557話 台湾・餃の国紀行 18

 本屋を巡って

 本屋を巡っていても、どうしてもタイと比較してしまい、タイが特別な国なんだとよくわかる。タイで行きつけの本屋に行くと、タイに関する英語の本がいくらでも見つかる。タイ人が書いた本の翻訳はあまりなく、その多くは外国人が英語で書いたものだ。学術書も、料理本も、小説も、雑学本も、じつにさまざまな分野にわたって、タイ関連の英語の本があり、すべて買い集めれば、段ボール箱10個分くらいにはなるだろう。
 台湾では、タイほど多くはないだろうと予想したが、英語の台湾関連書がこれほど少ないのかと驚いた。台湾の本屋と言えばまずこの書店、数多く支店がある誠品書店で調べてみるのが手っ取り早いと思い行ってみたのだが、英語の本があまりに少ない。店員に「英語の台湾関連書はないんですか?」と聞いていたら、私の質問を耳にした客が「英語の本を探しているんですか?」と話しかけてきた。顔つきは中国人で、英語はアメリカ人かカナダ人だ。「台湾で英語の本を買うなら、101のページワンですよ」と教えてくれた。すぐさま、そのページワンに行った。たしかに、ほとんど英語の本だが、台湾関連の本は政治の本が数冊あるくらいだった。台湾在住の西洋人は、タイ在住者と違い、台湾についてあれこれ書きたいとは思わないのか、それともネットで書くので出版物にはなっていないということか。しかし、タイには、英語の出版物も多い(ちなみに、アマゾンで検索しても、英語の台湾関連書は少ない)。
 というわけで、中国語の本を探すしかないとわかり、本屋巡りに本腰を入れた。堅い本を多く集めた新刊書店部門では、重慶南路ほかに店がある三民書局がベスト。日本の三省堂のように、出版社でもある。ネット販売もしているので、興味のある人は、こちらを。
http://www.sanmin.com.tw/page-default.asp
 台湾関連書を多く扱う古本屋部門では、台湾大学近くの温州路の南天書店。総合では、やはり誠品書店ということになるだろう。台湾大学周辺の古本屋歩きをしていると、まず、その数の多さに驚き、路地の奥のコ汚いビルに入ると、内装はちゃんとしているきれいな古本屋があったり、床は板張りで、棚のデザインにも神経を使い、マニア好みの本をガラスケースに入れ、店内にジャズが流れているという店もあった。きっと同じような古本屋が日本にもあるだろうが、私はおしゃれな本屋に行く趣味はないから、知らない。台湾大学の近くでなくても、サラリーマンを退職して始めたのかと思われるような書店もあり、楽しい本屋巡りだった。ちなみに、「二手書店」という看板をよく見るが、second handの直訳で、中古、つまり古本屋をさす。
 誠品書店のいくつもの支店を巡って、私の興味がある分野の出版傾向がわかってきた。まず旅行書では、台湾国内外にわたって、実に多くの本が出版されている。実用ガイドはもちろん、エッセイなど幅が広い。東京散歩のエッセイガイドなどもあり、私が台北を散歩しているように、東京を散歩している台湾人(と中国語が読める人たち)がいるのだろう。当然ながら、台湾ガイド、台北ガイドも数多くあり、詳細な地図付きの台北ガイドを買った。道路名も店名も漢字表記だから、このガイドがあれば散歩情報に困らない。店の説明は写真付きだからなんとなくわかる。旅行記ではバックバッカー風の旅をした若者が書いた本もあり、有名芸能人のパリ散歩という旅行記だけではないことがよくわかる。食べ歩きガイドも多い。
 食べると言えば、過去も知らないのに、「空前の食文化書ブームだ」と声をあげたくなるほど、食べ物関連の本が多い。昔からお料理本は多いのは知っていたが、今はそれに加えて、日本の食文化史などの研究エッセイの翻訳も多い。著者でいえば、石毛直道玉村豊男、岡田哲などで、食エッセイ&旅行記では、角田光代中村安希の本も翻訳されている。なによりも驚きなのは、マンガ『深夜食堂』(安倍夜郎)が最新刊の11巻まですべて翻訳され、スピンオフのような関連書も翻訳され、当然、日本で放送されたドラマのDVDも全巻売っている。『孤独のグルメ』(久住昌之谷口ジロー)も翻訳されていた。こういう出版現象を見ると、台湾は食べ歩きブームであり、食について考える人が多くなったとわかるが、翻訳書が多い割に、台湾食文化史といった自分の足元の研究は遅れているように思う。
 レトロ本というのも、ブームらしい。日本なら町田忍などが得意とする分野だ。ただ、この「レトロ感」には2種あるようで、日本のように1950〜60年代を対象とするものと、日本時代(日治時代という)を扱うものの2種だ。眼で見る台湾現代史資料という目的で、この種の本を買った。参考までに、買った本の名だけ紹介しておく。台湾に行ったら書店で手にとってみると、欲しくなるよ。
 『瞻前顧後 台北的絶版・復刻興新生』・・・台北から消えた物、消えた商売、消えた街角など、豊富な写真で解説している。街角の旧・新の写真は貴重だ。懐かしき中華商場や園環の旧・新の写真が載っている。
 『重遊 台湾老場景』1970年代以前までの。なつかしの看板、缶、ブリキのおもちゃ、レコード、薬など、まさに町田忍の世界といえば、日本人にはわかりやすいか。
 『時代光影 台北定格 今昔百景専輯』台北市が民国100年(西暦2011年)を記念して出版した台北今昔写真集。
 上記のような資料を多く使い、台湾のことを書いているのが台湾在住のライター片倉佳史氏で、彼がもっとも強い関心を持つ鉄道関連の本も多く出版されている。乗車体験記のようなものだけではなく、資料として使えるしっかりした本も多い。鉄道本コーナーで片っ端から本をチェックしていたら、実際に会ったことはないが写真でよく知っている人の顔があった。写真解説を要約すると、「鉄道解説の雄、片倉先生、車中で駅弁を食すの図」。
 買おうかどうか何度も考え、結局買わなかったのが、次の学術論文だ。『帝国與便所』(帝国と便所)のサブタイトルは、「日本時代の便所と汚物処理」。私の興味範囲ドンピシャリだが、中国語の論文を読む学力と根気はない。それでも買っておこうかという気もしたが、「買っておこうか」と思う本はほかにも多く、DVDも多く買ったので、断念。野菜図鑑や魚介類図鑑など欲しい本が多くあったが、これも断念。
http://www.sanmin.com.tw/page-product.asp?pid=13066&pf_id=99M155F7c100e39c107H66T113R124CAIuHGm513IbM
 同じように、本当に欲しかったが、値段と重さで断念したのが、『台湾世紀回味』全3巻。書名は「台湾の20世紀を噛みしめる」とでもいった意味で、台湾編年記。図版も多く、台湾史の重要資料なのだが、各2000元(3巻合計で、2万円ほど)の大判。とにかく、重い。台湾の本を書く気なら、もちろん買った。台湾のマクドナルド出店は1984年だという情報は、この本を立ち読みして知った。そういう情報も、詰まっている。
http://www.sanmin.com.tw/page-product.asp?pid=13066&pf_id=99X155K8y107s7A104e70k112h129WMExJIu440LgW
 というわけで、本や雑誌やDVDを買ったせいで、重くなりすぎて、帰国日にボストンバッグの金具が壊れた。写真が多い本を選んだので、ひどく重いのだ。台北市発行の本は、格好をつけるためか、厚い紙を使っているので、重い。
 ネット書店では、博客来という店がある。http://www.books.com.tw/