知人がニューヨーク生活を終えて帰国して、久しぶりに雑談をした。もうとっくに40歳を超えているのに、「私、ビールを注文したら、『身分証明書を見せてください』なんて、よく言われたのよ。未成年だと思われるのよね」などという自慢話から、バーやレストランの話が始まり、そしてトイレの話になって、彼女はこんなことを言いだした。
「アメリカでは、レストランや映画館のトイレじゃ、便座に座らないものなのよ。衛生的じゃないでしょ。だから、アメリカでは、ずっと中腰で用を足していたのよ」
トイレ内での行動は、第三者によって観察されることはほとんどないので、アメリカ人女性の何パーセントくらいが、彼女の言った通りに中腰で用を足すのかわからないと思っていたのだが、「アメリカ人女性の90パーセントは、便座に座らない」と書いている本を見つけた。この「アジア雑語林」で、前回、「さっき、もう一冊、トイレ本をイギリスに注文してしまった」と書いたが、その本がもう到着した。さっそく拾い読みをしていて、その「90パーセント」に関する記述が見えた。この本だ。
“Thunder , Flush & Thomas Crapper An Encycloopedia “ Adam Hart=Davis , The Chalford Press , 1997
著者はイギリス人で、化学で博士号をとった写真家でライター。テレビ番組制作者でもある。この本の内容から類推すると、日本では荒俣宏が一番近いだろうか。
Encyclopedia(百科事典)ではなく、encycloopediaになっているのは誤植ではなく、loo(便所)にひっかけたシャレだ。トイレ雑学事典のような本で、旅行体験本ではなく、書斎派の本だ。
いやあ、おもしろい。こんなにおもしろい本をなぜ翻訳しないんだろかと疑問に思いつつ読み、「ひょっとすると、すでに翻訳されているんじゃないだろうか」と不安になり、「アダム・ハート=デイヴィス」で検索すると、『トイレおもしろ百科』(アダム・ハート=デーヴィス、藤沢邦子訳、文春文庫、1998)が見つかった。内容をチェックすると、まさに今読んでいる本の日本語版で、ということは我が書棚のトイレ関連書コーナーにあるはずだと探すと、あった。なーんだ。
すでに読んだ本なのにすっかり忘れているというのは、単に記憶力の減退という理由だけでなく、この本が西洋中心に記述されているので、反発して読み飛ばしたのだろうと思う。それなのに、今回は英語の本なのにきちんと読もうとしたのは、すでにこの欄の「教養がないと困るのか」でも書いたように、近頃、西洋に関することにも興味が出てきたからだ。
この本のおもしろい部分をいろいろ紹介したいが、例の「90パーセント」の話を最後までしておこう。
どういう会社か具体的にはわからないのだが、カリフォルニアにあるエイプルズ・コーポレーション社の社長ロア・ハープ氏(女性)によれば、衛生面を気にかけて、アメリカ人女性の90パーセントは便座に尻をつけずに用を足しているという。そこで、同社では、女性が立ったままおしっこをしやすいように、漏斗(じょうご)を開発したのだという。
女性のための、立ち小便補助具? それがどういうものかまったくわからないが、この会社に対抗して発売したSani-femという会社の”Freshette”という商品は、ネットで確認できる。http://www.freshette.com/ なんと、アマゾンでも買えるのだ(日本のアマゾンではないが)。この漏斗は、衛生面を気にして便座に腰かけない人のためだけでなく、足や腰を痛めていて便座に腰かけにくい人のことも考えて開発されたらしい。車椅子を利用している人は、便座に座り直さなくても用が足せる道具でもあるらしい。
ここで紹介したのは、原著で半ページの「漏斗」という項目なのだが、日本語版と読み比べていて、気になる部分があった。
「彼女ら(アメリカ人女性)は、衛生の見地から、便座に登ってしゃがむよう教えられてきたのだ」と日本語版にはあるのだが、アメリカ人女性が「便座に登ってしゃがむ」訓練を受けているというのは、どうかなあ。そういう訓練を家庭か学校で受けているかどうかについてはわからないが、私がひっかかったのは「便座に登って」という部分だ。
普段しゃがむのに慣れているアジアでは、便座に登ってしゃがむ例はいくらでもあり、ちょっと昔の日本でも実例があるのだが、アメリカ人女性が便座に登ってしゃがむか?
原文は、”They have been taught to squat over it" なのだが、これを「便器をまたいでかがむ」姿勢と解釈できないだろうか。
書きたいことが、まだまだある。しかたがない。続きは、次回だ。