896話 イベリア紀行 2016・秋 第21回


 ポルトの、あの宿へ 

 心残りの朝だった。このままいつまでもリスボンにいたいと思いつつ、宿を出た。名残惜しさを感じる街があることは、しあわせなことだ。
 感じとしては、「夜明けごろに」リスボンを出たという暗さだった。朝9時半にサンタ・アポローニャ駅を出る列車に乗るために地下鉄に乗ったのだから、宿を出たのは8時をかなり過ぎていたのだが、リスボンはまだ夜だった。朝9時で薄明かり、10時でやっと「完全に夜が明けた」という明るさになる。10月でもまだサマータイム期間中だから、夜明けは冬時間よりも1時間早い。朝寝坊に罪悪感のある人は、秋のヨーロッパに来ればいい。
 ポルトへは鉄道を使おうと思った。前回はバスと鉄道を使い、点々と旅したが、今回は一気にポルトに行く。普通急行で3時間10分、24.50ユーロ(約2900円)。日本と比べれば、鉄道運賃は安い。ただし、この鉄道の旅はまったくおもしろくなかった。車窓の記憶はなく、日記帳に何も書いてない。居眠りなどせずに、ずっと外の景色を眺めていたのだが、何も記憶に残らなかった。リスボンを出て3時間後にカンパニャン駅で乗り換えて、ひと駅で懐かしのベント駅に着いた。ポルト市内の中心地にある駅で、駅舎のアズレージョ(タイル)の絵が名物だ。
 前回のポルトでは、ドウロ川に面した宿に泊まりたくて、地図を見て川際の宿に行ったら、宿に着く前の路地入り口で、「満室でーす!」というが声がした。宿から出てきた人が、荷物を持って歩いている私を認めて、声をかけてきたのだ。やはり人気の宿だ。しかたなくベント駅近くを歩くことにした。鉄道でこの街を出ることを考えていたので、駅に近い宿が便利だろうと思ったのだ。駅の裏側、道路を渡ったところにホテルの看板があった。古いが、私の予算よりは高そうな外観だ。ダメモトで、料金だけでも聞いておこうとカウンターに行ったら、シングルルームがあり、料金は驚くほど安かった。しかも、朝食付きだ。即座に決めた。私の部屋は表通りに面していて、古風な窓の向こうに、ベント駅の角が見えた。さほど広くない道路を渡るだけだから、駅舎まで30歩か。ホームまで1分という絶好のロケーションだ。
 ポルトという街が好きになり、また来たいと思った理由の一つは、この宿だった。ホテルのスタッフはよく訓練されていて、愛嬌と親切とこの街に関する豊富な知識を持っていた。
 あっ、今思い出した。ヨーロッパをよく知っている人なら、このときの、2002年がどういう年だったか、すぐに思い出せるだろう。ポルトガルでは、2002年の1月1日からユーロの現金が使えるようになり、2月28日まではユーロとエスクードの両方が使えるが、3月1日からはユーロだけになった。私の旅行はこの時も10月だったから、すでに支払いはユーロだけになっていたが、ホテルリストの料金がまだエスクードということも多く、換算しなければいけなかった。ちょっと面倒な時代だった。
それから14年後の同じ10月、ベント駅を出てあのホテル、ペニンスラールに行った。古い建物だから、ホテルがまだあるかどうか心配だったが、まだあった。入り口が小さいから、見逃しやすい。
 暗いロビーに進み、カウンターでシングルルームはあるかどうか聞いた。
 「満室です。ツインベッドルームなら1部屋あります」
 残念。この宿に泊まることを期待していたのに。
 「ちなみに、そのツインの部屋は、いくらですか?」
 返ってきた答えは、予算をはるかに越えていた。シングルではないし、昔と比べてはいけないのだが、やはりかなり高い。しかたなく、駅を中心に安宿探しをやったのだが、かんばしい成果を上げられなかった。1時間ほど歩いた結果、高くても今夜はペニンスラールに泊まろうと決めた。あす以降は、安い部屋が空くかもしれない。
 再びベント駅裏のホテルに戻った。この1時間で、高い部屋もふさがってしまったかもしれない。カウンターの女性が私を見てちょっと驚き、そして微笑んだ。
 「さっき、お客様が出ていかれて5分ほどたったときに、シングルルームの予約をキャンセルする電話があったんです。ですから、部屋はあります」
 「その部屋、ください」と言いながら、パスポートを渡した。
 「お支払いは・・・」
 「現金です」
 「それなら、割引します」
 41ユーロが37ユーロになった。ゲストハウスよりちょっと高いくらいになった。またこの宿に泊まれるのがうれしかった。

 14年前は、川岸にカフェが1軒できたところだった。店は、それだけだった。両岸の建物も、化粧直しをしている。