1925話 『タイ日大辞典 改訂版』 その1

 出版社めこんから、重い箱が届いた。本の注文はしていないから、中身に心当たりがはい。箱を開けると、出たばかりの『タイ日大辞典改訂版』が入っていた。めこんの桑原さんのご厚意で贈ってくださったのだ。買おうかどうか迷っている人にうらまれそうな幸運である。まことに、ありがたいことである。

 タイとタイ語研究者の一部で『冨田辞典』と呼ばれているタイ語辞典は、私の認識では1987年に始まる。冨田竹二郎先生が、養徳社を販売元として自費出版したのが、1987年の『タイ日辞典』(①)である。神田神保町のアジア文庫店主の大野さんは、「3万円の本が、3000円の本のようによく売れた」と書き残したように、たちまち完売した。私は発売後すぐに買い、友人にあげるためにもう1冊買おうとした時には、もう品切れだった。「こんなに、すぐ売り切れるとは・・・」という驚きを先生に書き送ったら、「すぐに完売したのに驚くどころか、そもそも私が生きている間に出せるとは思っていなかった辞書です。お友達用にぜひとも欲しいというのなら、手元に1冊だけ残っています。もしご希望なら・・・」という返信を頂いたので、すぐさま本代に送料を加えて送った。しばらくして、先生から段ボール箱が届いた。最後の『タイ日辞典』のほか、タイ語学習用カセットテープが20巻ほどに、大阪外国語大学で使っている自家製のタイ語教科書がひと揃い入っていた。カセットテープが入った箱に、「自分でやったので、ダビングに時間がかかりました」というメモに、頭が下がった。

 『タイ日辞典』が品切れになってしまい、「ぜひとも欲しい。なんとか増刷を」という声が冨田先生の元に寄せられた。1990年に2冊組の改訂版が出た、「2000ページの本は厚すぎる、動植物のタイ語名和名学名リストは要らない」という声に応えて、2冊の分冊にした『タイ日辞典改訂版』(②)だ。先生はこの辞典を贈ってくださったが、私の手元に1987年版があり、動植物名リストが有用なので、誰か欲しい人がいればあげようと思っていたら、旅行人が欲しいというので、寄贈した。

 1987年版をコンパクトにして、1997年に日本タイクラブ発行,めこん発売という形で、赤い辞書が出た。その頃には、タイ語辞典が各種発売されるようになり、ほかの辞書と間違えないように、『タイ日大辞典』(③)と書名を変えた。冨田先生の教え子で、辞書制作に多大な貢献をした赤木攻(当時大阪外国語大学教授)さんによると、「冨田先生が、前川さんにも1冊贈ってください」という依頼があったそうで、改訂作業に何ら関与していないのに、私の元にもできたばかりの赤い辞書が届いた。①の辞書よりもコンパクトなサイズになったので、以来この辞書を手元に置くようになった。高野秀行さんも愛用の辞典ということで、『語学の天才まで1億光年』に写真入りで紹介されている。

 この辞書も間もなく品切れになり、プレミア価格は20万円を超えることもあった。改訂版の出版を考えているという話は、めこんの桑原さんから聞いていたが、簡単にできる作業でないことは出版関係者なら容易に理解できる。辞書の校正は、小説のようにはいかないのだ。赤木さんや関係スタッフの努力によって、前作から6年後『タイ日大辞典 改訂版』(④)が完成した。その流れがわかるように、箇条書きにしておく。

①『タイ日辞典』       冨田竹二郎編  養徳社 1987

②『タイ日辞典 改訂版』 冨田竹二郎編   養徳社 1990

③『タイ日大辞典 』    冨田竹二郎編  日本タイクラブ:発行、めこん:発売 1997

④『タイ日大辞典 改訂版』  冨田竹二郎・赤木攻編 日本タイクラブ;発行、めこん:発売 2003

 冨田先生はすでに亡くなっているが、いまでも「タイ語をしっかり勉強してくださいね」とおっしゃっているような気がする。上に書き出した4冊の辞書のほか、日本・タイ語辞典など、さまざまな資料をお送ってくださったが、私はその好意にまったく応えていない。