512話 塩なしの食事のことなど

 A地点からB地点にただ移動するだけの横断旅行や縦断旅行には興味がない。それがどれほど過酷な旅であろうと、目的地に向かって移動するだけの旅には興味がない。
 いつも思っていることを話しているうちに、「ちょっと、まずいかな」と思った。今、目の前にいて私の話を聞いている人は、大横断旅行をした人で、私の話にちょっと顔をしかめた。いや、あなたを批判しようとしているわけではなく、大学探検部的行動が嫌いだと言いたかったが、この人も探検部出身だから、火に油を注ぐことになりそうなので、話の方向を変えた。
 怒ったとしても、無理はないな。今、私と話しているのは、グレート・ジャニーの関野吉晴さんなのだから。その辺の横断旅行とはスケールがまったく違う。
 関野さんと初めて話したのは、彼がまだ大学生の頃だ。関野さんの大学生時代といっても、あまりにあいまいな話である。彼は一橋大学に8年間、横浜市立大学に6年間、合計14年間の大学生時代を過ごしているのだ。私が初めて話したのは、横浜市立大学医学部の4年生か5年生のころだった。大学生とはいえ、探検&冒険旅行の分野では有名人で、すでに3冊の本を出していて、うち2冊を私はすでに読んでいた。大学探検部とは無縁の私でもよく知っているほどの、若き探検家だった。初めて会ったいきさつは、次のようなものだった。
1980年代初めだったか、雑誌で記事を書くために、会って話を聞きたいという私の要望を受け入れてくれたのだ。「上大岡駅横浜市)に着いたら、電話をください」という約束で、そのとおりに電話をしたら、「イトーヨーカ堂の前で会いましょう」。関野さんの顔はすでに知っているのですぐわかり、彼のアパートに行った。そのアパートは入り口で靴を脱いで上がる安アパートだった。「部屋はひどいことになっているので・・・」というので、廊下に腰をおろして2時間ほどしゃべった。
 それ以来長い間会う機会はなかったが、ここ数年食文化研究会でときどき顔を会わせることになり、もちろん私のことなど覚えているわけはなく、新たに知りあった者として雑談をした。そういえば、あのときの雑誌取材では、オートバイ旅行の賀曽利隆(かそり・たかし)さんにもインタビューし、写真を借りるなどの用件で何度もあった。それから20年ほどして、あるパーテーで加曽利さんと再会したのだが、私のことはまったく覚えていなかった。覚えていないことを非難しているのではない。逆の立場では、私も同じだ。いままで取材を受けたすべての人の名前も顔も、すでに私が知っている人を除けば、まったく覚えていないのだから。
 先日の研究会では、会のあとの懇親会と2次会も含めて、4時間ほど独占して関野さんの話を聞くという誠にぜいたくな時間を過ごした。私が100本ほどの質問の矢を射ると、誠実にしかもおもしろい話に構成してはなしてくれる。真摯にサービスしてくれる。植村直己さんには会ったことがないが、おそらく同じような人柄なのだろうと想像しながら話を聞いていた。関野さんほどの人になると、「どうだ。俺はすげーだろ!」といったようなハッタリなどまったくなく、淡々としゃべる。しかし、それは、おそらく意識して謙虚にしているのではなく、もともとそういう人だと思う。学生時代の関野さんと、話している態度がまったく変わらないのだ。
 そういえば、今思い出したのだが、関野さんと会うずっと前、私がまだ銀座でコックをやっていた頃、仕事を終えた夕方、店のすぐそばのホールで開催された小さな講演会を聞きに行ったことがあった。話をしたのは、『叛アメリカ史』(ブロンズ社、1977)を出したばかりの豊浦志朗。関野さんは部外者ながら早稲田の探検部で訓練をしていたことがあるから、豊浦は関野さんの先輩にあたる。彼は、のちに船戸与一ペンネームを使い小説家になる。
話は、関野さんとの雑談に戻る。
 私の質問だから、当然食べ物の話が中心になる。関野さんは、世間の日本人が、何の違和感もなく食事ができる地域には出没しないことはわかった上で、こういう質問をしてみた。
 いままでの旅で、食べ物に関して、これはつらかったという体験はありましたか?
「アマゾン地域にいたときですが、村人と10日ほどの小旅行に出た時、塩を持って行くのを忘れたんですよ。村人は塩を使わない食生活で、昔からそういう食生活だから塩がないのが普通なんですが、私がおなじ食生活をすることはできないですよ。塩なしの食事を続けたことって、あります? そりゃ、もう、つらいですよ。ある食材がうまいとかまずいとか臭いとか、そういうことはどうでもいいが、味の無い食べ物ばかり食べているのは本当につらいですよ」
塩なしの体験は、私にはない。ウガンダスーダンを旅している時は、食べ物が少ないという量の問題と、食べ物のバラエティーの無さという単調さの問題には直面していたが、1日1回くらいは味がついた食べ物を口にできた。塩なしといえば、かつて、どこかの格闘技団体の食事が、ゆでた鶏胸肉とゆでたまご白身に味をつけずに食べるというのをテレビで見たことがあったが、あれもつらいはずだ。長く続くわけはない。
 塩を摂らずに生活している民族は、世界にいくらでもいる。生肉や生の血を飲むことで、間接的に塩分を摂取している場合と、塩(塩化ナトリウム)は摂らないが、代わりに塩化カリウムを少量摂取しているといった場合もあるが、普段の食事に塩を使っている民族が、塩なしの生活を長く続けることはできないそうだ。塩なしでも生きていられる体質の民族と、塩なしではいられない民族がいる。