647話 きょうも散歩の日 2014 第5回

 タオルを探して

 やってしまった。また、タオルをホテルに忘れてしまったのだ。「タオルはホテルに常備されているもの」という旅行をしている人にはわからないだろうが、タオルは自分で用意するものというのが常識という安宿が、世界にはいくらでもある。そして、そういう安宿で、いままで何度もタオルを置き忘れて、旅先でタオルを買ったことがある。まだ村という感じだったカンボジアのシエムリアップでもタオルを探した。夕暮れの古ぼけた市場で買ったのを覚えている。タイのチェンマイでもタオルを探した。街を歩いていて、ふとひらめいた。もしかしてコンビニにあるかもしれないと思って探したら、あった。安くはなかった。
 バルセロナの安宿にはタオルはあったが、私が置き忘れたのはボディータオル、ポリエステルの垢すりタオルで、100円ショップでいくらでも売っているタオルだ。背中をごしごしこするにはこの手のタオルが絶好で、いつも旅にも持っていく。バルセロナの夜にも使い、タオル掛けにかけた。カサブランカに着いて、シャワーを浴びようとして、タオルを置き忘れたことに気がついたのだ。何度もタオルを置き忘れているから、バルセロナでも気にはなっていたのだが、まだ濡れているタオルをバッグに入れることもできず、「明日の朝に、バッグに入れよう」と思っていて、ついつい忘れたのだ。
 マラケシュで同じタオルが見つかるとは思わないが、代わりになるようなタオルを探してみようと思った。普通のタオルは持っているから、ぜひとも欲しいというわけではなく、「タオル探しをする」という仮の目的を作って、散歩遊びをしようというのである。私には「無心の散歩」というものができない。なにか、仮の目的地や仮の目的が必要なのだ。
 タオルのような日用品は、外国人観光客を相手にする市場ではほとんど扱っていない。だから、観光客密集地帯のスーク(市場)を離れて、住宅地に行った方がいいだろうと歩き出したのだが、思いもよらぬ妨害が入った。路上で、モロッコ人が私に声をかけてくるのだ。
 「ダメダメ。そっちには、何もないよ!」
 「こっちじゃないよ。スーク(市場)はあっち」
 「違う、ちがう。戻ったほうがいい」
 外国人や異教徒の立ち入り禁止地域でもあるのかと思ったのだが、そういうことではないらしい。メディナ(旧市街)も、そのなかにあるスークも迷路になっているからよそ者は迷子になりやすい。マラケシュの民は、日常的に迷子になっている観光客を多く見ているから、スークの外に出ようとする外国人は、「迷子になっている」と認識し、助けてあげようという親切心が沸き起こってくるようだ。しかし、私はスークの外に出ようとしていて、しかもあえて迷子になるような散歩をしようとしているのだから、その親切心はややうっとうしい。
 予想したように、もちろんボディータオルはない。垢すりに使えそうな布を探していたら、気になる布を店頭で見つけた。医者が手術の時に使うマスクの、布の部分を横に長くしたようなものがあった。布はサメ肌のようにざらざらしているので、垢すりに違いないとは思ったが、確認したくなった。
 「これ、何?」と聞いたら、若い店員は、両手を背中に回すジェスチャーをして、腕を動かしながら「シャワー」といった。やはり、垢すりだ。そういえば、手袋型の垢すりも見た。手袋型の垢すり布は、いわば営業用だろうか。自分で使うと背中の垢すりができない。マスク型のものは、両手に持って背中をこすることができる。布を折れば、体の前面をこすることができる。布のざらざら加減が私の柔肌には合いそうもないので、買う気はない。
 袋に手を入れて垢すりに使う手袋型は、イスタンブールのハマーム(蒸し風呂)で見ている。韓国映画でも見ている。香港にも上海風呂というのがあって、垢すりもあるのだが、ただの布を使っていたと思う。マラケシュにもハマームがあるから、この垢すり手袋は中東あたりを起源とするのだろうと想像できる。だからイスラム圏のモロッコにあるのは不思議ではないが、どういういきさつがあって、遠く離れた韓国にもあるのだろうか。モロッコと韓国に同じ形の垢すり手袋があるのだが、その間にはどういう歴史の流れがあって伝わったのだろうか。
 今、ネットで調べると、アマゾンで手袋型の「垢すりミトン」を売っているのを見つけた。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%A8-No-6621-KO-%E9%9F%93%E5%9B%BD%E5%BC%8F-%E3%81%82%E3%81%8B%E3%81%99%E3%82%8A%E3%83%9F%E3%83%88%E3%83%B3/dp/B009A3FQNY/ref=pd_sim_home_2?ie=UTF8&refRID=1H783SW7PQRJJ6PJJ0NC
 これはあまり驚かなかったが、今まで「長いマスク型」などといって説明してきた商品が、アマゾンで売っているのを見つけた。「両面背中垢すりタオル」である。
http://www.amazon.co.jp/hanbibi-11242-%E4%B8%A1%E9%9D%A2%E8%83%8C%E4%B8%AD%E5%9E%A2%E3%81%99%E3%82%8A%E3%82%BF%E3%82%AA%E3%83%AB-%E3%80%81%E3%80%81%E8%AA%B0%E3%81%8B%E8%83%8C%E4%B8%AD%E3%81%AE%E5%9E%A2%E3%82%92%E6%93%A6%E3%81%A3%E3%81%A6%E6%AC%B2%E3%81%97%E3%81%84%E6%99%82%EF%BC%81%EF%BC%81/dp/B00KF2HDKS/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1417844941&sr=8-1&keywords=%E4%B8%A1%E9%9D%A2%E8%83%8C%E4%B8%AD%E5%9E%A2%E3%81%99%E3%82%8A%E3%82%BF%E3%82%AA%E3%83%AB
 手袋型のものは「韓国垢すり」と表示してあることが多いので、韓国製かもしれない。マスク型の方も韓国製か、それとも両方中国製なのかわからないが、垢すりの文化史というのも調べたくなった。世界にはトイレの本は多くあるのだが、入浴関連書はこの日本でさえも少ない。どなたかが、新書で『垢すりの世界文化史』を、ぜひとも書いていただきたい。
 入浴に際して、「浴室に他人がいる」、「垢すりをする」、「入浴に体を洗う以外の目的を持つ」といった文化がある地域だけに成立するのが手袋型垢すりの存在なのだ、というようなことを考えながらマラケシュを散歩した。結局、目の荒そうな布を買ってみたが、役に立たなかった。ついでに買った小さな石けん箱と石鹸はいい買い物だった。石けんというのは難しいもので、私は異臭に弱いタチなので、間違って臭気付き石けん(バーブとか何かの異臭をつけたもの)を買ってしまうと、捨てるのはもったいないし、使いたくもないという苦しみを体験することになるのである。