360話 校正・校閲、あるいは編集者の仕事  7

 こういう連載記事を書いているので、旧知の編集者に、校正・校閲の実情を取材した。いろいろ教えてくれたが、話をまとめれば、校正・校閲は編集者と校正者の腕と熱意と時間次第ということだ。
 具体的な例をあげれば、雑誌に連載されている漫画の場合、ネーム(セリフ)は締め切りぎりぎりまで確定しないので、校正を外注する時間がなく、編集者の判断に任されるそうだ。
 雑誌の場合、重要だが手間がかかるのは、店や企業などを紹介した場合の、店名・住所・電話番号・営業時間・休日といったこまごました情報の校正で、こうした情報を間違えると、その店に迷惑がかかるだけではなく、電話番号を間違えられた側にも迷惑がかかるので、慎重にていねいにやらないといけない。ライターや編集者が手分けして、いちいち電話をかけて、情報の再確認をしていた時代が、私の記憶にもある。いまではホームページのある店が多くなったので、校正は昔と比べてかなり楽になっただろう。
 外国の旅行ガイドブックの場合、文章の校正はとくに変わった部分はないだろうが、ホテルなどの連絡先の校正は、どうするのだろう。このあたりは地図の校正の話を含めて、旅行人編集長が専門家なので、「編集長のーと」で詳しい解説をお願いします。
 ガイドブックではないのだが、ある街の話を書いていて、ある施設が目標物となる銀行の手前だったか先だったかの記憶があいまいで、あいまいなままの原稿にしたくなくて、各社のガイドブックの地図を見て、正解を探したことがあった。こういう作業は、いまならグーグル・マップで簡単に調べられる。それが無条件で「ありがたい事」かというと、そうともいえないような気がする。書き手がデジタル機器を駆使して、より細かい情報を集めて原稿を書くようになれば、針の先で作った情報の穴や山を、編集者も校正者も同じようにほじくって原稿の点検をしなければいけなくなるからだ。
 パソコンの変換ミスのように、昔はほとんどなかったミスが、いまではごく普通にあるように、時代とともにミスも変わってきている。かつてはあったが、いまではほとんど消えたミスが「裏焼き」だろう。昔は、プロの写真はリバーサルフィルム(スライド写真)を使っていたので、印刷されるときに、表裏が逆になることがあった。これを「裏焼き」とか「逆版」などという。デザイナーが注意してスライドの裏表を確認すれば、私でもわかるくらいに簡単に判別できるのだが、短時間で大量の写真を扱い、疲労困憊していると、ときどき表裏逆にデザインしてしまうことがある。そのミスを防ぐのが書き手と編集者の校正だ。
 私にも2枚の写真の記憶がある。1枚は食事風景の写真だ。ゲラを見て、「あっ、裏焼きだ」と思ったのは、男が左手に箸を持っていたからだ。しかし、その写真を撮影したときのことを思い出すと、その男はもともと左利きだったような気がしてきて、ストックしてある写真のなかから、その男が映っているシーンの他の写真を探すと、どれも左手に箸を持っている。だから、ゲラの写真は正しいのだが、「裏焼きに注意!」という訓練ができていると、左手に箸を持っている写真はどうも気になる。
 記憶に残るもう一枚の写真は、ゲラで裏焼きを見つけた例だ。バンコクの通りを走るバスの写真で、バスが右から左に走ろうが、左から右に走ろうがどちらでもいい写真だ。だから、たいして気にもかけずに素通りする写真だったのだが、バスの後ろに見える看板のタイ文字が逆なのだ。裏焼きに気がつき、すぐに直した。
 タイ文字と言えば、ミュージカル「ミス・サイゴン」は、バンコクのパッポンのシーンが出てくるらしい。ミュージカルが好きではないから私は見ていないのだが、日本での初演を見た知り合いのタイ人が、「パッポンの看板のタイ文字が、上下さかさまでした」と教えてくれた。たしか、プログラムに載っていた写真にも、その看板が映っていたと記憶している。写真そのものは裏焼きではなかったのに、看板の文字に問題があったという例だ。
 雑誌やTシャツでもあることだが、デザイナーが文字をたんなる飾りだと考えて、適当に外国語を使うと、とんでもないミスをしでかすことになる。