読書 6 図書館5
マイクロフィルムで昔の新聞記事を読んで、その同時代性にワクワクしたことがあると前回書いた。のちに回想して書いているのではなく、その時の事情だ。1962年のアジア大会(ジャカルタ)の記事を読んで、こういう文章を書いた。アジア雑語林407話から、その一部を引用する。
東京オリンピックの2年前、ジャカルタで開催されたアジア大会は、インドネシアが親中国(だから反台湾)で、インドネシアはイスラム国家だから当然反イスラエルという政治姿勢を露骨に見せたものだった。日本がどの立場に立つかで2年後の東京オリンピックは中止になるかもしれなかった。イスラエルや台湾を招待しないアジア大会を、IOCは公認の大会とは認めなかった。だから、非公認の大会に出場する国は、IOCから除名すると警告された。日本がジャカルタのアジア大会に参加すると、東京オリンピックは消滅するというわけだ。しかし、日本は、インドネシアとも仲良くしたい。さて、困ったという大会だったのだ。
1962年のアジア大会のことを知りたくて、図書館で新聞のマイクロフィルムを読んだことがあるが、ジャカルタで暴動(政府主導だ)が起きて、緊迫した政治状況がよくわかる。このアジア大会のことは、『ジャカルタの炎』(新村彰、彩流社、1982)に詳しい。聖火がインドネシアに寄らない理由は、そういうところにあるのだろう。
NHKドラマ「いだてん」で、このアジア大会のことが出てきたが、東京オリンピックが中止になるかもしれないという危機があったことを知っている人がどれだけいるだろうか。女子バレーの試合も中止されそうな危機にあったという話は、1356話(2019-12-15)に書いた。興味深いエピソードだ。
図書館に通って集めたコピーの束を、先日まとめて捨てることにした。捨てるといってもゴミにするわけではなく、切ってメモに使っている。だから、ときどき戦前期の自動車雑誌の広告や新聞記事がメモの裏にあることがあり、ちょっと懐かしくなる。
自動車や現代史研究に関しては、図書館の資料をコピーするために通ったのだが、本を借りるために図書館に通ったことももちろんある。東南アジアの翻訳書を借りて読んだ話はすでにした。
読みたいが、高すぎる。ちょうど近所の図書館にあったので、通って借りたというのが、『古川ロッパ昭和日記』(晶文社)だ。1987年から全4巻で出版されたのだが、1冊が二段組1000ページ近くある大著で、4冊合計2万7300円だった。ロッパの本はこれ以前も以後にも、何冊か読んでいるが、それらは買って読める本だった。が、この日記は買えない。日記の柱は芸能と食事で、私は食日記に注目して読み続けた。この日記は、このコラムでたびたび取り上げている。例えば、次の2回。
380話、
厚い本だからできるだけ急いで読みたいのだが、興味深い情報が入っていて、発見のたびに再調査をしたくなるから、読書はなかなか進まない。知りたくなることが次々に出てくる読書は私の場合喜びなのだ。
日記を読むことに熱中するひと時を過ごしたせいで、古本屋で『夢声戦争日記』(中央公論社、全5巻)を買った。戦時中、今のシンガポールやマレーシアに滞在していた日本人は、「風と共に去りぬ」などアメリカ映画を見たという記録を残していて、夢声もそのひとりだった。小津安二郎も、シンガポールでアメリカ映画を多数見ている。この日記は、抄編の形で、『夢声船中日記』 として中公文庫に入っているのを今知った。深入りしてはいないが、他人の日記を読むのは楽しい。
夢声の日記は戦後発表されたものだが、マレーでアメリカ映画を見たという文章を戦時中に発表した人がいる。『南方演藝記』(小出英男、新紀元社、1943)には、「風と共に去りぬ」のほか、チャップリンの「独裁者」も見ていて、「愚劣なギャグだ」と評しているのは本心か、それとも時節柄を考えてもことか。「ロアリング・トウエンテイス」という映画の紹介もあり、これは好評だ。この映画はジェームズ・ギャグニーのThe Roaring Twenties(1939)で、1955年に日本で公開されたときの日本語タイトルは「彼奴は顔役だ」。
林芙美子の日記や日記をもとにした小説と、発表することなど考えていない本当の日記とを対比して解説した『林芙美子巴里の恋』(林芙美子・今川英子、中央公論新社、2001)は、のぞき見趣味であることはわかっているが、やはり興味深い。日記を読むと、紀行文のウソあるいは脚色がわかってしまうのだ。