686話 きょうも散歩の日 2014 第44回

 雑話いろいろ その7


■スペインの唯一にして巨大なデパートチェーンが、コルテ・イングレス(El Corte Inglès)だ。以前は、ガレリアス・プレシと言うデパートもあったが、経営危機に陥り、1995年にコルテ・イングレスが買収した。コルテ・イングレスを英語に直訳すれば「English Cut」
で、意訳すれば「仕立ての英国屋」という意味の洋服屋が前身のデパートである。マドリード店にも行ったことがあるのだが、ここではバルセロナカタルーニャ広場前の支店に行ったときの話をする。店内をざっと点検して、「この先の散歩を考えれば、ここでトイレに行っておいたほうがいいだろう」と思って、店内の壁沿いを歩いてトイレを探したのだが見つからない。以前から、スペインの施設では、バスターミナルを除けば、トイレが探しにくいことはわかっている。わざとやっているのではないかと思えるほど、表示が少なく、探しにくい。
 まだトイレに行かなければいけない状況ではなかったが、この機会にトイレを探し出してやろうと思った。デパートにトイレがないなら、それはそれでコラムのネタになる。各階を歩いてみたが、見つからない。調査を続けようか、それとも諦めようかと考えたが、とりあえず店員に聞いてみよう。
 「トイレはどこですか?」
 「ここの2階上か、2階下にあります」
 ここは5階だから、3階か7階にあるということか。どうやら、このデパートのトイレは2か所しかないらしい。3階に降りたが、天井にトイレの表示板はない。壁沿いをていねいに歩いて、やっと小さな小さな表示を見つけた。できるだけ見つからないように工夫した表示のように思える。トイレだけを目的に来る人を排除するために、わざと見つけにくいようにしているのだと断定したい。サンタ・カタリーナ市場もトイレの探しにくいところで、それは表示がないからだが、やっと探し出したら有料だった。有料にするなら、もっと目立つ表示にすればいいのにと思った。デパートだって有料にして、使いやすくすればいい。スペインには有料のトイレはそれほど多くないと思う。
■トイレの話をもっとしたくなった。まずは、トイレットペーパーの話。スペインも、世界の多くの国々と同じように、使用済みのトイレットペーパーは便器に捨ててはいけないシステムになっている。便器のそばに置いてあるカゴに入れるのだ。例外は、近代的なビルだけのようで、だから私が停まるような安宿はすべて「トイレにカゴ」の文化に入るトイレだった。ということは、ホテルのその部屋を利用した客が捨てたトイレットペーパーを、第三者に見られるということの羞恥心がない文化ということになるのだが、世界的にみれば、この「トイレにカゴ」文化は韓国からポルトガルまで、そして中南米へと広がっていて、けっしてマイナーな文化ではない。考えてみれば、「トイレにカゴ」のシステムは、アングロサクソン諸国と日本以外の国の習慣なんですね。東アジアでも、韓国、台湾、中国(北朝鮮事情は知らない)も、「トイレにカゴ」文化圏だ。
 ちなみに「使用済みトイレットペーパーはくずかごに」と言う話の台湾の例は、この雑語林の564話でしている。http://d.hatena.ne.jp/maekawa_kenichi/20131219/1387471911
■次の話は、トイレ休憩だ。スペイン南部のマラガからバルセロナまで15時間ほどかかる夜行バス旅行をしたが、このときは各駅停車のようなバスで、比較的よく停まった。といっても、3時間くらいは止まらずに走った。車内にトイレはない。バルセロナからアンドラアンドラからジローナはそれぞれ3時間ほどかかったが、私よりも高齢者が何人もいたが、途中での休憩はない。3時間走行というのは、日本では常識内なのかどうか知らないが、日本人客を乗せたツアーバスだと、「ちょっと危ない」時間かもしれない。帰国後に「途中トイレ休憩がなかった」とクレームが旅行社に来そうなギリギリの線が3時間かもしれない。世界のバスに乗っていると、あまりトイレに行かなくてもいい自分の体に感謝するとともに、日本人の多くは頻尿ぎみかもしれないと思うことがある。いままで取材したガイド、添乗員、旅行会社社員が口をそろえて言うのは、「日本人の膀胱は小さいのではないか」という説だ。「小さい」というのは事実ではないだろうが、そう思いたくなるほど、旅先でしばしば「トイレ休憩」が要求されるそうだ。日本人ツアーのガイド、添乗員のもっとも重要な仕事は、どこでトイレに案内するかだ。観光ガイドの経験がある田中真知さんも、「そう、そうですよ」と言っていた。旅行業界関係者のみなさん、どうですか?
■トイレの話はまだある。バスターミナルなどで、「トイレ」を意味する表記は、”servicio”、カタルーニャ語では”servei”だ。トイレを探すときは、この文字か、男女の絵文字を探す。この綴りで連想できるように、英語の”service”と同じで、「奉仕」、「サービス」、「務め」(例えば、軍務)などを指す。近代的な施設でないと、便座のない便器があるようだ。サグラダ・ファミリアには何か所かトイレがあって、せっかくだからとそのひとつに行ってみたら、便器がすべてステンレス製で、なんだか変な雰囲気だった。
 スペインで雨にあって、初めて気がついた。自動車がやっと入るかどうかという狭い道は、道路の中央が低くなっていて、雨水は中央に集まって流れるようになっている。あの石積みの建物に上下水道などなかったその昔、当然ながら家にトイレはなく、室内便器を使っていた。そして、便器の汚物をどう処理していたかというと、ほかのヨーロッパ諸国同様、窓から捨てるという暴挙に出る輩も少なくなかったようだ。汚物が道の中央に流れていけば、道の両端を歩けるのだが、注意しないと頭上から汚物が降りそそぐ。ヨーロッパの都市は、そういう衛生環境だった。
カタルーニャには「ウンコ人形」なるものがある。カガネー(カタルーニャ語でcaganer。スペイン語ではカガネル)という名で、その姿はネットでいくらでも探せる。
 http://ameblo.jp/sarasate17-3/entry-10712831336.html
 なぜ排便の姿が人形になっているのか。「人糞は肥料になるから、豊穣のシンボルである」という説明が日本語だけでなく、さまざまな言語の情報にあるのだが、さて、ここで大疑問だ。カタルーニャでは畑に人糞を撒いていた歴史があるのだろうか。人糞と農業の関係は、スペインではどうか、ヨーロッパではどうか。そういう疑問を長年抱いているのだが、いっこうに解決の糸口がつかめない。ヨーロッパでも、家畜の糞尿は肥料にするが、人糞を肥料にするという話は、この人形の解説で初めて知ったのだが、詳細はまったくわからない。世界の人糞肥料の研究者諸氏、ご教授を。
■そうだ、アンドラで見た光景を思い出した。道路わきに1メートルほどのポールが立っていて、郵便受けのように黒い箱が設置されていた。公園のベンチで休憩していて、その箱の正体がわかった。犬の糞を入れる黒いビニール袋が入っているのだ。ゴミ箱も多くあるので、そのビニール袋はすぐ捨てられる。台北市の北、新北市の公園でも同様のシステムを見たことがある。