1345話 スケッチ バルト三国+ポーランド 64回

 落穂ひろい その3

 

フランク・ザッパ・・・リトアニアの首都ビニリュスのホロコースト展示館を見た後、これからどこに行こうかと市内地図を眺めていたら、すぐ近くに「フランク・ザッパ像」があることがわかり、行ってみることにした。

 ロックにほとんど興味のない私は、フランク・ザッパ(1940~93)といっても、「変な音楽が好きなロックミュージシャン」という程度の認識しかなく、その音楽もまともに聞いたことがない。だから、私の興味は、ザッパはリトアニアとどんな関係があったのかという点だった。

 道路脇の、ちょっとした広場にザッパ像があったが、詳しい説明板はない、像の向かいのビル1階に”Zappa Square”という看板があった。

 

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 フランク・ザッパ像とは、これだった。

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 ザッパやこの像に関する説明はない。

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 このビルの1階に"ZAPPA SQUARE"という看板が掲げてあった

 

 次のHPを読むと、ザッパのファンが、経営する図書館や、共同オフィスやジムやアパートらしい。たぶん、このザッパ像も、この会社が建てたのだろう。帰国後、ザッパとリトアニアの関係を調べたが、わからなかった。

https://zappasquare.lt/en

ベンチ・・・ヨーロッパのどの街にも、ベンチがあるのがありがたい。毎日歩き回っているから、休憩場所が欲しい。スーパーマーケットで買ったスナックなどをつまみつつ、ベンチで休息。公園そのものはあまり好きではないが、ベンチから人々を眺めているのが楽しい。ヨーロッパの街の散歩が好きなのは、ベンチの存在が大きいとつくづく思う。日本語でカフェテラスと呼ぶ歩道上の喫茶店は高額なので、私はほとんど利用しない。のどが乾いたら、ベンチでペットボトルの水を飲んでいる。

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 どこの国に行っても、こういうベンチがあり、重要な街の生活用具になっている。

暑い・・・この文章を書いている今、2020年の東京オリンピックのマラソンは、東京はあまりに暑いから札幌に変更すると正式に決定したところなのだが、日本よりもはるかに北にあるバルト三国の6月も、日中はかなり暑かった。湿度は低かったが、気温は30度を超えることが多かった。

 そういう暑い日の午後、公園に行くと、芝生の上にマットを敷いて寝ている水着姿の人を見かける。暗く寒い冬の反動で、できる限りの熱と光を浴びて幸せになっているのだ。おばちゃん世界に1歩踏み込んだ人たちの日向ぼっこはすごかった。乳母車を木陰に集め、その母親たちは芝生に車座になり、ブラウスを脱いで上半身ブラだけになり、談笑している。北欧やドイツあたりなら、公園で上半身裸という人たちもいるだろうから、それを思えばまあ、いいのか。しばし、羞恥心について考えた。

 

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  リトアニアのビニリュスの朝は、いつもこの店から始まった。宿から歩いて10分くらいかかる店だが、気に入っていた。何も言わなくても水がついてくるあたりは、日本風だ。ある朝この写真を撮っていると、左目にボロ布のようなものが通り過ぎるような気がして、横のカウンターを見た。

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 おいおい、という光景で、これは布かシャツか。涼しい服装にもほどがある。

1344話 スケッチ バルト三国+ポーランド 63回

 落穂ひろい その2

 民族と国籍・・・エストニアの首都ビリニュスの一角にウジュピス共和国がある。バチカンのような独立国ではなく、いっとき日本ではやった「○○王国」とか「○○村」といったようなものだ。あのあたりは元々は治安が悪い地区だったが、家賃が安いから芸術家が移り住むようになり、「芸術の国」ごっこをしようということらしい。

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 日本では「王国」を使いたがるのに、ここは「共和国」というのがいい。ここの感じは、美大の校内だ。

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 その辺でスケッチをしている若者も多い。市の中心地近くだが、この風景だけを切り取ると、山村のように見える。


 国にふさわしく、憲法がある。憲法は世界の様々な言語に翻訳され、金属プレートに印刷されて壁に貼り付けてある。言語チェックという点でも、興味深い。憲法の日本語訳からいくつかを買いだしてみよう。

第2条 誰にもお湯と冬には暖房と瓦の屋根を有する権利がある。

第3条 誰にも死を選ぶ権利があるが、決して義務ではない。

第6条 誰にも人を愛する権利がある。

第7条 誰にも愛されない権利はあるが、これは必須ではない。

第8条 誰にも平凡に生き、知られない権利がある。

 このあと、猫を愛せ、犬を愛せといった条文が続くのでうんざりするのだが、「これはなんだ!」と思ったのはこれだ。

第25条 誰にもどの民族でいる権利がある。

「誰でも自由に自分が属する民族をきめていい」という内容のようだが、なんだかすっきりしない。英語訳ではどうなっているか調べてみたら、こうだ。

“Everyone has the right to be of any nationality.”

「国籍なんか、自由に選んでいいんだ」というならわかるが、日本語訳の「民族」はひっかかる。中国語訳でその部分を見ると、「何国籍的人」になっている。それで気がついたのだが、これは台湾式の繁体字だ。中国式の簡体字ではない。簡体字のプレートはあるかと探してみたが、ない。「中国には自由を選ぶ権利はないから、簡体字はいらない」と考えたのか。まあ、違うと思うがね。

 韓国語訳ではその部分をどう書いてあるか見てみると、「クッチョク」で、漢字にすれば国籍だ。

 だから、日本語訳でなぜ「民族」にしたのかわからない。

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 さまざまな言語に翻訳された共和国憲法のプレートが壁に掲げてある。

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 鏡面加工の金属プレートだから、写真撮影が難しい。

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 日本語訳憲法。各条文を読みたい方は、拡大してください。

国籍判断・・・リーガの名所に「三人兄弟」というのがある。15世紀と17世紀の建物が三つ並んでいる。ここに来て、建物よりも面白かったのは、路上楽士だ。曜日や時間で決まっているのかもしれないが、何人かが交代で営業している。この建物を見に来る観光客相手に演奏するのだが、韓国人の団体だと「アリラン」をやる。「リリー・マルレーン」をやるといった具合だ。楽士はどうやって客の国籍を判断しているのだろうかという好奇心が沸き起こり、客がいなくなってから、「どうやって、客の国籍を判断しているの?」と聞いてみた。

「それは・・・、企業秘密さ」といって、にっこり笑った。

多分、こうだ。団体客を連れてくるガイドを覚えている。あのガイドなら、ドイツ語だとわかれば、ドイツ人が喜び、チップをはずんでくれそうな曲を演奏する。国籍がさまざまな個人客が多い場合は、有名な曲を演奏するというのが、「企業秘密」だろうと推察している。

 

 

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 「リーガの三兄弟」と呼ばれる建築物。右が長男で15世紀のもの。リーガでもっとも古い住宅。建築当時、「窓税」というのがあったので、設計上の窓よりも、実際の窓は小さい。中央が17世紀に建てられた次男。窓税がなくなり、窓が大きくなった。資料によれば、マニエリスム(後期イタリア・ルネッサンス様式)だそうだが、私にはなんにもわからない。左の三男は17世紀末のバロック様式

 この日は路上の歌手が客を待っていたが、日によって管楽器主体のいくつものグループが「長男宅」前で営業している。

1343話 スケッチ バルト三国+ポーランド 62回

 落穂ひろい その1

 

 そろそろこの旅コラムも終わりに近づいた。これから何回かにわたり、1回分には足りない小ネタを、落穂ひろいのように拾い集めてみた。

共産党時代・・・バルト三国ポーランドソビエトの支配を離れて自由を得たのは1990年代初めだから、もうすぐ30年になる。今回の旅では、幸運にも警察や役人などと遭遇する機会がなかったせいか、かつて共産主義国家だったという名残りは感じなかった。わずかに、「あれがそうか?」と思ったのは、博物館での体験だった。いずれもリーガでのことだ。

 散歩をしていて医療史博物館を見つけ、表の看板を見たら、17時閉館とある。時計を見たら4時ちょっと前だから、急げば見ることができるだろう。入場券窓口に行ったら、「閉館は16時45分だから、急いで見ろ!」。

 こういう命令口調になったのは、老いた職員が今まで通りの公務員体質がでただけか、あるいは単に英語が下手だからなのか。閉館時刻までには博物館のドアを閉めたいから、帰宅の準備時間を考えて、14時45分閉館と告げたのだろう。この博物館は実におもしろかったが、役人仕事を感じた。

 メンツェンドルフ家博物館で、天井の絵を撮影したかった。壁にも絵が描かれているから、天井の絵も合わせて撮影をするために、床に腰を下ろしてカメラを構えたら、「座るんじゃない!」という大声が聞こえた。このおばちゃんも、きっと共産主義時代からの職員だろう。英語が下手だからぶっきらぼうの命令口調になったのかと思ったが、違った。私に注意したあと、私の半径1メートル以内にじっと立ち、圧力を加えながら監視している。

 そういう態度をとるなら、コッチにも考えがある。本屋で買ったばかりのリーガの案内書をバッグから取り出して、読み始めた。さあ、読書する私のそばで、じっと立っていられるか? どちらが根負けするか。敵はポケットからスマホを取り出して、遊び始めた。負けた。

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 メンツェンドルフ家博物館でこの写真を撮った直後に、監視人の罵声が飛んだ。私の行動を常に監視していたのだろう。

いかにも・・・エストニアのタルトゥでの、「いかにも」の話を2題。

あまり広くない道を歩いていたら、背後から轟音が聞こえた。それは、品のないオレンジ色のスポーツカーのエンジン音で、私のちょっと前で急停車した。二車線の反対側で、ちょっと離れた背後からだから車種はわからない。私でもわかるポルシェやフェラーリマセラティではない。車から降りてきたのは、若きリストのような風貌で(わかります?)、耳が隠れるくらいの長髪で、真ん中から分けている。歳は、20代半ばか。すらりとして、背が高い。「金持ちの家に生まれた、輝くような天才ピアニスト、ただし性格悪い」として少女漫画に登場しそうな顔立ちの、いかにもキャラだ。男は白いシャツ姿だが、もちろんサラリーマンが着ているようなワイシャツではない。襟がちょっと丸く、ブラウスという感じだ。車内からループタイを取り出して首に巻き、車のサイドミラーでチェックして、車内に上半身を入れて、上着を取り出し、身につけ、再びサイドミラーで点検し、ドアを閉め、建物のなかに入って行った。ホント、少女向けアニメの実写版だ。

 タルトゥ散歩を続ける。旧市街からエマユギ川を渡って公園に行ってみる。乳母車を押す母や、ベンチでくつろぐ老夫婦などがいて、のんびりした風景の公園なのだが、そのなかに場違いな女がふたりいた。午後3時だが、パーティー帰りという感じ。ミニスカートに光モノのアクセサリー。派手な化粧。大声でしゃべっている。

 私はその脇を通り、公園を抜け、その近所を30分ほど散歩して、エマユギ川沿いを歩いていたら、横断歩道の信号で止まっているBMWカブリオレが目に入り、ポロシャツにサングラスの男の隣りと後部座席に、あの、ふたりの女がいて、あいかわらずはしゃいでいる。映画「プリテイー・ウーマン」のイメージが広がった。

 

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 タルトゥは散歩にいい街だ。コンクリートの家の屋上に木造の増築をしたアパートを見つけた。

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  宿の回りも木々に囲まれていた。残念ながら、公園の写真は撮らなかった。

1342話 スケッチ バルト三国+ポーランド 61回

 ラトビアの映画

 

 今回の旅に出る前、バルト三国の資料を探していて、ラトビアと日本合作映画があることを知った。これだ。

 映画「ふたりの旅路」(2016年 ラトビア・日本合作)

 https://eiga.com/movie/86530/video/

 おもしろそうな映画ではないが、格安なら買ってもいいかと思ったが、安くはなかった。そのDVDがリーガのCDショップにあった。数十ユーロしていたと思うので、買う気はない。その国の映画情報を何ひとつ持っていない場合、DVDもジャケット買いをするのがいつものことだが、リーガではしばらく世間話をしていたCDショップの店に助けを求めることにした。

 「ラトビアがよくわかる名作って、どれ?」とテクノ店主に聞くと、店のDVDをちょっと調べて、「これと、これかな」と2枚選んでくれて、「これは歴史的名作だよ」と言った1枚を買った。13ユーロ(1600円ほど)だった。

 “Limuzīns Jāņu nakts krāsā”(1981)

 帰国後にインターネットで調べると、いろいろ資料が出てくる。ウィキペディアの英語ページにも情報がある。

https://en.wikipedia.org/wiki/Limuz%C4%ABns_J%C4%81%C5%86u_nakts_kr%C4%81s%C4%81

 映画の日本語タイトルは「夏至に染まる車」というのが直訳としてはもっともいいのかもしれない。山田洋二監督の日本映画にもありそうなストーリーだ。昔の「東芝日曜劇場」などでやりそうな物語でもある。

 田舎でひとり暮らしをしている老婆が宝くじで自動車が当たった。字幕で「VAZ 2101」だとわかる。ソビエト連邦の自動車会社アウトバース社が製造した車で、フィアット124の現地生産車である。けっして高級車ではないが、1980年代に「自動車がタダで手に入る」というのは大事件だということがわかる。街で暮らしている子供や親戚、近所の人たちが、老婆には無用の自動車を手に入れようと画策するというのが粗筋だ。

 私は英語字幕付きで見たが、字幕なしなら、パソコンでタダで見ることができる。こういう映画だ。

https://www.youtube.com/watch?v=qVE4X6Lyohc

 DVDの英語字幕は見にくく、しかも会話だらけの映画なので、すぐに疲れてしまった。そういうときは、映画の筋とは関係なく、人々の暮らしぶりに注目していて、服装や室内の家具や道具に注目するのだが、この映画では台所さえはっきりとは見えない。野外建築博物館で見てきたログハウスそのものなので、1980年代の田舎の家がわかった。

 映画の中で唯一、「おっ、見たぞ!」と確認したのは、田舎の家の庭に建つ黄色い小屋だ。ドアにハートの小窓がついているから、私はすでにその正体を学習している。あれは、トイレだ。その事情を覚えていない方は、このアジア雑語林1308話(2019-08-30)を参照。

 

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  映画とはまったく関係ないが、きょうのカット代わりの写真は、友好都市ブレーメンから贈られた「ブレーメンの音楽隊」の像。リーガ、聖ペテロ教会前。

 

 メモ 11月8日 18:00に1991年のエストニア政治の混乱を扱った番組、世界のドキュメンタリー「ロデオ 民主主義国家の作り方」(NHKBS1)を放送。

1341話 スケッチ バルト三国+ポーランド 60回

 ラトビアと音楽

 

 リーガの休日、公園で民族ダンスの発表会をやっていて、じっと音楽に耳を澄ましたのだが、それほどおもしろい音ではない。

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 魅力的な音楽が流れてくるかと期待して待っていたのだが、残念ながら・・・。

 

 今回の旅も、アエロフロート利用だから、機内で映画は楽しめない。ロシア語吹き替えはいやだ。そこで、ウォークマンに落語をたっぷり入れておいた。我がウォークマンにはFMラジオを聞くことができるので、リーガの夜はラジオを聞いていた。当然ながら、ラトビアのラジオだからといって、ラトビアの音楽だけを流しているわけではない。1960年代のイタリアの歌も流れれば、1970年代のイギリスの音楽も流れる。ラトビア音楽が中心の番組に周波数を合わせて聞いていると、ユーロビジョンコンテスト出場曲のような、音楽学校で基礎訓練を受けた品行方正の歌声が聞こえてきて、「もういいか」と思った。ポルトガルやスペインで楽しんだ音楽の夜はない。

 CDショップに行った。商品の3割くらいはレコードだ。店内に民族音楽風ポップスだろうと思われる音楽が流れていた。日本の五つの赤い風船のような、あるいはアイルランドコアーズのようなサウンドといえばいいか、アイリッシュとかトラッドというようなジャンルのような曲調だ。店の一角がカフェのようになっているので、そこで冷たい飲み物を注文して、店内に流れている音楽を聞いていた。そして、「この国のCDは買わなくてもいいな」という結論に達した。音楽業界には悪いが、ユーチューブで聞く程度の付き合いでいいかと思った

 店に客はほとんどいないので、40代の店主と雑談をした。

 「十代のころ聞いていたのは、どんな音楽なの?」

 「パンクさ。悪いけど、オレ、ヒッピー世代じゃないから」

 私がヒッピー世代で、ロックとともに生きてきた男と思ったようだが、全然違う。私はロック少年ではなかったが、まあ、それはいい。

 「初めて買ったレコードは?」

 「セックス・ピストルズのドイツ盤。高かったよ!」

 「リーガで売っていたの?」

 「いや、誰かが持ち込んだんだと思う」

 店主がせめて50代なら、ソビエトに支配された時代の音楽状況を肌で覚えているだろうが、解放後30年たっていると。今40代だと解放時はまだ中学生だ。

 「高いレコードを買ってさ、カセットテープにダビングして、売ったよ。儲かったね」

 少年時代から、レコード屋のまねごとをやっていたようだ。

 「ロシアの骸骨レコード(レントゲンフィルムにレコードの溝を刻んだ自家製レコード)のようなものは、ラトビアにはあったの?」

 「骸骨レコードの話は聞いたことはあるけど、現物は見たことないなあ」

 カセットテープが自由に手に入る国なら、骸骨レコードの出番はない。西ヨーロッパの音楽を聞くことの制限もなかったという。北欧のラジオ放送が流れてきたはずだから、禁止のしようがないのだ。

 そんな話をしばらくしていたら、店主はちょっと声をひそめた。

 「ほんとはね、大好きなのはパンクじゃなくて、Electronic Musicなんだ・・ドイツの・・・」

 なぜ声をひそめたのかわからない。

 「じゃあ、クラフト・ワークのような?」

 「ねえ、これ気がつかなかった?」

 店主はTシャツの胸を指差した。クラフト・ワークのレコードジャケットをプリントしたシャツだ。私が、初めて買ったレコードの話を振ったからパンクを話題にしたのだろうが、ホントはピコピコワウワウ電気サウンドが大好きらしい。

 アイスクリームをなめながら若い男がふたり、店に入ってきた。万引きしそうな、いやな予感がする。店主も同じように感じたらしく、ふたりに近づいて、何やら話している。

若い男は店を出て行き、店主は私のところに戻ってきた。

「ヒップホップを探しているなんて言ってるから、『そんなものはないよ!』と言ってやった」

 私はパンクもテクノも好きではないから、その点では店主の趣味とは合わないが、ヒップホップ嫌いということでは好みが一致する。

 この店には私が買いたくなるCDはなさそうだから、映画のDVDをチェックしてみようかと、DVD棚の方に行った。

 

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 音楽とはまったく関係ないが、カット代わりにリーガの中心地に立つ「自由の記念碑」(Brīvības自由、 piemineklis記念碑)。1918年から2年間続いた独立戦争戦没者を悼んで1935年に建てられた。ソビエト時代は近づくことが禁じられた。

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1340話 スケッチ バルト三国+ポーランド 59回

 食べる話 その8 買いたかった

 

 このコラムでリーガの話を何度も書いているからだと思うが、アホのYahooから、サッカーのリーガ・エスパニョールの配信広告のメールが来た。もちろん配信を希望したことはない。得意の、嫌がらせである。いちいち配信停止の手続きをしないといけないのが面倒だ。

 さて。

 リーガの市場を見学していて、「ああ、買って帰りたい」と思ったのはスモークサーモンだ。日本でももちろん売っているのだが、燻製臭さが弱い。生魚じゃなくどうせ燻製を買うのなら、いかにも燻製臭い方がいいと思うのだが、それがどの程度なのかレストランなので食べたことがない。ニシンの酢漬けは、まあいい。いままで何度か食べているが、そううまい物じゃないし、成城石井やカルディにもあるだろう。買って帰るなら、やはり燻製だ。

 スーパーに行ったら真空パックがあるかもしれないと思った。すると予想通りあったのだが、市場で見た燻製ほどのつやがない。うまそうじゃない。日本で売っているスモークサーモンと同じで、まるで生かと思えるような姿だ。すぐに飽きるかもしれないが、市場で見かけたような、いい意味で、とてつもなく臭そうな鮭の燻製を食べたい。

 それならば、生ハムにしようかと思ったが、ラトビアでスペインの生ハムを買うことはないし、成田で見つかれば没収だ。その危険を冒したくなるほど安いわけじゃない。

 それじゃ、チーズにするかと思って売り場を点検すると、いちばんうまそうで安いのは、ウチの近所のスーパーで売っているゴルゴンゾーラチーズで、一気に買う気を失い、酢漬けのニシンや鮭の燻製も生ハムもチーズも買わなかったから、成田の税関でいつものとおり品行方正な旅行者でいられた。

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 燻製の鮭が目に入った。うまそうだ。

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 これはサバだ。パプリカを挟んだようだ。これもうまそうだ。

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 燻製は、これくらい濃い風味付けをしてほしい。

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 鮭とその子のイクラ。1キロ700円と1200円。写真上のサンマのように見えるものの正体を確認しなかったことを後悔する。

 

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 生の魚ももちろんある。ラトビアは海に面している国だが、鯉が目についた。

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 キャビアとニシンの酢漬けの間に、海藻?

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 ネット上には、「海藻を食べるのは日本人だけ」といったウソ情報が流布しているが、それは違うことは知っている。しかし、ラトビアの海藻事情を何も知らない。残念ながら、市場のおばちゃんは英語をしゃべらないし、外国人の好奇心につきあうヒマもない。だから、ラトビアの海藻はなぞのままだ。ご存知の方がいれば、情報をお知らせください。

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 海藻の次は、イワシ丸干し。この干物をどう料理するんだろう? 1キロ2200円はイクラよりも高い。







 

 

1339話 スケッチ バルト三国+ポーランド 58回

 食べる話 その7 非ヨーロッパ料理

 

 チェコプラハと比べると、バルト三国の首都もワルシャワも、外国料理店の数は圧倒的に少ない。プラハでは手軽に安く食べられたピザとケバブの店が、バルト+ポーランドでは目立たないのだ。ベトナム料理店や中国料理店はあるが、「ある」というだけで、よく見かけるわけではない。ショッピングセンターのフードコートも、基本的にはヨーロッパ料理ばかりだ。それがいいとか、悪いとか批評しているのではなく、そういう現実、あくまでも散歩をしていて感じた印象を書いているに過ぎない。

 今回の旅で最初に口にした非ヨーロッパ料理は、リーガの市場で営業していたウズベキスタン料理店だ。ウズベキスタン料理に関する知識は皆無に近いが、店のガラスに麺料理のカラー写真が張り付けてあり、それが中央アジアの麺料理ラグマンだということはすぐにわかった。小麦粉を原料にした手延べ麺で、牛か羊のスープを使う。

 私は中央アジアに足を踏み入れたことはないから、ラグマンを食べたことはないが、その麺料理についてはもう何十年も前から知っている。中央アジアに行く予定はないから、ラグマンを食べる機会はないだろうなと思っていたら、ラトビアで出会ったというわけだ。よし、この機会に食べてみようと考えた。食べた。予想したよりもうまかった。翌日、ピラフも食べた。これもうまかった。来年はウズベキスタンに行ってみようかなどと考え始めた。帰国後、資料を調べると、前田敦子主演の映画が話題になっているようで、私が今ウズベキスタンに行くと、前田敦子ファンだと誤解されないかなどと意味もなく躊躇した。

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 この写真を見て以来、非ヨーロッパ料理が気になった。リーガ市場の場外にウズベキスタン料理店があった。”Lagman”の下の文字はキリル文字のウズベキ語。1992年以降、ラテン文字が採用されたから、これは古い表記となる。

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 延べ麺のラグマン。これは汁そばだが、この店にはないが焼きそばにもする。ラグマンに関しては、『文化麺類学ことはじめ』(石毛直道講談社文庫、1995)に詳しい。

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 ウズベキ語では、Uzbeku plovs、英語表記でUzbek pilafと説明されているピラフ。これもうまい。私の好みではトウガラシをたっぷりかけたいが・・・。


 エストニアのタルトゥでジョージアグルジア)料理店に行った。小籠包のようなものはネパールでモモの名で知っているから驚きはないし多少の知識もあるから、現物を目の前にするのは初めてだった。「これは、どうも、苦手だなあ」と思っていた通りだ。台湾でこういう料理を食べるなら、中国茶を片手にカラシ醤油で食べるのだが、中央アジアではヨーグルトをつけて食べる。ヨーグルトは好きなのだが、こういう料理にヨーグルトを合わせたくない。そうは思うが、一種のショック療法として、中央アジアや東ヨーロッパなどで、チーズとヨーグルト漬けの日々を過ごすのも悪くないとも思った。

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 タルトゥのアルメニアジョージアレストランで。左は鮭のスープ、右がヒンカリ(Khinkali  肉まん)。

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  ヒンカリの肉は、牛豚の合い挽きを使うことが多いそうだ。写真右上のヨーグルトをかけて食べるのだが、私としてはカラシ醤油だな、やはり。「小籠包」と解説している人が多いが、肉汁たっぷりというわけではない。ちなみに、この料理、ウズベキスタンではMantiという。中国語の饅頭(マントウ)から来た語だろうが、ヒンカリの語源はわからない。

 

 ワルシャワでは、アジア料理店でタイ料理を食べた話はすでに書いた。ベトナム料理店にも行ってみた。あまりうまくないので、「ニョクマムをください」と言ったら、「ありません。ポーランド人があの匂いを嫌うから」と店主が言った。

 この話を宿で出会ったベトナムチェコ人に話すと、「チョコのベトナム料理店では、ニョクマムを使うのがベトナム人の店。使わないのが中国人の店という違いがあるんですよ」と言ったが、その真偽はわからない。そういえば、タイの小説『タイからの手紙』だったと思うが、中国移民はタイのナムプラーを嫌っているというくだりがあったのを思い出した。

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 箸はあるが、ニョクマムなし。やはり、ベトナムにいかなくちゃ。

 

 ワルシャワの駅の近くにアジア料理店が集まっている一角があって、ベトナム料理を食べた翌日隣りの店でインド料理を食べた。辛い料理を食べたかったから、「辛くして」と注文したら、本当に辛かった。食べられる限度ギリギリの辛さだったが、量が多くて食べきれない。残したら、「やっぱり、辛すぎましたか?」と店員がいう。「辛いだけで、うまさがないんだ」とは言わないでおいた。

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  Chicken Vindaloo 27ズロチ(770円)と飯6ズロチ(170円)。ビンダルーはゴアで生まれたポルトガル系インド料理。量はふたり分あるから、全部は食えない。