年に何回か、あるキーワードを使ってアマゾンで本探しをやっている。著者名での検索は、このところの出版不況のせいか、好きな書き手の新刊はほとんど見つからない。活きのいい若い書き手の登場もない。だから、テーマなどで検索する。
外国書の場合は、“Thailand”や”Bangkok”はもちろん、国名に”Food”をつけた検索もよくやっている。年に1回程度検索しているのが、”toilet” 、つまり「便所本」調べなのだが、”toilet”で検索すると、幼児やペットにトイレ訓練のテキストが多くヒットしてしまうので、”loo”(便所)や”world”などといった語を補って検索している。
先日、今年初めてのトイレ本検索をやってみたら、おもしろそうな本が見つかった。よく見たら、以前もチェックしたことがある本で、「まあ、そのうち、いつか」と思っているうちに買うのを忘れた本だった。2006年出版の本なのだが、2009年にペーパーバック版で出版されている。どうやら、評判がいいらしい。そこで、すぐさま注文した。
私が買ったのはそのペーパーバックのほうで、“Toilets of the World”( Morna E. Gregory & Sian James , Merrell , 2009)という本だ。ライターのグレゴリーは日本の漫画家ではなく、カナダ人女性。ジェイムズもカナダ人で女性写真家。このコンビで、世界各地のトイレを探った。名著『東方見便録』(斉藤政喜・内澤旬子)のように男女のコンビのほうが取材しやすいだろうが、果敢に男便所に突進取材を敢行したらしい。アマゾンの画像をうまく取り込めないので、各自、自分で検索してください。
以前から知っていたこの“Toilets of the world”を、今回買った理由は簡単、ペーパーバックになって安くなったからだ。新書版の幅を広げて正方形に近い形にした本で、256ページオールカラーで、売価はわずか942円。アマゾンでは送料無料だから、内容に関しては運を天に任せた気分で、「よし、買った!」と言える値段だ。だから、躊躇せずに、買った。
この本は、基本的には公衆便所の写真集だから、文章の情報量は大したことはない。参考文献リストを見ても、すでに手元にある資料がほとんどだ。それでも、この本はいままでの類書にはない長所がある。
その1 写真的効果を考えてのことだろうが、沙漠や牧場にぽつんと立っているトイレも多く撮影している。「なんで、こんなところにわざわざトイレを?」という写真である。トイレのある風景も描いている点が本書の特徴のひとつだ。「文章の情報量は大したことはない」と書いたが、百数十枚はあるそれぞれの写真に、日本語の感覚だと400字くらいの解説がついている(あまりに活字が小さく、老眼にはかなりつらいのが難点)。だから、ネット上に多くある「旅先で、こんなトイレ見つけました」というだけの旅行者写真とは、明らかに内容が違う。
その2 あまりリアリズムを追及していない。ひとつは、デザイン的効果を考えてだろうが、便器の美術骨董品や未来的デザインのトイレも収録してあることで、これは私の趣味ではない。リアリズムではないもうひとつの点は、アジアやアフリカなど、細部まではっきりと見える高い画質でリアリズム写真を載せられると、私はその現実をよく知っているだけに、日本でフラッシュバックをおこしてしまうのだが、この本では、そういう心配はない。一応、掃除されたあとのようなトイレ写真だ。食事をしながら読む気はしないが、スナックをつまみながら読むなら、なんら問題はない。
その3 女の視点や比較文化の視点があること。例えば、こういうことだ。なぜか、この本にはベルギーのトイレ事情が多くのページを割いて登場しているのだが、あるパブの写真が興味深い。トイレ内の写真だ。写真の左側では、男がアサガオ(男子小用便器)に向かって用を足している後ろ姿が映っている。写真の右端には個室がふたつあって、左は男用、右が女用の表示がある。右側のその個室から、いま若い女性が出てきたとういう光景の写真である。もちろん偶然の盗み撮りなどではなく、モデルを依頼しての演出写真だろう。解説の文章にはこうある。
「ヨーロッパのトイレでは、男性がおしっこをしている背後を、女性が歩いて中に進んでいくというのはよくある光景だが、外国の旅行者には驚きだろう」。『The Bathroom』(アレクサンダー・キラ、紀谷文樹訳、TOTO出版、1989)にも、ヨーロッパ大陸のこうした習慣は、英米人にはカルチャーショックを受けるといった内容の記述がある。さまざまな本にこの件のことが書いてあるので、男女兼用便所で、男女が同時に用を足すという光景は、英米人には相当にショックなのだろう。
著者がインテリのせいなのか、私の英語力ではすらすらとは読みにくい文章で、それに加えて、私の知らない専門用語もよく出てくる。”long-drops”を知っている人は、います? 英語圏に留学していたと言う人でも知らないだろう。簡単な単語をふたつつなげただけなのだが、辞書を引いてもわからない。インターネットで調べてみたら、ニュージーランドやオーストラリアあたりで使うことばで、「汲み取り式便所」の意味らしい。
そういえば、かつて読んだ本に、英語で「便所」を意味するおびただしい数の単語の解説をしていたページを思い出したが。さて、どの本だったか。日本語でも「御不浄」とか「厠」とか「お手洗い」とかいろいろ呼び名があるように、英語だけでも実に色々ある。そんなことを思い出しているうちに、もっとトイレのことが知りたくなって、調子に乗って、さっきもう一冊トイレ本をイギリスに注文してしまった。到着するのはまだまだ先なので、おもしろい本だったら、またいつか紹介することにしよう。