1638話 おとなの事情 その1

 

 2018年春、マドリッドでスペイン映画を見た。前回の滞在でも通った近所の映画館に出かけ、シネコンプレックスで上映されている映画の中で、まずスペイン映画を探し、英語の字幕がついていることを確認し、上映時刻を調べて、受付カウンターに行き、私の調査が正しいかどうか確認する。映画のタイトルはすべてスペイン語だから、スペイン人らしき出演者の名前がある映画を手掛かりに探した。

 その年に出会ったのが、“Perfectos desconocidas” という映画で、私の語学力では「完璧な〇〇」だろうとわかるだけで、内容の想像さえつかないのだが、そんなことは覚悟の上だから、その映画を見た。映画の95パーセントくらいは、バルセロナの高級アパートのリビングダイニングだ。そこに3組の夫婦とひとりの独身男の計7人が集い、食事をする。いわば宴会の座興で、全員のスマホをテーブルに置き、誰でもメールを読めるようにし、通話はスピーカーフォンにする。「何も秘密がないなら、いいじゃない。誰にも言えない秘密があるの?」と問われて、ほかの6人がしぶしぶテーブルにスマホを置く。そこから、けっして他人には知られたくない秘密が次々と公開されてしまうサスペンスとコメディーが始まる。

 ひと幕ものの舞台劇のように、7人がしゃべっているだけだ。7人の境遇や関係は、会話が進むうちに次第に明らかになっていくから、初めはなにもわからずただ会話に集中して画面を眺めている。まったく説明なしで現れる謎の行動の意味も、だんだんわかってくる。こういう構成だから、英語の字幕を追っているだけの私にはつらいはずなのだが、おもしろかったのだ。細部の説明や会話の妙などわからないことは多いのだが、最後まで楽しく見た。英語の会話を聞いているよりも、英語の字幕を読んでいる方が私にはわかりやすい。

 帰国してから調べて、このアジア雑語林1134話にこの映画のことを書いた。

 さらに調べると、イタリア映画がオリジナルで、世界のかなりの国でリメイクされて、興行的にも当たっているらしい。

 そのうち時がたち、現在までにWOWOWで放送されたのが、「おとなの事情」(イタリア版)、「完璧な他人」(韓国版)、「おとなの事情 スマホをのぞいたら」(日本版)で、計4本を見たことになる。男女7人が食事をして、みんなにスマホをオープンにしたことでさまざまな秘密が明らかになるというコメディー的設定はどの国の映画も共通しているのだが、多少の違いがある。7人が古くからの友達という設定では満足できなかったのが岡田惠和の脚本による日本版だ。洪水でビルに避難して九死に一生を得て助かった7人が、生きていることに感謝して毎年食事会をするという設定にしているが、不要な説明だ。私には、日本版は全体的に説明過多と感じる。

 この映画には、唐突な行動や会話が出てきて、それが時間の経過とともに説明されていくという構成になっているから、神経を集中していないとワケがわからなくなる。なぞの行動のひとつが、食事会に出かける直前の夫婦の行動で、夫がトイレでスマホをいじっているのは浮気相手とのやり取りだろうなと想像はつく。妻は「あっ、スマホを忘れた」と言って寝室に入り、とつぜんワンピースに手を入れてパンツを脱ぎ、そのパンツをタンスにしまうという意味不明の行動だ。

 スマホをオープンにした食事会で、この行為の謎が解ける。その妻は、マッチングアプリのようなもので、知らぬ男と会話だけのセックスを楽しんでいて、男に「パンツを脱いでいろ!」と言われ、その羞恥心を楽しんでいるという秘密が暴かれる。日本版を制作するという話を聞いたとき、その妻の役は誰がやるのか気になったのだが、常盤貴子だと知って、さて、どう演じるか?

 長くなりそうなので、次回に続く。