1988年のソウル・オリンピックと出版物について考えてみた。
国会図書館の蔵書目録のなかから、「韓国 1985〜1988」で検索すると、見慣れた本が次々に登場する。便乗本として企画された本もあるだろうし、著者の意図はどうであれ、出版社が「ふだんなら出せないが、この時期ならば」と出版を決めたのか、あるいはこの時期に出たのは単なる偶然なのかもしれないが、こういう本が出たという例を少し紹介してみよう。
『ようこそ韓国へ』(韓国観光公社、87)/『インサイド韓国』(読売新聞、87)/『韓国の素顔』(朝日新聞、86)/『韓国の食』(黄慧性, 石毛直道、88)/『スーパーガイドアジア 韓国』(JICC、86)/『韓国ダウンタウン物語』(川村亜子、88)/『韓国読本』(日本ペンクラブ編、88)/『韓国を乗る韓国を食べる』(辻真先、87)
きりがないのでこれくらいにするが、私が読んだことがある本だけでも、軽く50冊は超える。この時代に何冊かの韓国本を書き、雑誌に韓国関連の原稿を数多く書いていた関川夏央さんは、ソウル・オリンピックが終わってすぐだったと思うが、筑摩書房のPR誌「ちくま」に韓国本に関する次のような内容のエッセイを書いている。
世間では韓国ブームだと言っているが、出版界に韓国ブームなどあったのだろか。売れに売れた韓国本など、1冊もない。
世間でも話題となるベストセラーの韓国本はなかっただろうが、出版点数が多かったというのは確かだ。出版点数が多いから、特筆して「売れた」といえる本がないのか、それとも、日本人はやはり韓国にはそれほど興味がないということか、理由はわからないが、雑多なことが好きな私には、出版点数が多いというのはありがたかった。
ソウルの次の92年バルセロナ・オリンピック便乗本は数多く出版されたのだが、それに関してはこの雑語林の681話に少し書いた。その部分を再録しておこう。
■サグラダ・ファミリアと観光の歴史を調べていたら、おもしろくなりそうな予感がしてきた。[文藝春秋七十周年記念出版]と銘打った「世界の都市の物語」全12巻が出版されたのは1992年のことで、その第3巻は『バルセローナ』である。その当時の日本人の常識で言えば、これは意外な選択だった。選択した12都市のなかで、首都でないのはイスタンブールとバルセロナだけだ。スペインの首都マドリードを抑えてバルセロナが選ばれたのは、92年開催のバルセロナ・オリンピックと深い関係があるのは明らかだ。カバーの絵は、安野光雅が描くサグラダ・ファミリアだが、この『バルセローナ』を読むと、サグラダ・ファミリアの記述は、ガウディーの手による建築物のひとつとして触れているに過ぎない。現在はスペインでもっとも有名な建造物も、1990年代初めは、その程度の重要度だと考えられていたことがわかる。この「世界の都市の物語」のシリーズは、第2期の出版もあった。『香港』や『フィレンツェ』などと並んで、首都でも世界的な観光地でもない『アトランタ』(1996)が入っている。1992年のバルセロナ・オリンピックの次は、96年のアトランタだったからだという、まことにわかりやすい出版だ。
バルセロナのあと、アトランタ(96)、シドニー(2000)、アテネ(04)、北京(08)、ロンドン(12)、リオ・デジャネイロ(16)と続くのだが、私の記憶では便乗出版はほとんどなかったような気がする。