302話 読書の話 本はあぐらをかいて読む

 プロの読書人の特徴は、やたらに数多くの本を読むということだ。欲しい情報を得るために読むので、その情報が載っている1章だけ読むこともあれば、わずか数行の文章を読んで、従来の情報を確認したりする。例えば、あるホテルの1960年代の名称を確認したくて、ガイドブックや旅行記に当たるとすれば、1時間に20冊の本を手にとることもある。最初から最後まで、全部読んでいるわけではない。趣味で、楽しみで小説を読んでいるという人とは違う読み方をしている。
 だから、ひと月に何冊読むのかとか、1日に何時間読むのかいう質問は、意味がない。資料であっても、1冊全部読むこともあるが、5分で終わることもある。仕事と遊びの区別もつかないから、仕事としての読書時間というのもわからない。まあ、「時間がある限り読んでいる」というのが正解で、ネットの情報も新聞も、「読んでいる」時間に入る。印刷物とデジタル情報を区別する意味もない。
 たしか、小田実は、本は寝ころんで読むと書いていたと思う。小林信彦には、その名も『本は寝ころんで』(文春文庫)という本がある。加藤周一の『読書術』(岩波現代文庫、原本はカッパブックスの『頭の回転をよくする読書術』1962年)にも、本は寝ころんで読むという話がでてくる。
 寝ころび姿勢の人は案外多いのかもしれないが、私はメガネをかけているせいで、横になって読むとメガネのフレームが曲がり、読みにくい。旅先などで、寝ころがって読むことはあるが、15分以上は続かない。
 津野海太郎は『新・本とつきあう法』(中公新書)で、本は歩きながら読むとか、本をバラバラにバラして章ごとに持ち歩くとかさまざまな読書法を紹介しているが、私は極めて保守的である。
 本を読むもっともふさわしい姿勢は、我が家の机に向かって、愛用の椅子にあぐらをかいて座ったときだ。あぐらをかいて座れるように、座面が広く、ひじ掛けがじゃまにならない椅子を探して購入した。背もたれが高い本革製で、社長の椅子のようで恥ずかしいのだが、台湾製の極安製品だ。
 読書に必要な物は、スタンドのライト。本のページを押さえられる「おもし」。もう20年以上前から愛用しているのが、洗濯バサミに重りがついたような「ブックストッパー」というものhttp://www.yomupara.com/bookstopper.php を2個使い、両手を自由にして本が読めるようにしている。こういう道具に関しては、田中真知さんのブログ「更新はとどこおりがちでも、つづけます」(別名、王様の耳そうじ、とも言う」の「プチ発明」(2010,2,4)http://earclean.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/index.htmlにも出ていて私も試作したが、厚い紙の本は、ブックストッパーの方が使いやすいので、市販のものを改造して使っている。
 傍線用の4Bの鉛筆と、書き込み用の2Bのシャープペンシル(0.5ミリ)も必需品だ。読みながら、重要だと思う個所は傍線を引く。とんでもないことが書いてあれば、傍線を引き、「アホ」とか「荒唐無稽」「支離滅裂」などと(実際は、ひらがなだが)と書き、知らない人物や本や映画や事件などが出てくれば、インターネットなどで調べて、簡単な事実なら本の余白に記入し、長い場合はプリントアウトして、本に挟む。こうやって、考えながら、調べながら読むから、両手の自由を確保したくて、ブックストッパーを使うようになったのである。
 調べながら読むのに必要なのが、付箋。以前は、市販の幅10ミリくらいの付箋をそのまま使っていたが、付箋を貼る個所が多くなると、本がきしめんを盛った感じになってしまうので、付箋を小さく切って使うようになった。現在は、幅3~4ミリ、長さ30ミリ程度に加工している。
 調べるには、まず、電子辞書。愛用しているのは、「SII SR−E8000」という英語と日本語に特化した辞書だ。私には6カ国旅行会話とか挨拶状例文集などといったソフトは必要ないから、電子辞書に関しては、パソコンのように「最新のものが、やはりいい」とはならない。この辞書に加えるなら、フランス語やスペイン語などの重厚な辞書のほか、日本語大辞典などがあればあったほうがいいが、もうだいぶ前に買った現在のこの機種で、今のところ満足している。
 電子辞書では英語と日本語だけしか調べられないから、他の言語は紙の辞書か、パソコンを使う。本を読みながら、その内容の確認や、より深い情報の収集をパソコンでやるようになって、読書のスピードは自分でも驚くほど落ちた。時速数行ということもある。校閲などやらずに、素直に読んでいけばいのだが、そうすることができない性分なのだからしょうがない。知りたいことは、すぐ調べたい。不幸にして、無知だから知らないことはいくらでもあり、だからいくらでも調べることになり、読書スピードはどんどん落ちる。
 世間でいう「頭がいい人」とか「成績優等生」といわれる人の特徴のひとつは、集中力だろうと思う。本を読むとなったら、他のことは何も考えずに、一気に没頭できる人が、成績優等生になれるのだろうと思う。外国語の勉強など、その好例だ。だから、集中できずに、いつもいろいろ考え、妄想が暴走になって、知りたがりの好奇心が拡散する私のような人間は、昔から「成績の悪い子」だったのである。