682話 きょうも散歩の日 2014 第40回

 雑話いろいろ その3


■「あれ?」と思う構成の本を見つけた。『ヨーロッパ・カルチャーガイド 6 スペイン』(ECG編集室編、トラベルジャーナル)だ。この本は、1997年の発売にもかかわらず、従来の「アンダルシア&マドリード」という構成で、カタルーニャもガウディーもバルセロナも無視して、「スペインの本」としている。それが執筆者と編集者の意向や趣味なのか、あるいは「反カタルーニャ思想」によるものなのかは不明だ。なぜか『別冊宝島 WT スペイン』(宝島社、1996)も、同じように基本的に「アンダルシアとマドリード」という構成で、カタルーニャは登場しない。前回書いたように、「スペインといえばアンダルシア」というイメージは、フランコ時代に始まったスペイン観光化政策の売り出しイメージである。「ヨーロッパのなかの異境」、「ほかとは違うヨーロッパ」のイメージがアンダルシアであり、フラメンコだった。この2冊とも、まだ1960年代のスペイン像を保持していた。
■「地球の歩き方」の取材などをしているライターの前原利行さんは、ガウディーの初体験はサントリーローヤルのテレビCM「ガウディー編」(いまもユーチューブで見ることができる)だという。
 https://www.youtube.com/watch?v=aWo1aNdn6fQ
 『バルセロナ』(岡部明子、中公新書)でも、1963年生まれの著者が同じことを書いている。このCMは1984年の放送だというが、私は見た記憶がない。この時代、旅の生活をしていて、ほとんどテレビを見ていないからだろう。1992年の夏季オリンピックバルセロナで開催と決定されたのは86年だから、このCMはオリンピックとは関係がないことがわかる。日本語の出版物を調べると、1992年のバルセロナ・オリンピック以前に出版されたガウディー関連書は、多くは建築専門書店から出版されたもので、建築や美術分野以外の人でもガウディーの名とその作品を知るのは、その当時にサントリーのこのCMを見た人たちだろう。つまり、バルセロナとガウディーは、上の項で紹介した2冊のスペイン本でもわかるように、1990年代後半でも、日本ではまだメジャーな存在ではなかったのだ。
サントリーのCMでバルセロナが日本のテレビに登場した1984年に、『カタルーニア讃歌』(堀田善衛・文、田沼武能・写真、新潮社)が発売された。雑誌「芸術新潮」の連載をまとめたもので、定価3500円の大型本だ。1980年代初めに、バルセロナに注目する出来事、あるいは要因がなにかあったのだろうか。それはそうと、この本でガウディー設計のグエル邸の内部を見た堀田の友人が、「大正時代の女郎屋の如きものですな」と評している。私は当然、写真でしか知らない「女郎屋の中」だが、異界を描くという点で、確かに似ていなくもない。参考までに、コレ。
https://www.youtube.com/watch?v=7msxnDDhrx4
■たまたま古本屋で見つけた「るるぶ情報版 スペイン ‘10〜’11」(JTBパブリシング)を見ると、最初に紹介される都市は首都マドリードではなく、なんとバルセロナだ。ページ数にも違いがあり、マドリードは19ページ、バルセロナは建築ページも含めて26ページだ。手元に資料がないので、バルセロナが観光地の首位になったのが何年からなのかわからないが、「バルセロナ出世物語」を見るような気がする。
■ちなみに、蔵前仁一さんのバルセロナ旅行の話を収載しているのが、『旅人たちのピーコート』で、講談社から単行本として1998年に出版され、文庫になったのは2001年だ。カバーイラストは、1998年の単行本では冬の通りだが、2001年の文庫ではサグラダ・ファミリアも登場する構図となった。
http://bookmeter.com/b/4062077906
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%85%E4%BA%BA%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%88-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%94%B5%E5%89%8D-%E4%BB%81%E4%B8%80/dp/4062733269
■1992年のスペインは、セビジャセビリア)では万国博覧会が開催されていた。「コロンブスアメリカを発見してから500年」を記念する年だったが、「発見」という表現が問題になり、「到達」と言い換えたような記憶があるが、この万博によってセビジャとスペインに注目が集まったという認識はない。スペイン関連書の出版物が一気に増えたきっかけは、やはりバルセロナ・オリンピックだろう。
■「一九九二年のスペインは、オリンピックに万博に新大陸発見五百年祭とやらでたいそうさわがしかった。景気も大変よかった。でも、今は宴のあと、不景気、失業、麻薬・・・・。もう一度ああいうにぎわいを見るには、またあと五百年待たねばいけないわけだ」(『スペイン七千夜一夜堀越千秋集英社文庫、2005)。日本のスペイン関係者もその時期は「景気も大変よかった」ようで、逢坂剛のエッセイ集『さまざまな旅』(講談社文庫、1997)に集められているスペイン関連のエッセイの初出は、1992年前後の発表だ。ある意味、「スペイン業界」のバブルでもあったことがうかがえる。
■『毎日がバルセロナ』(やなぎもと なお、東京創元社、1995)は、バルセロナで1990~年から1年間過ごした著者のイラスト滞在記だ。イラストとカラー写真満載の観光&買い物ガイドではないのが私好みだ。古い本だから、24年前のバルセロナが紹介されていて、なかなかに興味深い。当時は、地下鉄の路線がまだ4本しかなかったとわかる。現在は11路線。もちろんトラムはまだない。著者がもっとも多くのページを割いて紹介しているのが、サン・アントニ市場。ステンドグラスのある巨大な市場のようで、場内には656軒の店があるという。その市場に行かなかったことを後悔しつつ、なぜその市場のことが耳に入らなかったのか調べてみると、目下改装中らしいとわかった。だから情報が入ってこなかったのだ。いずれ観光客がどっと押し寄せる「食のアミューズメントパーク」になるのだろうが、ボルン市場を改装したボルン・カルチャーセンターのようだとつまらないのだが、さてどうなるか。