1317話 スケッチ バルト三国+ポーランド 36回

 木造住宅 その2

 

 角材で建てたように見える家はどのように建てたのか。その謎は、すぐに解けた。古ぼけて、家の壁が壊れかかっているところを観察すると、丸太を積んだのではなく、板張りだ。こういうのを、下見板張りという。

 

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 下見板に注目して、証拠写真を撮った。

 

 そういう建築用語は、『日本の近代建築』(藤森照信岩波新書、1993)を何度も読んだのでよく覚えている。その部分を引用する。

 「ここで課題となるのはヨーロッパ系の板張りの中の水平に張るタイプで、下見板張りといい、板そのものは下見板という。板の継ぎ合せ方から二つに分かれ、一つは上の板の端と下の板の端を半分ずつ切り欠き突き合わせて継ぐやり方で、ドイツ式、フランス式などヨーロッパ大陸に多く、これを日本では“ドイツ下見”と呼ぶ。もう一つは板と板の端部を鳥の羽根のように重ね合わせる継ぎ方で、ドイツ下見は平らに仕上がるのにこっちは板がわずかに傾き、継ぎ目に段がつくから近くで見ればすぐ分かる」

 文章だけではわかりにくいだろうが、次の図を見れば、もっとわかるだろう。図の上段右が日本の下見板張りだ。

 https://www.lixil.co.jp/reform/yougo/sekou/naiheki/21.htm

 これもわかりやすいか。

 http://www.kenchikuyogo.com/315-to/005-doistu_shitami.htm

 私がバルト三国で見た木造住宅のログハウス風に見えたものは、どうやら日本で「ドイツ下見板張り」という物だったとわかった。昔の農村では丸太で家を建てた。次は角材にして家を建てた。その後、製材の機械化技術が進み、板が簡単に手に入るようになり、資源の節約と扱いやすさのために、丸太ではなく板で壁を作ることにして、この下見張りにしたのではないだろうか。

 

 以下、エストニアのタルトゥの木造建造物を紹介する。まずは、すでに写真を載せたことがあるタルトゥ駅。木造の駅舎だ。

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 木造建造物というだけでなく、電柱にも注目して写真に撮った。

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 「見せて稼ぐ」ために建てたらしい逆さの家。外壁は木だが、なかには入っていないので、骨組みが木か鉄骨なのかわからない。

 

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 レンガ造りかもしれないという住宅だが、モルタルがはがれている部分から、木造モルタル造りだとわかる。

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 窓の写真を撮っていたら、ネコと目が会ってしまった。

1316話 スケッチ バルト三国+ポーランド 35回

 木造住宅 その1

 

 建築の話を今しばらく続けたい。

 バルト三国の旅はラトビアのリーガから始まったのだが、いままでのヨーロッパの街とはちょっと違うぞと思い、エストニアリトアニアを旅すれば、その印象がより強くなった。都市部に木造住宅がいくらでもあるということだ。バルト三国をバスで走ったが、車窓から見える景色は、牧草地と森だった。ラトビアの首都リーガも、旧市街の川を渡ればもう森だ。

 

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 手前が市街地。川向うは深い森だ。

 

 初めて木造住宅をじっくり見たのは、リーガ駅の裏手だった。そこは市場や倉庫があり、いちばん有名な建造物は、スターリンの威光を知らしめる科学アカデミーだ。あるリーガ人によれば、そのあたりはかつて治安の悪い地区として知られていたらしい。いずれ話をすることになる科学アカデミーに行ったら、まだ開館前だったのでその近所を歩いていて、木造住宅を見つけた。一見するとログハウス(正しい英語では、log cabinという)だ。丸太そのままではなく、角材にして積んでいるように見えるが、さて、どういう風に建てたのだろうか。

 

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 科学アカデミー周辺は、高層ビルとは不釣り合いな木造建造物が立ち並ぶ地域だ。

 

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「『あの地域には行っちゃいけない』と、子供のころは言われたんだよね」と40代のラトビア人。ロシア人やユダヤ人が多く住んでいた地区に、ホームレスが入り込んでいたこともあって治安が悪かったそうだ。

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 多分、こういう建物はレンガ造りで外壁が木ではないかと考え始める。

 

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 これは住宅ではなく、会社だったのかと思う。

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 下の写真のように、もとは窓に木の扉があったのだろうが、取り外したのだろう。

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 ガラスを二重にするような余裕はない。

 

 以下、ラトビア歴史博物館に展示してあった写真。たぶん、1960年代だろう。

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 3段並ぶ上の写真の真ん中、茅葺屋根の家の向こうに近代的アパートが見える。

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 新市街にも、今でも木造建造物は残っているが、長くなるのでその紹介は後回しにする。

 

 不幸にしてバルト三国ソビエトに支配された結果、経済が停滞したまま放置された結果、保存することなど考えなかった木造建造物が「たまたま残ってしまった」。偶然にも残ってしまった木造建造物が、今は観光名所になっていることが、ラトビア人が書いたガイドブック『リガ案内』(アルタ・タバカ編、菅原彩・小林まどか訳、土曜社、2012)を読むとわかる。

 

1315話 スケッチ バルト三国+ポーランド 34回

 野外建物博物館 その6

 

 今回は、バルト三国の南の国、リトアニアの古民家を紹介する。リトアニアの北はラトビア、東はベラルーシ、南はポーランド、西はロシアの飛び地カリーニングラード州。かつて、ポーランドやドイツやロシアの支配を受けてきたので、勉強する気をなくすほどあまりに複雑な歴史である。建築が、そういう複雑な歴史を表現しているのかどうか私にはわからない。ここの野外建物博物館は、家と家との間隔が500メートルほども離れていたりするので、歩きまわるのに本当にくたびれた。全体的には、18~19世紀の建物が比較的多いように思う。

 

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 学校が移築してあった。

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 左の大きな筒状のものは、ストーブ。別室が教員住宅になっているらしい。

 

 

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 ここでも、瓦屋根の家は珍しい。家庭菜園や窓辺の花に管理担当者の心遣いがわかる。

 

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 「なんだ、これ?」といぶかしい。近くの説明を見て、ハチミツ採集装置だとわかった。

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 庶民には砂糖など手に入らなかった時代、甘いものはハチミツと果物だった。

 

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 リトアニアの村は、装飾を施された十字架が広場や庭に立ててある。これが「リトアニアらしさ」らしい。

 

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 洗濯道具。たたいたり、洗濯板でこする。こういう形の洗濯板は18世紀末のヨーロッパで生まれたらしい。日本には明治時代にアメリカから入って来るが、広く普及するのは大正時代に入ってかららしい。

 

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 窓を室内外から、しばらく眺めている。

 

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 ラトビアリトアニアで聞いた話では、ベッドを使えるのは既婚者のみで、未婚の子供たちはこういうベンチで寝ていたそうだ。

 

 

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 玄関前のこの空間は、日本で言えば縁側で、針仕事や近所の人との雑談など、寒くない時期は、暗い部屋を出てここで過ごす憩いの間だ。

 

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 家庭菜園にはハーブ類が多い。来園者用に植物名を書いた説明がついている家もある。気になる葉があったので、近づいて、よく見た。

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 やっぱり、cannabis。堂々と栽培しているのだから、当然、合法なのだろう。

 

 

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 ちょうどカヤぶき屋根の補修中で、作業のようすを見たかったのだが、きょうは作業の日ではなかったらしい。

 

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 リトアニアの野外建物博物の特徴は、家そのものの移築だけではなく、村を作ろうとしているらしい。だから、村から別の村に移動するのが大変なのだ。

 

 バルト三国に気候の変化が激しいので、晴天の直後に雨が降ってきたりする。こうした野外博物館を散歩するには雨具や、時期によっては防寒具も必要。冬期はほとんど閉鎖されるので、行きたいと思っている人は詳しい開館情報を調べておいた方がいい。

1314話 スケッチ バルト三国+ポーランド 33回

 野外建物博物館 その5

 

 今回は、バルト三国の真ん中の国、ラトビアの古民家を紹介する。

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 リーガ市外から北東に進み、広い川を越えると、湖に面して野外建築博物館がある

 

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 このように屋敷全体を再現したものと、家一軒だけ再現したものもある。それぞれの建物に移築・再現した意味があるのだろうが、残念ながら来園者にはわからない。詳しいガイドブックか、音声ガイドが欲しい。

 

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 三か国の野外建物博物館全体でも、このような瓦屋根の家は珍しい。

 

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 こういう屋根も丸太というのログハウスは、ほかで見ていない。あやふやな記憶では、ここは住まいではなく、物置きだったと思う。

 

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 藁ぶき屋根の丸太小屋。

 

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 昔の雰囲気を出すために、刺繍をする女性がいる。室内外のコントラストが強いので、「シャッター押すだけ写真家」の私の腕では、うまく撮れない。

 

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 園内の野外食堂。寒い季節はごく一部だけの開放なので、当然食堂は閉鎖されているだろうが、雨の日も営業不能だろう。ジャガイモとソーセージなど、まあ、ラトビアの料理とはいえるが、紙皿とプラスチックのスプーンとフォークはなあ・・・と、思う。安くはないが、特別高くはない。

 

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 玄関前のこの空間については、次回詳しく書く。

 

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 ドアにハートの切り抜きがある小屋については、1308話ですでに書いた。そのとき紹介したのとは別の建物の写真。当然、この時は、この小屋の意味をまだ知らなかった。

 

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 家の管理人がこれらの家庭菜園の栽培者らしい。だから、本当の個人住宅のようで、そこに自由に入ることができてる。歓迎のことばをかけてくれるのはうれしい。できることなら、紅茶やコーヒーの1杯でも出してくれて、生活の話が聞けたら嬉しいのだが、それは高望みらしい。

1313話 スケッチ バルト三国+ポーランド 32回

 野外建物博物館 その4

 

 ラトビアの野外博物館に行ったとき、日本人の団体と出会ったという話を書いた。30名ほどの団体客は、数十棟ある家のうち、入場門にいちばん近い住宅に行き、内部を見ただけでバスに戻っていった。滞在時間は1時間もなかったと思う。老人が多い団体なので、展示している住宅に入ったらベンチに腰掛けて動かない人もいた。建物に興味がないという人もいるだろうが、見て回りたいが足腰が言うことを聞かないという気の毒な人もいただろう。

 私は建築を含めた「生活」に興味があるから、ラトビアの野外博物館だけでなく、ほかの国の野外博物館でも4~5時間は歩き回った。もちろん、歩くのが目的ではない。園内の住宅に入りちょっと説明を聞き、また歩いた。合計すれば、たぶん1日に10キロほどは歩いたと思う。そのくらいは歩ける体力と、あちこちを見て回りたいという好奇心が、今はまだある。それを素直に喜びたい。好きなように歩けるうちの散歩旅だ。

 

 さて、スケッチ風に、3回に分けて野外博物館で撮影した写真を紹介する。まずは、バルト三国の北からエストニアの古民家を見る。

 

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 村の屋敷を再現し、母屋、家畜小屋、農機具置き場、農産物置き場などが屋敷内に点在する。案内人は民族衣装を着ていて、写真用のモデルも兼ねていると思うのだが、英語ができる人がそれほど多くないのが外国人旅行者にとっては、悩みだ。

 

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  壁は石積みで、屋根部分は木造。村では金持ちの家だろう。

 

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 木工職人の家。

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 ログハウスに板葺きの屋根。煙突付き。

 

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 別の家だが、その屋根をよく見ると、昔通り、板は丸太を割って作ったことがわかる。

 

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 家の脇に家庭菜園があり、カカシ

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 エストニアの野外建築博物館は19世紀あたりの比較的新しい家が多いのが特徴。この家の説明板があったかどうか記憶にないが、医者か村長の家ではないだろうか。

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 こういう木造住宅を見ていると、北海道にもあるような気がする。

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 窓に飾りがあり、ガラスが入っているのは金持ちの家のしるし。

 

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左のレンガで積んだ部分はいわば暖房器具。焚口は左の部屋にもある。この台はベンチや老人用ベッドとして使う。

 

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 暖房効率を考えたのか、天井が低いのが特徴でもある。

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 バルト三国の野外建築博物館で、これが唯一のコンクリート建造物。説明は、ソビエト時代のアパートの再現というのだから、また行かないといけない。どこの野外博物館も、まだ建設途上にある。

1312話 スケッチ バルト三国+ポーランド 31回

 野外建物博物館 その3 煙突

 

 「ごく簡単に言うと、煙突のない家が古いということです。だから、外から見ただけで、古いか、比較的新しいかがわかるのです」

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 上下どちらもエストニアの野外博物館。藁ぶき屋根から板葺き屋根に変わると煙突がつくという仮説が正しいかどうかはわからない。

 

 エストニアの野外博物館の係り員の解説だった。煙突のない家というのは、日本の古い民家のようなものだ。建築史の上で日本がかなり変わっているのは、近年まで煙突を使わなかったことだ。囲炉裏はもちろん、かまどでも、煙突はない。かまどに煙突がつくのは明治以降だ。日本人が煙突を使わなかった理由は、煙で木材や屋根材をいぶして虫を防ぐためだ。

 バルト三国の家に煙突がなかった時代は、技術的な問題で煙突が作れなかったのか、なにかの理由でわざと作らなかったのかわからないが、炊事や暖房の煙は屋根近くの穴から外に出していた。

 

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 古い時代の台所は囲炉裏だ。後方は暖房。煙が部屋を巡る。

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 別の家だが、台所はこの通り。後方はパン焼き釜にもなるという説明だったような気がするが、記憶は怪しい。

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囲炉裏の上を見ると、屋根に穴をあけ、煙突になっている。この3点、エストニア

 そして、時代が進み煙突が登場するのだが、かまどやストーブに煙突をつけたという以外のスタイルがある。それを初めて見たのが、ポルトガルリスボン郊外のシントラ王宮だった。

 シントラに行ったら王宮があったが、そもそも王宮などに興味がないので素通りしようとしたのだが、王宮の一部に数十メートルはある巨大な白い円錐形の建物があることに気がついた。KKK(クー・クラックス・クラン)の白頭巾のような姿だ。屋上に塔があるというならわかるが、この巨大な円錐がわからない。そこで、王宮の中に入った。それでわかった。あの円錐は調理場だったのだ。

https://4travel.jp/travelogue/11250232

 そこの係り員の説明を聞いて、「へ~」と感心したのは、円錐の建造物は煙突で、その下部に調理場があるのだ。調理場にはいくつものかまどがあり、それぞれに煙突をつけるのは面倒なので、煙はすべて調理場に吐き出すようにして、円錐の煙突を使って外部に出すというシステムになっているのだ。つまり、煙突の下部に調理場があるということだ。

 こういう「煙突内台所」というのは、野外博物館の家でも見られた。街なかの石造りの建物でも、そういう台所にリーガで出会った。17世紀にたてられたドイツ人一家の住まい、メンツェンドルフ家博物館だ。リーガの中心地に立つ石造りの建物で、3階建て屋根裏部屋つき住居の台所は、囲炉裏のように裸火で調理するようになっているが煙突が見当たらない。「煙突がないんですか?」と聞いたら、係員は天井を指差した。はるか上の方に穴が開いている。そうか、これも煙突内台所だ。

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 メンツェンドルフ家の台所。立って調理ができるように、火は台の上の置く。

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 囲炉裏が台にのった形だ。そして、その上を見上げると・・・。

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 屋根の上に煙突。つまり、台所の上に煙突があるという形だ。

 その日、宿に帰って煙突内台所のことを日記に書いていたら、そうか、京都や大阪の町家だと気がついた。古い商家の台所が頭に浮かんだ。古い家には、もちろん煙突はない。台所部分の天井は高く、吹き抜け部分を火袋という。採光と換気と煙出しのための天窓だ。

https://sanpohana.exblog.jp/16999256/

 これも煙突内台所だと言えなくもない。

 煙突のことだけ考えても、朝鮮や中国東北部の煙を利用した床暖房や燻製作りなど、興味深い事柄が多い。そこで、本棚から『台所空間学』(山口昌伴、建築知識、1987)を取り出して、久しぶりにページをめくる。この本は1万円近い定価ながら、私が買ったのは、1989年の第4刷。それだけ高い評価を受けた内容だということだ。晩年の山口さん(2013年没)には、台所のことだけではなく、建築のことも多く教えていただいた。今日の私の建築の知識は、藤森照信、山口昌伴、小松義夫の3氏の研究のおかげだ。

  

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  炉のすぐ上に煙突をつけたデザイン。下部は薪置き場。リトアニア

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 台所兼暖炉の焚口の隣りの部屋。暖かいベンチは、老人のベッドになる。「子供のころ、風邪をひくと、ここに寝かせてもらえたんですよ。とっても暖かかったですよ」と管理人の老人。以下、写真はラトビア

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 これが暖炉。緑の陶器はいわば反射板で、熱を室内に放射する。

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 これと下の写真は19世紀の台所。

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 ガスのない農村では今もこのスタイルだろう。下の写真の右手、緑のものは英語でstoveと呼ぶもの。日本ではストーブは暖房器具だが、英語では調理器具兼暖房器具もstoveだ。オーブンもある。左手は暖炉の焚口。




 

 

 

 

1311話 スケッチ バルト三国+ポーランド 30回

 野外建物博物館 その2 サウナ

 

 バルト三国それぞれの野外建物博物館の基本姿勢はよく似ている。ほとんどの建物は木造住宅で、住宅以外では教会や学校もあるが、それらも木造だ。木造建造物に関する考察はあとでじっくりやることにする。

 エストニアの野外博物館は広大な敷地にぽつんぽつんと家があり、その全体図が子供の落書きのような地図しかないので、迷う。私が行ったその日は、雨が降るなか広大な敷地を延々と歩かされることになった。歩くのはいいが、迷って同じところを何度も歩くのは嫌だ。ラトビアの野外博物館の敷地は広いがコンパクトにまとめてあり、よくできた地図もあり、英語の説明板もあって、総合点ではもっともよかった。

 どの建物博物館も、時代や地域によって「こういう違いがあります」と変化をつけて展示しているが、国内地理を理解していない私には、「〇〇地方の住居」という説明があっても、それが海岸地方なのか、内陸部かといったこともわからない。ガイド付きで歩きたいと思ったが、それは不可能だ。せめてイヤフォンサービスかガイドブックが欲しかった。専門的な話が聞けるなら、まる1日いても飽きない。

 野外博物館は、林や平原のなかにぽつりぽつりと家がある。住宅のいくつかは、家庭菜園が作ってあったり、窓辺に花が飾ってあったりする。それぞれの家に管理人がいて、世話しているらしい。だから、バルトの人々には、田舎に住んでいるおばあちゃんの家に行くという感覚になるだろう。実際には、誰かの家に勝手に入ることなど許されないのに、この博物館では誰かが住んでいそうな家に入って、どの部屋も覗ける。移築の場合は、家具もそのまま持ってきたので、より生活感がある。

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 雪深い土地ではないが、屋根が大きく傾斜がきつい。エストニア

 

 どの家にもトイレがないという話はすでにした。浴室はどうかというと、興味深いことに、エストニアラトビアではサウナがあった。家の中にサウナ室と思われる空間がありそうだと思われることもあったが、解説者がいない家だと想像するしかない。説明板があってはっきりわかったサウナは、母屋から離れて独立した小屋になっている家が何軒かあった。そうした家で、英語ができる管理人に出会えたので、「サウナがなぜ、別棟なんですか」と聞いたら、「火事が心配だからです」と答えたのだが、台所は母屋にあり、当然薪を使った暖房設備もあるのだから、「火事が心配で」という説は納得できない。この辺は深く調べてみる必要がある。

 リトアニアの建築博物館ではサウナのある家は見つからなかった。たまたまなかったのか、私が気がつかなかっただけかもしれないが、リトアニアに今もサウナがあることは各種資料でわかっている。西洋の風呂関連資料は買い集めているが、ここで深入りするとますます長くなるので、深追いはしない。

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 ラトビアの野外博物館に入ってすぐの屋敷。敷地にこんな小屋があり、物置かと思ったら・・・。

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 サウナだった。

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 別の屋敷にもサウナを発見。

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 台所にあった大きな樽は、小判型という形から考えると、水槽ではなく浴槽ではないかと想像するのだが、わからない。説明板も説明員もいないと、わからないことが多い。これも、ラトビア

 

 敷地の一角に、丸太の小屋を見つけた。細い丸太を立てて円錐形にしたもので、ラップランドサーミ人の小屋であるコタや、アメリカ先住民(インディアン)の住居ティピーを連想させるが、丸太の外側を布などで覆ってはいない。「おっ、トイレか!」と思い内部を覗いたら、焚火のあとがあり、石も置いてある。たぶん、炉だと思った。台所はちゃんとあるのだから、「何の目的で?」と、その家の管理者にきいた。

 「あれは、夏の台所なんです。家の中で火を使うとけむいし、夏は暑いでしょ。それに、家の中は暗いから、冬以外はできるだけ明るい外で炊事をしたいんです」

 家は、寒い冬や雨の日はありがたいシェルターだが、狭苦しく、暗く、臭い。天井が低く、窓はあるが窓ガラスは金持ちの家にしかないという時代なら、昼間の生活はできるだけ戸外で過ごしたいと思うのは当然だ。

 

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 こういう建物を実際に見るとは初めてなので、「なんだ、これ?」

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 なかに入ると炉があった。夏用台所なら、こういうたいそうな建物にしないで、簡単な小屋掛けでいいと思うのだが、それでは春や秋には寒く、風が防げないということか。ベンチがあることを考えると、ここで食事もするのかもしれない。

 スウェーデンの建築の本にも、こういう夏用台所が紹介してあった。