646話 きょうも散歩の日 2014 第4回

 またしても、バッグ壊れる


 リュクを背負って旅をしたのは、1980年代初めのアフリカ旅行が最後だった。その後、バンコク暮らしをしているときに、原稿用紙や資料の持ち運びに便利なので、ほんの一時期、トランクを使ったことがあるが、基本的にはずっとショルダーバッグを使ってきた。リュックを使わなくなった理由はいくつもある。寝袋をリュックに縛り付けて移動するような旅はもうしないと決め、街歩き中心の旅にしようと考えたからだ。リュックは小さなバスではじゃまで、コインロッカーに入らないことがある。暑い国だと、背中が汗で濡れて、臭くなる。そして、リュックを背負って旅する姿が、「いかにも」という感じがして嫌だったからでもある。私は、自分をバックパッカーだと思ったことがない。
 キャリーバッグ(キャスター付きスーツケース)は、悪路の宿探しには向いていない。市場や路地裏を歩いて宿を探すには向いていない。近距離バスの移動には不便(路線バスに乗せるのは苦労だ)。カラカラうるさい。他の歩行者に迷惑がかかるといった理由で使わない。ツアー参加者や1か所に定住する旅なら、あるいはクレジットカードとカメラを含めた多くのデジタル機器を持ち、そこそこ以上のホテルに泊まりタクシーで移動するような人、とりわけ出張のように他人のカネで旅行する人にはいいかもしれないが、私のような旅をする者には向いていない。
 そういう訳で、ずっとショルダーバッグを使っているのだが、困ったことに、バッグがよく壊れるのだ。その原因は、「粗悪品を買ってしまうから」ということもあるが、おもな理由は本やCDやDVDを大量に買ってしまい重くなるからだ。ジッパーが閉まらなくなって、バンコクで3度新しいバッグを買った。昨年は台湾を出る日の朝、ショルダーのベルトの留め具が壊れて、手で持って運んだ。プラスチックの留め具がやはり弱いのだと思い、今回は金属製の留め具を使ったバッグを買ったのだが、バルセロナに着いた日に異変に気がついた。その金具の部分が広がり、角度によってはベルトが外れてしまうのだ。クサリの切れ目が広がってしまうようなものだといえば、わかりやすいか。
 バルセロナに1泊し、翌日モロッコマラケシュに着いたら、空港でバッグの留め金が外れた。またはめれば使えるのだが、きちんと修理しておかないとこの先めんどうなことになりそうだ。Oであるべき金属がUのように広がってしまったので、Uの上両側をたたいて閉めて、ふたたびOにようと思ったのだが、カナヅチなど持っていない。
 宿の前にパンク修理業者が店を出していて、そこならカナヅチがあるはずと、バッグを持ち込んだ。ジェスチャーで「ここをたたいて」と示して、カナヅチで金属の留め具をたたいてもらったら、カキーン。割れた。金属が曲がらずに、ガラスのように割れてしまった。質の悪い金属だ。あっ、あー。もう修理不可能だ。もう片方の留め具の寿命も短いだろう。ということは、ショルダーベルトを縫い付けてもらわない限り、このバッグは使えない。片手で運ぶには重すぎる。
 バッグが壊れる原因は、本やCDやDVDなど重いものを買うからなのだが、今回は旅を始めたばかりだから、まだ軽い。6キロほどしかない。だから、不覚にも粗悪品を買ってしまったということだ。布が丈夫なので気に入ったのであり、けっして安いものを買ったわけではないのだが、まあ、私が悪いのだ。
 さて、対策はふたつある。マラケシュの市場で売っているNIKEadidasと書いてあるおそらくは中国製のコピー商品を買うか、それともモロッコ製のショルダーバッグを買うかのどちらかだ。確実に言えることは、どちらの国で作った商品であれ、粗悪品だろう。どうせ粗悪品を買うなら、モロッコ製の方がおもしろい。そこで、マラケシュでの仕事ができた。ショルダーバッグ探しだ。50(縦)×30(横)×30(高さ)cmくらいの大きさの旅行バッグにする。それ以上大きいほうがいろいろ入って便利なのだが、そうなると持ち歩くのに不便になり、壊れやすくもなる。歩く旅をするならば、バッグは、「これくらいの大きさ」と思うサイズよりもちょっと小さめの物を選ぶのがいい。バッグを小さくすれば、荷物も少なくなる。
 モロッコのバッグには、すべて牛か羊の革製か、絨毯地に革で補強したものの2種類あって、粗悪品だとわかっているので、高価な全革製はやめて安い絨毯地を使ったものに決めた。それがどういうバッグか知りたいだろうが、このブログは写真を載せられない。インターネットを調べれば通販商品で見つかるが、それをここで引用すると、その商品が粗悪品だといっているようなので、営業妨害にならないように引用はしない。自分で調べてください。
 10店ほど巡って、大体の値段がわかった。言い値は950DH(モロッコ・ディラハム。1DHは約13円、つまり10DHが1€ほどになる)。日本円にして、1万2300円だが、もちろん、そんな言い値など信用しない。店主が言い値を言うと、電卓を取り出して”How much is your price ? ” と聞いてくるのがインド以西の価格交渉の定石なのだが、相場がわかるまで自分の言い値は口にしない。相手が何と言おうが、私は” How much is your last price ? “ を繰り返す。「あんた、最低いくらなら、本当に売る気があるのか?」と言いつづければ、どんどん価格が下がる。こういう技術はすでに習得しているから、何軒もの店を巡った結果、相場が300から400DHだとわかった。価格に幅があるのは、使っている金具などに違いがあるからでもある。
 最終的に、350DHで買った。4500円ほどだ(日本で買うと数万円するようだが、同じ品質じゃないだろう。私が日本の商人なら、こんな品質のバッグは怖くてとても売れない)。高いが、まあ、しかたがない。店主は「ハンドメイドだ」と自慢したが、へたな職人のハンドメイドじゃ、しょうがないだろ。ミシンをまっすぐ縫えない職人のバッグも堂々と売り物になっているのだから、手縫いがいいとは限らない。本当は、オーダーメイドでしっかりしたバッグを作ってもらうのがいいのだが、牛革製のしっかりしたバッグは、どうしても重くなる。
 買って数日後、ジッパーを閉めたら、バッグは開腹手術中のように開いてしまった。粗悪なジッパーの噛み合わせが悪いのだ。うまくだましながらゆっくり閉めなおしたら、なんとか直り、それ以後、荷物をあまり入れないことにした。重くなれば、どこかが壊れるはずだ。
 余計な話・・・「マラケシュ」という地名を初めて聞いたのは、C S&Nの「マラケシュ・エクスプレス」(1969年)だったかもしれないし、それ以前にヒッピー文化のなかで耳にしたのかもしれない。1973年にカルセール麻紀はモロッコで性転換手術を受けたのだが、その場所はマラケシュだったというジョークが一部ではやった(わかりますね?)。外国のことなどまったく興味がない日本人が「モロッコ」という国名を耳にしたのは、映画「カサブランカ」以外ではこの時の手術報道によるものだろう。今調べてみたら、手術をしたのは、本当にマラケシュらしいというから、できすぎた話。
 後日談・・・帰国後のこの晩秋は、バッグのジッパー取り替え作業に挑戦した。モロッコのバッグについていた不良品のジッパーは、ユザワヤで買った金属製ジッパーと取り替えた。バッグのジッパー取り替えを素人がやるのは難しいのだが、「見てくれは気にしない」と決めて、作業開始。のべ6時間ほどで完了。実用上の問題はなくなったと思うが、外見的にはやはり醜い。