1382話 最近読んだ本の話 その15

 ドアも壁もないトイレ

 

 日本人が書いたトイレの名著ベスト3は、もちろん私の評価基準で判断したものだが、『ロシアにおけるニタリノフの便器について』(椎名誠、新潮社、1987)と『東方見便録』(斎藤政喜+内澤旬子小学館、1998)の2冊に、totoの資料が加わる。totoがかつて東陶機器と言っていた時代、乃木坂に資料室があった。そこに通って、いろいろ資料を読んだ。もっともおもしろかったのは、『東陶機器七十年史』という社史だった。創業者の自慢話ばかりの社史と違い、ダイヤモンド社の手による労作で、おもしろそうだったから、430ページほどの本をコピーして、じっくり読んだ。今回、その資料をネットで探していたら、『toto百年史』がデジタルで読めることがわかった。おもしろい内容だが、モニターで読む気はしないな。

 さて、『東方見便録』で強く記憶に残っているのが、シベリアのトイレだ。ドアのないトイレで、中国以外にソビエトにもあるんだと初めて知った(アメリカの軍隊などにあることは、すでに知っていた)。ソビエトのトイレ事情はそれ以後まったく接していなかったが、『犬が星見た』(武田百合子、中公文庫、1982)に詳しい情報が書いてあった。

 武田百合子は夫武田泰淳と夫の古い友人竹内好と3人で、「69年白夜祭とシルクロードの旅」というツアーに参加した。1969年6月から7月にかけてひと月弱の旅だった。ここでは、ハバロフスク空港のトイレの長い描写の一部を引用する。興味のある人は、51~52ページの全文を参照。

 「便所を探す。男と女の横顔が描いてある扉。女の横顔の扉を押して入る。ロシアの女たちが、壁に向いたり、こっちを向いたりして、ずらりとしゃがんでいる。立ったまま用を足している人もある。太りすぎてしゃがめないのかもしれない。その勢いのよさ――めいめいの湯気が立ち昇っている。扉も衝立もない。コンクリートの床に白い大きな琺瑯洗面器風のものが、並べて埋め込んである」

 その洗面器風便器の左右に足をのせる台がついているというから、インドよりもタイ風に近いのだろうか。ノボシビリスクのホテルのトイレは共用。個室は3つあり、ふたつは扉付きで腰かけ式、ひとつは扉なしのしゃがみ式。トイレットペーパーは電話帳だから、使用した紙は屑籠に捨てる。

 扉やドアのないトイレは、中国の場合は反政府的落書きやビラを貼ったりさせないためのようだ。ソビエトの場合、シベリアなど中国の近くに見られるようだが、その関係はよくわからない。

 著者は、どこに行っても食べ物と便所(彼女はそう書く)の情報はきっちり書く方針らしく、この本を読むと1969年当時のソビエトのトイレ事情がよくわかる。

 ユーチューブをいろいろ見ていたら、中国のことを教えてあげましょうという若い日本人女性ふたりの動画があり、中国のトイレ事情というタイトルだったので、見てみると、「今の中国には扉のないトイレなどない」と断言していた。そんな話を信じないが、高級ホテルに滞在する団体旅行客の視界からは消えたということか。

 このブログ更新中も本を読んでいるから、「最近読んだ本の話」は終わりがない。キリがないので、このあたりで終わる。そのうち、あらたなテーマで、このブログをまた始めます。