777話 インドシナ・思いつき散歩  第26回


 サンダルの修繕 後編


 靴を履くのは、冬だけだ。暑い時と、暑い国では、いつもサンダルを履いている。毎日散歩を楽しむには、このサンダルでないと具合が悪いのだ。
 20代はビーチサンダルを履いて旅をしていた。30代になって、革のサンダルに変えた。長時間歩くにはその方がいい。多少は改まった場所にも出入りするようになり、「ビーチサンダルじゃあ、あんまりだなあ」と思うようになったことも関係がある。 私のサンダル条件はいくつもある。
●革製であること・・・丈夫だからだ。貧相に見えないという点もいい。
●かかとが固定できること・・・バスやトラックに乗るときに、脱げてしまうと危険だからだ。
●指を守るつま先になっていること・・・指がむき出しだとケガしやすい。
●足の裏があたる部分は表革を使っているもの・・・裏革を使うと、汗を吸いぬめり、悪臭を放つ。
 サンダルを何足も履きつぶすと、こうした諸条件を厳しく要求するようになり、探し出した「アーノルド・パーマー」ブランドのサンダルを愛用するようになった。ところが、このサンダルには構造的な欠陥があった。ゴム底が、親指の付け根部分で割れてしまうのだ。接着や縫合部分がはがれるというなら、修理できるのだが、ゴム底が割れたら直しようがない。そこで、次に見つけたのが、ウィルソンというブランドのサンダルだった。これを長年使い、ハノイにも履いてきた。
http://buyee.jp/item/yahoo/shopping/pennepenne_tb2722-tb2730
 タイでもサンダル探しをやったことがあるのだが、タイ人にとって高価な革サンダルというのは、形容矛盾だということがわかった。タイ人にとってサンダルとは、ビーチサンダルや、日本のお父さんが庭いじりするときに履いているビニールのサンダルのことで、安く買うのが当たり前、高いサンダルは外国人が買うものだ。同じ高いカネを支払うなら革靴を買うというのがタイ人の常識で、ベトナム人も同じだろう。だから、私好みのサンダルは日本以外ではなかなか手に入らないようだ。
 長々と書いてきたようないきさつがあるので、サンダルが壊れたからと言って、旅先ですぐ買い替えるというわけにはいかないのだ。私の場合、歩くことが旅することなので、履物は旅の最重要道具である。ハノイで私好みのサンダルは買えそうにないので、ここでサンダルの修理を徹底的にやっておこうと考えたのである。
 ハノイの歩道で商売をしている靴修理の若者が、「縫うか?」というジェスチャーをしたので、「Yes」と答えた。「いくらか?」とは、あえて聞かなかった。私は数ドルだろうと想像したのだが、好奇心とふとした気のゆるみで、何も言わないといくらと言ってくるのか実験してみようと思ったのである。サンダルの前の方をちょっと縫うだけかと思っていたのだが、かかと部分を除いて、左右両方の全周の4分の3くらいを縫った。接着でくっつけるところから始まり、縫い終わるまで30分ほどかかった。ていねいな仕事だ。さて、いくらと言うか。
 「テンダラー」と男は言った。
 10ドルは高い。あまりの強気に唖然として、値切るのを忘れた。言い値で合意してしまった。あらかじめ料金を決めておかなかった私の責任だ。仕事そのものには不満はなく、結果的には安心して散歩ができたのだから、「まあ、いいか」と思うことにした。旅先で、失敗したり、「高いカネを払ったなあ」と後悔するときは、長所を探したり、「日本円にすれば安い」とか、「これはこれでおもしろい体験だったじゃないか」などと思うことにしている。いつまでもクヨクヨしていてもしょうがない。
 前回の文章で、4メートルも離れた場所から、サンダルの先がわずかにはがれていることにどうやって気がついたのかという疑問を書いたが、その秘技がわかった。大枚10ドル支払ってサンダルを修理してからも、毎日のように我がサンダルを指さして、接着剤を手に近寄ってくる男に出会った。サンダル姿の旅行者を見ると、近寄ってくるというだけのことで、はがれているのが見えたからではないとわかった。ヘタな鉄砲数撃ちゃ当たるとばかり、道行く外国人の履物に目をつけて、サンダル修理の押し売りをすれば、そこそこの稼ぎになる可能性があるのだ。カモがひっかかれば、5分で1日分の稼ぎになるのだから。