1910話 言葉は実におもしろい。地道に勉強する気はないけれど・・・ その21

 

 かつて、アジア文庫の小冊子に書いたエッセイを、このアジア雑語林に何本か再録したことがある。そのなかから、言葉に関する文章をここで紹介する。

再録 1

27話 アジアをめぐる「鳥」についての短い考察(2003-07-28にアジア雑語林に再録)

 『インドネシア語の中庭』(佐々木重次編著、Grup sanggar)を読んでいたら、鳥(burung)は幼児のオチンチンの意味もあるという話がでてきた。辞書で確認すると、まさにそのとおりだ。さて、これは中国語の影響だろうか?

 中国語は、基本的には1語にひとつの音で、日本のようにひとつの漢字にいくつもの読み方があるということはないのだが、例外的にいくつかの語は複数の音がある。「鳥」もそのひとつで、niaoと発音すれば鳥のことだが、diaoと発音すると、オチンチンの意味になる。こういう雑学はすでに仕入れていたの で、burungの隠語の意味が中国語起源ではないかと想像したのだ。

 『アジア英語辞典』(本名信行編著、三省堂)には、フィリピンで英語のbirdには、隠語で幼児のオチンチンの意味があるとでている。手元に詳しいタガログ語辞典がないので、意味の起源についてはわからない。

 タイ語で鳥は「ノック」というが、この語にはどうも隠語の意味はなさそうだ。森羅万象の語彙を織り込んだ「冨田辞典」こと、『タイ日大辞典』(冨田竹次 郎、めこん)にも出ていない。隠語も詳しく紹介しているこの辞典に出ていないということは、多分「ノック」は鳥以外の意味はないということだろう。ちなみ に、タイ語で鶏(カイ)には売春婦という意味もあるそうだが、中国語で鶏巴といえばオチンチンのことだ。発音は日本語の「千葉」に近い。千葉県在住者の私は、台湾でしばしば笑われた。

 なぜ、鳥が赤ちゃんのオチンチンなのかよくわからないが、おそらくその形からの連想ではないかと思う。袋の部分(陰嚢)を鳥の胴と考えると、たしかに小鳥に似ていなくもない。お菓子の「ひよこ」を思い浮かべるとわかりやすい。『インドネシア語の中庭』では、「なぜ『鳥』というのか」という問いに対して、 インドネシアの女性が「だって、タマゴを抱いているじゃない」だって。インドネシア語ではどうか知らないが、タイ語ではカイ(タマゴ)は隠語で睾丸の意味 がある。

 インドネシアやフィリピンの、鳥の裏の意味が中国語起源かもしれないという推測が、正しいのかどうか私にはわからない。東南アジアの食べ物関係の語は中国語起源のものが数多くあるのはたしかだが、だからといって中国語と共通する東南アジアの語彙がすべて中国起源だと判断してしまっては、中華思想にすぎるだろう。

 私は言語学についても素人だから、これ以上の考察はできない。ここはひとつ、専門家の論文に期待したい。

インドネシア語の中庭』は、品切れになりました。(アジア文庫)

 

★2023年の、ちょっと長いあとがき。

インドネシア語雑学エッセイの『インドネシア語の中庭』は、書籍版はその後増刷されなかったようだが、インターネットでは、「exblogインドネシア語の中庭ノート」として2005年以降現在まで続いている。

 フィリピンの「鳥」の話の補足。上に「手元に詳しいタガログ語辞典がないので、意味の起源についてはわからない」と書いたが、今は、手元に”Vicassan’s Pilipino-English Dictionary”(Anvil,2006)があるから、少しは調べることができる。タガログ語をもとに共通語にしたフィリピン語で鳥はibonという。その説明。

,bird  2,(口語)a male child’s sex organ

 アジア文庫の店主である大野さんが急逝し、その後のことを相談するするために、店で大野夫人と会ったときのことだ。店にあった日本語の本は大方行先が決まっていたが、外国語の本はだいぶ残っていた。「お好きな本があったら、何冊でも持って行ってください」と言われたが、欲しい本はあまりない。ふと目にしたフィリピン語の辞書なら今後使い道があるかもしれないと思い、形見としていただいた。その辞書を久しぶりに書棚から取り出し、上のような補足を書いた。