645話 きょうも散歩の日 2014 第3回

 バルセロナの新京極


 正確に言えば、バルセロナに来たのは2度目である。1975年に2時間ほどいたことがある。フランコ政権の最末期である。マドリッドからパリへの夜行バスに乗ったら、バルセロナで乗換えの手続きと休憩があって、2時間ほど過ごした。深夜のことで、バスターミナルから出ていないと思う。この乗り換えで唯一覚えているのは、私の乗換えの手続きをしていた若者とちょっと話をしたことだけだ。
 「もしかして、日本人?」
 「そうだよ」
 「わあ、そうか、日本人か。オレね、去年、東京で暮らしてたんだ、半年。池袋。知ってる?」
 「ああ、知ってるよ、もちろん。生まれた場所だもの」
 「そうか、池袋か!」
 乗換えの手続きをしながら、ほんの10秒ほどの間にそんな会話をしたことを、今でも覚えている。
 そして、2014年。実質的には初めてといっていいバルセロナに着いた。翌日はモロッコに発つ。とりあえずたった1日の滞在だから、交通の便がいい場所に宿をとった。便利で、しかも安宿が多い場所が、バルセロナでもっとも有名な大通りであるランブラス通り周辺だ。チェックインのときに、部屋のカギとともに、エアコンのリモコンを渡された。10月のバルセロナはまだ夏だった。
 ロンリープラネットだったかの記事で、バルセロナの美しい場所10選のなかで、堂々の第1位がこのランブラス通りだというので、多少なりとも期待をしていた。リスボンのリベルダーデ通りのような美しく優雅な大通りだろうと想像した。
 バルセロナに着き、空港からのバスはカタルーニャ広場が終点だ。そこから歩いて行けるから、安宿は便利な場所にある。旅の荷物を持って歩いてみれば、ランブラス通りは屋根のない新京極(京都)だとわかった。ランブラスは、カタルーニャ広場から南下して、港に建つコロンブスの塔までの1キロ半ほどの通りで、道路の両側に歩道と、それぞれ1車線の車道が走り、中央に広い歩道がある。アジアの過密地帯では、交通渋滞製造所のようなこういう道路は存在しえない。アジア的な感覚で言えば、バルセロナに渋滞はない。
人がいなければ美しい場所かもしれないが、これ以上安物っぽい土産物はないというような安物を売る店がいくつもある。決して、うまくも安くもなさそうなレストランが、観光客相手に歩道で営業している。優雅さはない。わさわさと観光客が行きかい、その旅行者が押したり引いたりするキャリーケースの車輪の音が、タイルの溝に当たりゴロゴロとうるさい。ここにスペイン人はほとんどいない。客引きも、多くはスペイン人ではないだろう。
 モロッコから戻ったときも、この場所でいい宿が見つかったせいで、不本意ながらランブラスで過ごすことになった。ランブラス大通りからレイアール広場に入る細い道に、警察のワンボックスカーが2台停車していて、警官が十数人立っている。隣りの小路にも警官が数人立っている。凶悪事件でも発生したのかと思ったが、緊張感はあまりないので、単なる警備らしい。昼でもそういう警備が必要なほどの、犯罪多発地帯だということらしい。観光客が多い場所は、観光客を狙った犯罪が多いということだ。もう少し下ったラバル地区は昼も夜も危ない場所らしい。ランブラスは、写真でみるような優雅な通りではないし、能天気な土産物通りでもない。
 11月のある日、バルセロナを出るバスに乗るために朝の5時にランブラス通りの地下鉄駅に向かうと、寒い朝だというのに、ショートパンツにタンクトップのお姉さんや女装のお兄さん(ともに褐色の肌)が、まだ客待ちをしていた。売れ残りか、2回戦の商売に挑んでいるのかわからない。ランブラスの印象が私のバルセロナの印象であり、だから、いつまでたってもバルセロナがすばらしい街に見えてこなかった。ランブラス通りに宿を決めたのが敗因かもしれない。バンコクで、カオサン地区に泊まっているようなものだから。
 ランブラス通り
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%B9%E9%80%9A%E3%82%8A&biw=1152&bih=919&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=3p5lVPnKDqXdmAXj7YGYBg&sqi=2&ved=0CC0QsAQ
 新京極
https://www.google.co.jp/search?q=%E6%96%B0%E4%BA%AC%E6%A5%B5&biw=1152&bih=919&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=AZllVL_qMOfGmAXSo4GIBQ&sqi=2&ved=0CAcQ_AUoAg