39話 間違いやすいアジア


 アジア関係の本を読んでいると、さまざまな書き手が同じ事柄で間違っているということがある。ガイドブックなどの記述を鵜呑みにしたせいだったり、うっかり勘違いしたものもあるだろうが、こんな間違いがしばしば登場する。
断食月……イスラム教徒は年に一回、ひと月にわたって断食をする。さすがに、一カ月間飲まず食わずに過ごすと誤解する人は少ないだろうが(夜明けから日 没までの断食で、夜や夜明け前にたらふく食べる)、イスラム暦第9月に行なう断食を、太陽暦の9月だと勘違いしている人がある。イスラム暦太陰暦で、一 年は約354日。太陽暦の一年より、11日ほど短い。だから、年々ずれていき、太陽暦で1月だった断食月が8月になったりする。宗教行事や伝統行事は太陽 暦以外の暦にしたがって行なわれることが少なくないので、要注意だ。
二毛作二期作……例えば、「インドネシアのように熱帯では、二毛作はおろか三毛作も可能だ」といった文章をときどき見かける。二毛作というのは、春か ら夏に水稲、秋には麦を栽培するといったように、違う作物を同じ場所で栽培すること。二期作というのは、同じ水田で年に2回稲の栽培をするようなことをい う。だから、例文は、「二期作、三期作」が正しい。
●僧侶の食事……タイを舞台にした小説に、「僧侶たちは、夕餉のしたくに忙しい」という文章があって、びっくりしたことがある。これに類似した表現もいく つかあった。まず、僧侶は日本と違って自分で料理はしない。労働はしないということになっているのだ。しかも、僧侶は正午以後食事をしてはいけないという きまりになっている。僧は、朝・昼の二食ということになっているから、この点でも間違い。
●ピラニア……東南アジアではピラニアを養殖していて、よく食べるといった記述を何度か見かけた。これは、ナイル原産のティラピアのことで、名前が似てい るので間違ったのだろう。日本でも養殖が始まったとき、ピラニアと誤解されやすいということもあって、「チカダイ」という呼び名をつくった。
●雨季・乾季……「タイでは、雨季は5月から10月ころまで、乾季は11月ころから4月ころまで」といった説明がされることが多いが、これはバンコクがあ る中部以北の事情であって、南部では、地域によって違うが、雨季と乾季がほぼ逆になることもある。プーケットでは、雨が多く降る時期はバンコクとあまり変 らないが、タイ湾側のソンクラーでは、バンコク以北ではもう乾季に入っている11月から1月ころがもっとも雨が多い。インドネシアのように広大な国土だ と、ジャカルタの気候を知っているからといって、他の地方の気候を類推することはできない。なお、雨期・乾期という表記もあるが、「雨が多い季節」、「乾 いた季節」という意味を表したいのか、アジア関係の本では通常「雨季・乾季」の表記を使う。
ヒンドゥー、ヒンディー……これは私も混同し、かの松岡環師に指摘された。ヒンドゥー教ヒンディー語と区別して覚えるか、ヒンディーの語尾の i は言語を表す接尾辞だと覚えてもいい。試しに広辞苑で「ヒンディー語」を調べてみると、長い説明のあと「ヒンドゥー語」になっている。そこで「ヒンドゥー 語」を調べると、「ヒンディー語に同じ」となっていて、ああ。インド研究者は拒否する表記だろうが、「ヒンズー」なら一般的には言語にも宗教にも対応する らしい。