704話 台湾・餃の国紀行 2015 第9話

ある日の散歩
 
  圓山駅近くに、花博公園がある。きょうの散歩はそこにしようと思った。その日は天気が良かった。晴れていて、気持ちが良かった。公園に正月休みはないことは、電車から見ている。園内に植物園があるという情報があり、どの程度のものかわからないが、ヒマだから、とりあえずの目的地として行ってみようと思ったのである。
 公園は、子供が作ったさまざまな像がたっているだけだ。子連れで散歩するようなところなので、つまらないから素通りして奥に進んだ。
 市立美術館は休館中。原住民風味館は、原住民のお土産屋と食堂と屋台を組み合わせたような場所で、安っぽい。これもつまらないのでそのまま抜けようと思ったのだが、裏手がおもしろかった。台湾では、先住民、少数民族を「原住民」と言う。そこに差別意識はないので、私もこの語をそのまま使う。裏庭に原住民それぞれの民族の住宅が縮小されて作ってある。少数民族住宅展示場である。素人くさい作りで稚拙ではあるが、民族による住宅の違いが模型でわかるのがおもしろい。竹の家、木の家、ルカイ族の石の家もある。台湾山中に石積みの伝統住宅があるとは想像していなかったので、なかなかにおもしろかった。日月潭の九族文化村などに行けば、ちゃんとした実物大の住宅が展示されているそうだが、台北で見るなら、ここがいちばんいいように思う。台北故事館や福建風の住宅である林安泰古厝民俗文物館(りんあんたいこせき・みんぞくぶんぶつかん)も正月休みだったが、台北典蔵植物園は開館していた。入場無料。国立歴史博物館そばの南海学園植物園は野外で樹木が中心だが、こちらの天蔵植物園は温室なので、こじんまりとしていて、ちょっとした説明がついているのがありがたい。食べられる植物はある程度知っているが、観賞用植物などはほとんど知らない。「おもしろいなあ」と思いながら見て、そのほとんどは忘れてしまったが、ノートにメモをしたのが、Platycerium grande
https://www.google.co.jp/search?q=platycerium+grande&biw=1745&bih=883&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=_O37VO2aNoeH8QX5sYHgAw&sqi=2&ved=0CB8QsAQ
 説明板には、巨獣鹿角蕨とあるが、ワラビには見えない。あとで調べたら、日本名が「ビカクシダ」の仲間らしい。このgrandeは、ヘラジカの角そっくりなので驚いた。植物への興味はあるが、知識が乏しい私にはちょうどいい植物園だった。
 さて、ここからどこに行こう。昼飯を食いたいが、どこに行けば正月でも飯が食えるのかと考えて、いい場所が頭に浮かんだ。行天宮だ。社寺は新年の参拝客が多く来るので、屋台、売店、食堂、土産物屋などがやっているはずだという読みだ。行天宮までは歩いても大したことはないので、南下することにした。
 想像通り、行天宮周辺には初詣客が詰めかけていた。参拝には興味がないので、屋台や売店を探すと、ありがたいことに「油飯」の看板を見つけた。豚肉、干しシイタケ、干しエビなどを醤油で煮た汁で炊いたおこわだ。茶碗におにぎり1個分ほど盛り、30元。少ないとは思ったが、おこわなので、そこそこ満腹になった。うまい。前回も油飯を食べたいと思っていたが、食べる機会がなかったので、うれしかった。ちょっと気になったのは、この店の油飯の米は長粒種のもち米だったことで、あれはタイからの輸入米だろうか。
 さて、そのあとは、コーヒーを飲みたかった。映画を見たかった。そこで頭に浮かんだのが、台北之家だ。この台北之家の前身が資料によって違う。「元アメリカ大使館官邸」というのが多いが、意味がよくわからない。元アメリカ大使館、あるいは元アメリカ大使公邸、あるいは元アメリカ領事館というならわかる。しかし、「大使館官邸」では意味が分からない。とにかく、そういった類の建物を喫茶店と、ミニシアターと、映画関連グッズの売店にしたのが、台北之家だ。ここならコーヒーを飲んで、映画を見ることができる。
 行天宮から歩いて、中山北路の台北之家に行った。1時間ほど待つと、日本映画「ぶどうのなみだ」(三島由紀子監督)がはじまる。ゆっくりコーヒーが飲める。喫茶店珈琲時光」の庭に入る、注文を取りに来るまで10分。5分後にレシートを持ってきて、水を置いた。その水が生臭い。水道水を瓶に入れてふたをせずに、生魚や肉が詰まった冷蔵庫にひと晩放置したような水だ。その水を、魚をさばいた手でつかんだコップに注いだようなひどさで、文句を言おうと思ったが、誰も来ない。30分放置された。こんなことなら、コンビニのコーヒーにすればよかった。レシートを持ってカウンターに行くと、ウエイターたちが集まって談笑していた。レシートを置いて、黙って店を出た。コンビニに行ってコーヒーを買い、ミニシアターの前で飲んだ。
 「ぶどうのなみだ」という映画は、始まって5分で、出ていきたくなったが、もったいないので、最後まで見た。いいところ、なし。ひどい。出演者のきたろうが「なんだかよくわかんない映画に出てさあ」とラジオでしゃべっていたのが、この映画か。私が嫌いなファンタジーなのだが、唐突に「空知」「炭鉱」「黒いダイヤ」といった現実的なセリフが出てきて、うんざりだ。北海道関連団体からカネを集めようとして無理が、露骨に見えた。入場料260元はドブに捨てたようなものだった。
 宿に戻りながら、夕食を考えていたら、「水餃」の看板を掲げた店が営業中で、ほぼ満席だが、たった今ひとつテーブルが開いたところだ。「水餃 10個」が最低注文単位ということで、ゆで餃子10個を注文。餃子専門店だが、さまざまな味の蒸し餃子とゆで餃子が売りで、鍋貼(焼き餃子)はない。10個60元。可もなく、不可もなく。それからくねくねと散歩して、2時間ほどかって台北駅近くに来た。いつも前を通る餅専門店(「もち」ではなく「ピン」。小麦粉を使った食べ物で麺は除く)には鍋貼(焼き餃子)があることを発見し、注文。皿にビニール袋をかぶせ、そこに焼いて時間がたった餃子5個25元。ビニール袋を外せば、皿を洗う必要がない。韓国では普通の習慣だ。醤油がとんかつソースのように甘い。台湾には、みたらし団子のタレのようにべっとり甘い醤油「醤油膏」というものがあるが、これか? 台湾の醤油がみんなこんなに甘いわけじゃないが、甘い醤油になじんでいる九州人なら「うまい」というかなどと考えながら、まずい焼き餃子を食べた。
 7−11で買った緑茶(日式無糖)を飲みながら、宿でテレビを見て、この日が終わった。
 台北では、毎日こういう散歩をしていた。