40話 言葉の話(1)

 「上等」という言葉と沖縄


  インドネシアの女優、クリスティン・ハキムさんが来日して、自身が主演した映画について語る会があった。その映画は悲劇的な結末(意地悪い言い方をすれ ば、お涙頂戴の結末)で終わるのだが、私は「主役の女性は、どんな境遇でも、しぶとく、ずぶとく生き抜く女に描いたほうがおもしろかったのでは?」と、質 問とも意見ともつかぬことを言った。彼女は、私の意見をおもしろがったが、その結末がいいとは言わなかった。 会が終わって、会場を出るとき、クリスティ ンさんが私に近づき、なにやら言った。すぐさま後ろにいた人が通訳してくれた。
「その服、どこで買ったんですか?」
「タイです」
 そう答えると、彼女は右手の親指を突き出し、「ジョートー!」と言った。
 出た。インドネシア人が「バッキャロ」(ばかやろう)と並んでよく知っている日本語、「上等」だ。
 なにかいい品物を、「上等な物だ」という言い方は年配者なら関東でもするが、どうも関東では日常的によく使うというほどでもないような気がする。現在で もよく使っているのが沖縄で、インドネシアの「ジョートー」は沖縄人が伝えたのではないかという仮説を思いついた。沖縄人がインドネシアに数多く移民した という話は聞かないから、ひょっとすると戦時中に沖縄出身者の部隊がインドネシアに渡ったのかもしれないという仮説も考えたが、まだ確認していない。 「ジョートー」に関する考察はこれで終わり。日本語とインドネシア語の研究者にバトンタッチします。
 話はアメリカに移る。一部のアメリカ人の間にも日本酒が知られるようになり、彼らはそれを「サキ」と呼ぶ。なぜ、「サケ」でなく「サキ」なのか疑問に 思っているときに、沖縄では酒を「さき」と発音すると知った。沖縄には母音「え」と「お」がないから、船は「ふに」になり、星は「ふし」と発音する。だか ら、酒は「さき」になる。沖縄なら、長期に亘ってアメリカ人が駐在しているから、アメリカ人が酒を沖縄風に「サキ」と発音していてもおかしくない。「サ キ」は沖縄方言がアメリカに渡ったものか。なるほど、そうか、わかったと納得していたが、じつはそうではないらしい。
 英語に関する本を読んでいたら、「英米人は、語尾が e で終わる語をそのまま発音ができない」という話がで出てきた。take,date,made など e で終わる語は数多くあるが、発音は e で終わらない。だから、sake(酒)のように e で終わる外国語でも、「サケ」とは発音できずに「サキ」になってしまうというのだ。
 というわけで、ただ食い散らかしただけのコラムになってしまったが、あとは言語学者の専門的な考察を期待して、素人は退散するこ