654話 きょうも散歩の日 2014 第12回

 それはそれは、長い長い1日でした 前編
 
 モロッコの山の街、青く塗られた町シャウエン。この地名がちょっとややこしい。ローマ字表記では、ChefshaouenとShaouenのふたつがあり、アラビア語でもこのふたつの名があるらしい。日本のマスコミでもカタカナ表記がまだ揺れていて、NHKの「世界ふれあい街歩き」(2013.12.17放送)では「シャフシャウエン」としている。「菅野美穂がゆく  色彩の王国モロッコ1500km紀行」(BSジャパン、2014.1.11放送)は、「シャウエン」としていた。ここでは短くシャウエンとしておく。シャウエンは、次の画像でわかるように、こういう街だ。小さな街だから、日本人が多いのがすぐにわかる。ある日のこと、日本人らしき旅行者を数えてみれば15人いて、話し声からそのうち10人が日本人だと確認できた。
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%A2%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%B3+%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%82%A8%E3%83%B3&biw=1745&bih=883&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=yRtnVOO4G6LbmAWC-YLYDw&sqi=2&ved=0CCkQsAQ
https://www.youtube.com/watch?v=tQfJjKGfYSs
 この街は、1960年代ならいかにもヒッピーが巣食っていそうな町だが、その時代にここにヒッピーがいたかどうかわからない。町の人に聞いたが、どうもはっきりしない。私と同年配の食堂オーナーとしばらく世間話をした。そのなかで、こんなことを言った。
 「ジミ・ヘンドリックスが来たよ。ジミー・ペイジも来た。それから、あれはえーと、名前が出てこない。あのバンドのメンバーで、あっ、ブライアン・ジョーンズも来た」
こういう人物は、シャウエンに来たというわけではなく、モロッコに来たということだろう。モロッコという国全体は、かつてヒッピーが多くやってきた場所でもある。ヨーロッパ人にとっては、手軽なインドであり、フランス人にとっては言葉に不自由しないインドといった意味合いを持っていたのがモロッコだった。いままで旅先で出会った旅行者たちから、モロッコは悪名高い存在だという話を何度も聞いた。スリ、かっぱらい、置き引き、しつこい客引き、詐欺の波状攻撃で、旅行者たちをうんざりさせたというのだが、ここ10年ほどの熱心な観光化政策のせいか、旧市街などのしつこい客引きやガイドはほぼ消えて、現在ではモロッコはもっとも旅しやすいアフリカになった。
 余談だが、日本の慣例で「ジミ・ヘンドリックス」、「ジミー・ペイジ」と書き分けているが、jimiもjimmyもjimieも、実際の発音はすべて「ジミ」だ
 もうひとつ余談だが、「さよならモロッコ」(1974)は、愛川欽也が作ったど〜しようもない映画だが、イギリス映画「グッバイ・モロッコ」(1998)の方も傑作とは言い難いが、1972年のモロッコを描いていて、ヒッピー時代末期の旅行者の様子がわかるが、シャウエンが舞台というわけではない。
 シャウエンにしばらく滞在した。山の中腹にできた街で、坂を登り降りするのが日常だ。しかも、モロッコのほかの旧市街の例にもれず、小道は迷路になっているから、道に迷うとかなり体力を消耗する。変化があるから、観光客には遊園地のようで楽しいが、この街で暮らす老人にはつらそうだ。石畳の坂道は、雨が降ればすべる。つまづきやすい。ころびやすい。いいことはない。私は、毎日坂を上がり、下がり、その辺をうろつき、工事現場で坂の街の土木作業を眺め、レンガの積み方を観察し、道路に覆いかぶさった木を切る作業を眺め、たっぷりと体を休めたら、坂ばかりの迷路に足を踏み入れていった。一日に何度かは、路上のカフェに腰を下ろし、すれ違う旅行者たちを眺めていた。不思議なことに、そういうことをやっていても、決して飽きるということはなかった。
 そのシャウエンから、どうやってスペインに戻ろうか考えた。モロッコからヨーロッパ大陸に渡る方法はいくつでもあり、バルセロナへ行くフェリーの航路もあるが、詳細は調べなかった。スペインを旅せずにバルセロナに戻るのはおもしろくないと思ったからだ。大多数が利用するのは、モロッコのタンジェから、スペインのアルヘシラスに渡るルートらしいのだが、誰でも使うルートはおもしろくないので、モロッコのスペイン領セウタからアルヘシラスに渡るルートを選んだ。情報は何もないから、坂下にあるバスターミナルに行ってみた。シャウエンのバスターミナルには、数社のバスが乗り入れているが、そのうちの1社がセウタ路線を運行していることがわかった。1日に4本ある。「出発時刻は、早ければ早い方がいい」というのが、私の旅の原則だから、早朝6時発の第1便のキップを前日に買っておいた。30DHは安い。
(以下、次回に続く)