もちろん若い読者全員じゃないがね。

 さて、この本の傍線、書き込みは、「なぜ、そこに?」という意味不明なものが多く、おもしろみに書ける。著者に対する批判や共感でも余白に書いてあればよかったのだが、そういうものもない。だから真知さんにはプレゼントしていない。しかし、あれほど傍線を引きながら読んだ人物は、送られてきた本を書評し、すぐに売り払ったプロの書き手ではないかと推察する。