698話 台湾・餃の国紀行 2015 第3話

 最新安宿事情と正月料金


 翌日、近所の安宿を調べてみた。「あっちのほうにも、安宿があったなあ」と記憶を掘り起こして路地の奥に入ると、宿の名前に記憶はあるが、姿はすっかり変わっていた。ほかの安宿同様、かつてはゴキブリ宿の仲間だったはずだが、大きなガラスドアと間接照明のロビーに(ナイトクラブって、こういう内装なのだろうか)、制服姿のお姉さんがいた。いかにも英語が通じそうな雰囲気なので、英語で質問をしたら、ちゃんとした英語の答えが返ってきた。
 正月期間中に部屋はないが、6人部屋(2段ベッド3台)のベッドならば、現在ひとり分は予約可能で、正月前は600元、正月期間中は1200元だという。バックパッカー用の宿に改装すると、以前の個室料金が6人部屋のベッド1台分で稼げることになったわけだ。個室なら、ふたりで泊まっても同じ料金だが、ドミトリーなら、ふたり連れの客は、二人分の料金が必要になる。つまり、売り上げが2倍から最大6倍になるということだ。そうか、そういうことか。台湾の旅館業組合の標語。「商売は、連れ込みよりもドミトリー」というのは、どうだ。
 昨夜見たテレビニュースを思い出した。
 「バックパッカー(背包客)用のホテルが次々とできている」というニュースで、台南の宿を紹介していた。2段ベッドが並んだ室内に女性客がいる。外国人客用かと思ったが、映像に登場していたのは、台湾人の大学生くらいの若い女性旅行者だった。書店に行けば各種各様の旅行ガイドが山積みになっていることでもわかるように、台湾人もリュックを背負って旅行をする時代になったのだ。しかし、当然ながら、親の愛情たっぷりに健やかに育った台湾の女の子たちは、私が愛用するような「ゴキブリが走る連れ込み宿」には近づきたくはない。そういう旅行者相手に、おしゃれで清潔・安心な近代的なバックパッカーホテルができて、人気を集めているというわけらしい。台湾にもan・non時代到来ということだ。
 西洋人バックパッカーにしても、ゴキブリ宿と同じ料金か、あるいは高くても、Wi-Fiが使えて、英語が通じて、共用であっても快適なシャワーがあるドミトリーの方がいいのだろう。そういう宿なら、言葉が通じる西洋人に会えるから、よけいにうれしいのだろう。
 テレビニュースの「バックパッカー用のホテルが次々とできている」というのの「次々とできている」というは私のつまらない訳で、テレビの画面には端的に、「雨後春筍」とあった。なるほど、これなら日本人にもすぐにわかる。ついでに紹介しておくと、国内を旅する台湾人バックパッカーは、こういう本を読んでいるという1冊。
http://motto-taiwan.com/2015/04/0408/
 台北駅裏の別の宿は、改装したことは2年前に知っていたが、中に入ったことがなかった。その宿で正月料金を聞いたら、2800元だという。これは駅裏旅館の料金じゃない。インターネット情報では、元は600元のゴキブリホテルだったはずだが、改装をしてこの料金だ。
 2年前に泊まっていた宿に行ってみると、やはり改装していた。路地に面してエレベーターがむきだしだったのだが、その前にガラスドアがついていた。かつての中国語のホテル名が、何語だかわからない西洋語らしき名に変わっていた。エレベーターで上の階に行き、ドアが開いたとたんに異界が見えた。私が知っている安宿とはまったく違う。間接照明のロビーなどというものがある。モノは試しと、一応料金を聞いてみると、2000元だという。それよりバカ高いはずの正月料金を聞いてもしょうがない。3年前は、週日600元、週末800元を払って泊まっていた宿だ。そこを改装して、こんな料金を請求できるホテルになっている。2000元は、8000円だ。60ユーロ近いから、これじゃ、スペインの安宿よりも高い。
 もう1軒、宿泊経験がある宿に行ってみた。ここは昔のままで、800元。ただし、正月料金は1980元。おお、強気だ。この強気こそが、最近の台湾人気のなせる業だ。中国人と韓国人客の増加で、中級ホテルの部屋が取れなかった客が、それ以下の宿に部屋を探し、安宿は強気の料金設定になったというのが、私の想像だ。
 正月3日目に、安宿を1日だけ出ることになったので、しかたなく1980元を払ってこの宿に移った。それでわかったのだが、ここも改装したらしい。以前は無駄に広い部屋だった。日本風に言えば、キングサイズベッドが置いてある12畳間の寝室に6畳の浴室・トイレという部屋を、セミダブルの2部屋に分割したようだ。
 駅裏以外にも安宿があることは知っているが、この地域にこだわるのは、交通の便がいいからだ。台北駅、地下鉄駅、長距離バスターミナルがすべて徒歩圏内にあって、空港行きのバスも駅前から出る。早朝6:30出発のスクート便に間に合うバスもそこから出るので、歩いてバス停まで行けるのはありがたい。
 おそらく、あと数年で、駅裏の安宿はどこも改装して、高い料金を請求するようになるか、それともこの一帯が再開発地域に指定されるかもしれない。すでに、一画は建物が消えて、広い駐車場になっている。東京でいえば、東京駅まで徒歩2分の地域に安宿街が存在できることが、そもそも奇跡なのか。しかし、何軒ものゴキブリ宿が改装されたということは、この地域一帯が、今すぐに再開発地域に指定されて取り壊されることはないということだろう。ただし、「安宿街」がいつまで存続するかは、わからない。