15話 リスボンの書店で


  ポルトガルをしばらく旅してきた。いちおう北から南に旅したが、もっとも長く滞在したのはリスボンだった。この街で印象深かったことのひとつは、書店が多 いということだ。人口が60万か70万という小さな街(アジアの感覚でいえば、ヨーロッパの街はいずれも小さい)なのに、新刊書店も古本屋もかなり見つけ た。本屋を見つけると素通りできないタチだから、散歩の途中いつも寄り道してしまうのだが、結局一冊も買わなかった。欲しかったのは、ポルトガルに関する 英語の本なのだが、英語の本そのものがほとんどなかった。わずかにあるのは、ロンリ−プラネットなどの旅行ガイドブックや、ペンギンブックスなどの英文学 くらいだった。古本屋に行けばもう少し英語の本はあったが、読みたくもないペーパーバックなどだから、もちろん買わない。
 ポルトガルの本屋でヨーロッパ以外をテーマにした本は、ブラジルの本を別にすれば、かつての植民地であるアンゴラ東ティモールに関する本がわずかに あったくらいだろうか。ポルトガル語がわからない私のことだから、文字だけの表紙だと、それがどこの国のどんな本なのかわからないから、自信をもっていえ るわけではないが、印象としてはそうだった。
 大きな新刊書店の品揃えをじっくり観察していて意外な発見だったのは、インドネシアの作家プラムディヤの本が平積みになっていたことだ。当然ポルトガル 語に翻訳されたもので、『ジャカルタからの物語』というタイトルだが、日本語版はまだ出版されていない。ちなみに、プラムディヤのとなりで平積みになって いたのは、チェコ出身の作家ミラン・クンデラの本だったが、書名は覚えていない。
 新刊書店で買おうかどうか迷った本が2冊あった。1冊はロンリープラネットの「World Food」シリーズの『Portgal』。このシリーズはお おむね出来がいいので、内容に不満はないのだが、ポルトガルは輸入品がなんでも高い国だから、この本も高い。タイで買ったほうがはるかに安いのはわかって いるので、帰路に立ち寄るバンコクで探すことにした。ところが、バンコクのどの本屋でも見つからなかった。しかたなく、同シリーズの 「Indonesia」を買った。
 買おうかどうか迷ったもう1冊は、『ポルトガル語−日本語辞典』だ。大判のものだが、安い。逆にいえば、安いのはありがたいが、大きく重いのである。だ から、持ち帰るのが大変だ。船便でさえけっこうな料金だとわかっているし、すでに大量のCDを買ってしまっているから、この重い本とCDを持ってスペイン を旅行したくなかった。本の重さ以外で気になったのは、この本はブラジルで出版されたものだから、ポルトガルポルトガル語とはちょっと違っているという ことだ。値段はかなり高くなるが、日本の出版社からも大判のポルトガル語辞典が出ているから、「本気で勉強する気があるならそちらを買おう」という考えも あって、リスボンでは買わないことにした。日常会話程度なら、手持ちの小辞典で充分なのだが、歌詞の意味を探りたいと思ったら、こんな小さな辞典ではもの たりないのだが、本気で勉強する気はないので、多分この先も買うことはないだろう。
 結局、ポルトガルで買ったのは、ファド博物館の売店で見つけたファド関係の英語の本2冊だけだった。