1446話 その辺に積んである本を手に取って その3

 台湾

 

 前回『くらべる世界』を注文したと書いたが、すぐさま、届いた。期待通り、おもしろい。フランスのじゃんけんは指で木の葉の形をつくる「井戸」もある4種類の戦い。インドネシアのじゃんけんは、親指(ゾウ)、人差し指(人)、小指(アリ)の3指対決だという。うん、おもしろい。お勧めです。「くらべる」シリーズ、あと2冊も「買い」だな。

 さて、今回は台湾の本。台湾関連の本は2種類に分けられる。ひとつは、旅行ガイドとガイド付きエッセイのAグループだ。もう一つのBグループは、「昔の日本人はエライ!」、あるいは「昔の台湾は良かった」という植民地時代礼賛本だ。読者層でいえば、Aグループは比較的若い女で、Bグループは中高年の男ということになる。Aは今現在の表面しか見ていないし、Bは過去しか見ていない。

 そんななかで、比較的マシかもしれないと思い読んだのが、『台湾物語』(新井一二三、筑摩書房、2019)だ。著者略歴を読んで、昔読んだ『中国中毒』(三修社)の新井ひふみと同一人物だとわかった。『中国中毒』に関して、「おもしろかった」も、「つまらん」も、記憶は一切ない。『中国中毒』は三修社の「異文化を知る一冊」シリーズの一冊で、1980年代にこのシリーズの文庫が何冊も出版され、異文化に興味のある私は書店で片っ端から手に取り、何冊か買ったが、印象に残っているのは『ツアーコンダクター物語』と『ツアーコンダクターの手帖より』(どちらも高木暢夫)と『世界の衣食住』(読売新聞外報部)くらいか。『ソウル実感録』(田中明)は名著だが、すでに北洋社版で読んでいるので、三修社版は買っていない。「異文化を知る一冊」シリーズは、方向的には私好みの分野の文庫なのに食指が動かなかったのは、欧米中心で、素人臭いエッセイが気になったからだろう。今読み返せば印象が変わるかもしれないが、30年以上前は、そういう感想だった。

 さて、『台湾物語』はどういう本かというと、明石書店の『〇〇を知るための60章』といったエリアスタディーズのシリーズの台湾編をひとりで書いたような本だ。現実の『台湾を知るための…』はひとりで書いた本だが、この『台湾物語』とは格段の差がある。『台湾物語』は、Aグループの本でもBグループの本でもなく、といっても、やはり日本時代の影は色濃く出ている本ではあるが、日本人礼賛というわけでもない。特に新しい視点があったわけではないが、街散歩が好きな私には、「地名の物語」の項がおもしろかった。

 台湾の本と言えば、いまだに鈴木明の本を「名著」に挙げたい。『誰も書かなかった台湾』正続(サンケイ新聞出版局、1974、1977)と、『ああ、台湾』(講談社)や『台湾に革命が起きる日』(リクルート出版)などがある鈴木明の著作は、ガイドブックと政治の本しかなかった1970年代、台湾本の中に「今生きている台湾人の世界」を、過去を踏まえて描きだした。そのなかには、デビューして間もないテレサテンの話も、同時代の話として出てくる。

 『誰も書かなかった台湾』は、出版当時の1970年代なかばに読んだが、いまでも覚えていることが多い。なかでも、台湾で著者が今まで乗っていた隆裕(ブルーバードの台湾名)のタクシーが、1973年以降トヨタ1600に変わっていることに気がついたというところから、トヨタと中国との関係や、台湾の自動車工業と台日関係に話が進む。この記述を意識したわけではないが、ずっと後になって私の街歩きのコラムにいつも自動車の話が入るようになった。もともと自動車には興味はないし運転免許証も持っていないのに、自動車を調べるようになったのは、自動車からその国の現代史が見えてくることがあるからだ。路上で見かける自動車を調べることで、その国の歴史や経済や対外関係などが見えてくるのだ。

 タイのパトカーはアメリカの中古パトカーだったし、タイ人のピックアップトラック好きはアメリカの影響だと思われる。ベトナム戦争時代の影響だ。運転免許証事情を調べれば、警察事情がわかる国もある。警察の窓口で、免許証取得申請書に現金を添えて提出すれば、免許証が買えた国がタイを始めいくらでもあったし、おそらく今もあるだろう。

 自動車雑誌を定期購読しているような自動車ファンはいくらでもいるし、そういう人が外国旅行をして文章を書いているだろうが、自動車から国際政治や工業史に思いをはせる人がどれだけいるだろうか。今どんな車が台湾を走っているのかをきちんと書いた自動車ファンがどれだけいるだろうか。おそらく、自動車雑誌にはそういう記事は出ていないだろうと想像するのだが、どうだろう。ベトナムやマレーシアの自動車事情を調べて、対中関係を考えた旅行ライターがどれだけいるだろうか。