655話 きょうも散歩の日 2014 第13回

 それはそれは、長い長い1日でした 中編


 この雑語林、ここからはコラムではなく、2回分は旅日記風に、珍しく旅行情報を入れて書いてみよう。
 5時起床。荷物をまとめて、バスターミナルまで歩く。まだ夜は明けない。数日前にこのターミナルに着いたときは、荷物を持ったまま急坂を登って街まで歩いたのだが、今度は下り坂だから楽だ。地図では、坂がどれほど急かはわからないから、地図で位置や距離だけを読んで「歩ける」と判断したのだが、スキーのジャンプ台ほどの急坂だった。
 5時半、ターミナル着。誰もいない。カフェがやっていたら、コーヒーを飲もうと思っていたが、無駄な期待だった。6時にバス会社の人が来た。間もなく、どこが始発か知らないがセウタ行きのバスが来て、6時15分出発。ここから乗ったのは私ひとりだった。3時間で到着。といっても、このバスはスペイン領セウタには入れないから、国境近くの市場が終点だ。
 タクシーのたまり場の方へ歩いていくと、ドライバーが近寄ってきて「50でどうだ」と誘ってくる。その先で、私と同じバスでここに来た男が、バスの車内と同じように大声のスペイン語で叫んでいる。「frontera!!」と聞こえた。国境までの料金交渉らしい。私が近づくと、男は手招きして、「Ceuta?」。セウタに行くのかという意味だろうから、「シー」と返事した。交渉は、veinticincoで成立。25DHだというくらい私にもわかる。小銭がないので、財布から20DH札を出した瞬間、スペイン語男はその札を取り上げ、自分の5DHを足して、タクシーの運転手に支払った。私のおごりだと勝手に解釈したようだ。若者なら、しょうがないと思うが、この男、私と同年配だ。しかし、日本円にすれば、260円のことだ。まあ、いいとするか。それにしても、シャウエンからのバスが3時間で30DH。このタクシーは15分くらいで、25DH。こういうことは、よくあることではある。
 モロッコの出国ゲート近くには、出国カードを売りつけようとする輩が寄ってくるが、無視して進み、窓口に置いてあるカードを手に取り、記入して、パスポートと共に提出。なんの問題もなく、出国。それから緩衝地帯を延々歩いて、セウタの入国窓口。日本のパスポートを見せたら、イミグレーションの職員はニコニコして、「ジャパン、アリガト」と言い、素通り。もちろん、入国印などない。
 セウタ側に入ったら、路上の両替商がいて、持っているすべてのモロッコのカネを渡すと、電卓で計算し、すぐさまユーロに両替完了、と思ったら、「ちょっと待て」というジェスチャーをして、ポケットから20セントコインを出した。なんと律儀なことか。端数まで正確に両替だ。インド人に、この男の爪の垢を飲ませたい。
 両替をした場所のすぐ先に、バスが停まっている。80セントで、セウタの街へ。海が見える所が終点。目の前に「Puerto→」(港)という表示があり、私がそちらに進もうとしたら、例のスペイン語男が、「ノ、ノ」と言って逆方向を指さす。右は荷物用の港で、左に行くとフェリー乗り場があるということらしい。フェリー乗り場を教えてもらったことで、さきほどの借りは返してもらったことにしてやる。
 といっても、人を簡単に信用してはいけないから、左側に向かいつつ、途中で何度か確認して、このまま進めばフェリー乗り場があることがはっきりした。しばらく歩くと、船の看板を掲げた事務所があり、「アルヘシラス?」と言うと、「すぐ出ます。11時15分発」と早口でいう。あと15分しかない。すぐさま購入決定。しかし、36€と言われてうろたえた。高い。しかし、「安い便はあるのか」といった交渉をしていると乗り遅れるので、断腸の思いで支払う。これで、国境で交換したユーロがなくなった。モロッコで残したカネが船賃になったということだ。
 船が出るまでに数時間あれば、街を散歩して昼飯を食べて・・・と考えていたのだが、遊ぶ時間がまったくない。せっかくセウタ経由にしたのだが、ゆっくりと見物する時間はなくなった。遅い船便を見つけたとしても、アルヘシラス到着が遅くなると、きょうはそこで1泊になってしまうかもしれない。だからといって、セウタで1泊する気もなく、港まで歩いたので、ここがヨーロッパの風景だということはわかったということで良しとすることにした。
 乗船券を売った男の、「その大通りを歩き、次の次のガソリンスタンドを右に折れると、乗り場だから」という説明を受けて、小走りで乗り場に向かう。その説明で迷わずに乗り場に着けたが、彼は重要な説明を欠いていた。乗り場で親切にしてくれる人が現れてわかったのだが、私が手にしたのは乗船券ではなく、乗船券引換券だったので、窓口で引き換えないといけないのだが、長蛇の列だ。あと7分。手助けをしてくれる人は、初めはただの親切な人だと思ったが、どうやら乗り場の案内をするのが仕事らしいとわかってきた。その中年の男は、どうやら話ができないらしいが、それは私も同じこと、互いにジェスチャーを交えて、「ここで、並んで」で、数分。「いや、ここでは間に合いそうもないから、こっちに」と別の窓口に案内してくれて、滑り込みで乗船できることになった。男は、微笑みながら、指をこすり合わせて「カネ」のジェスチャーをした。私もいくばくかのチップを払ってもいいと思ったが、残念ながら財布には5セントと10セントのコイン2枚のほかは、20と50のユーロ札があるだけだとわかっている。先ほど、船のキップを買う時に、コインをほとんど使ったのだ。20€では多すぎるが、15セントのチップではバカにしているようで、それならば謝った方がいい。「ごめん。カネがないんです。ありがとう」とジェスチャーで伝え、彼も「そうか、それじゃしょうがない」とでもいうように微笑み、乗船口で別れた。
(次回に続く)