715話 台湾・餃の国紀行 2015 第20話

 そのいでたちに、目がとまる


 台鉄(台湾鉄路)台北駅は、東京で言えば総督府がある南口は東京駅丸の内口のようであり、北口は上野駅のようである。北口には台北と地方都市を結ぶ巨大バスターミナルがある。だから、この台北駅周辺は、「上京」の到着地であり、「帰郷」の出発地でもある。
 誠品書店で買い物をして、重い本やDVDを持ったまま散歩を続けたくなかったので、いったん宿に戻ろうと捷運(地下鉄)台北車站で降りて、地下道を北口へ歩き、歩道橋を登り始めたときに、すぐ前を歩いている男が気になった。まだいたんだなあという感じの、田舎のシャレ男。精一杯のおしゃれなのだろうが、なんとも田舎臭い。
 「ミッドナイト・カウボーイ」(真夜中のカーボウイ)というアメリカ映画がある。地方都市のコーヒーショップの皿洗いが、女にもてようとニューヨークに出てくるところから始まる。カウボーイの格好をすれば、女が寄ってくると思い込んでいる田舎者だ。
 台北のミッドナイト・カウボーイは、化繊のペナペナデニムの上下を着ていた。いわゆるGジャンもGパンも、きれいにアイロンがかかっている。靴は黒の紳士靴。髪はサラリーマンのように刈り上げていて、べっとりと整髪料をつけて7・3に分けている。両方の耳たぶには光る石が揺れている。安っぽいビニールのバッグを持つ右手の甲まで彫り物が見える。女性マンガに出てくる「イケメン」風の男の絵をコピーしたような感じだ。ああ、なんたる趣味!
 あれは、1990年代に入ったころだっただろう。上野あたりを管轄する警察官を長らく務めた男が、ラジオで話していた。
 「昔はね、上野駅構内や駅周辺を歩くと、家出人はすぐにわかったんですよ。挙動不審で、服装がなんとも田舎臭くて、東京で暮らしている若者とはまったく違う雰囲気だったんですよ。それが今じゃ、田舎から出てきたその日でも、東京の若者との区別がつかなくなりましたね」
 台北で、そんな話を思い出した。スーツ姿ではないから、エノケンの「洒落男」とは違う。実録チンピラ上京物語か。台湾では、田舎者と都会っ子が外見ですぐに区別がつくこともあることがわかった。
 田舎者というのではないが、こういう人にも出会ったことを思い出した。
 ある日の早朝、7時前に宿を出た。マクドナルドで朝飯を食べながら、日記を書こうと思い、目が覚めたらすぐに宿を出た。近所の路地裏を歩いていたら、古ぼけた路地裏には不似合いは派手なスカートを履いた若い女が歩いて来た。7時前の路地裏に、台湾の原住民の柄のような色使いのロングスカートだ。顔の色はやや黒く、原住民の血が入っているように見えた。首から1眼レフカメラをさげている。台湾でも流行りのミラーレス1眼ではなく、大きな1眼レフだ。すれ違う時に、彼女が左手に持っている本の表紙が見えた。『台湾』。『地球の歩き方 台湾』だとすぐわかるデザインだ。「日本人だったか」と思ったが、『地球の歩き方』は中国語版がシリーズで出ているから、その人が日本人とは限らない。
 そういう疑問があったので、書店の旅行書コーナーで、中国語版『地球の歩き方』シリーズを点検したが、『台湾』は、ない。考えてみれば当たり前で、台湾で出版した国内旅行ガイドなどいくらでもあるのだから、中国語が堪能な人がわざわざ日本人が作った台湾ガイドの中国語翻訳版を求めるわけはない。『地球の歩き方』のヨーロッパ編なら、台湾人も買うが、台湾編では誰も買わない。
 ということは、早朝の駅裏の路地で出会った人は日本人だろう。この近所のバックパッカー宿に泊まっているのだろうか。写真は趣味なのか練習なのか、それとも仕事なのか。観光客相手の施設など何もない地域だから、社会派の写真家(のタマゴ)なのだろうか。
 そうそう、近所のマクドナルドで思い出した。前回台湾に来た数年前、最初の朝にマクドナルドに行くと、店内に羽根飾りをいっぱいつけた服を着て、輝く石がついた太いベルトを頭に巻いた老人がいて、私の姿を見つけると、一気にこちらに向かって歩いて来た。
 「やあ、日本からですか。私、高砂族です」
 そう言って握手してきたが、台湾の最初の朝、早朝のマクドナルドでの突然の「異人」接近で、どう対処したらいいかわからず、相手の意図もわからず、ただおろおろしただけだった。「原住民の舞踊ショー」のようなステージ衣装そのものの姿の人物と、早朝のマクドナルドで出会って話しかけられたら、どういう態度をとればいいのだろう。