57話 本とどう出会うか(4)

 書店で現物を見て


 新聞の書籍広告で知った本を書店で探すことも少なくはないが、単行本に関して言えば買った本の大半は書店で初めてその本の存在を知ったことになる。神田で買うことが多いから、広告が出る前に書店で実物と出会うことも少なくないからだ。
 本に出会う事情は新刊書店と古本屋では違いがあるので、まずは新刊書店の話から始めようか。
 大型書店に行けば、それだけ発見も多く、収穫が多いのも当然かというと、そうでもない。品揃えが私の肌に合わなければ、棚をさっと眺めただけで、早々に 立ち去る。店舗の広さと収穫の多さは、さほど関係がないのである。神田神保町の書店の話はすでに書いたので、他地域の書店でいえば、赤坂の文鳥堂は私が興 味を持つ本が多く揃っている不思議な本屋だった。おそらく10坪にも満たない小さな書店だが、買いたいと思う本が多かった。溜池山王国際交流基金アジア センターに行くときは必ず寄っていたのだが、先日行ってみたら姿を消していた。閉店したそうだ。前川好みの品揃えは、やはり経営的に苦しいのだろう。赤坂 では一ツ木通りの金松堂書店も、買う確率の高い本屋だ。TBSやテレビ番組制作会社がすぐ近くにあるせいか、マスコミや芸能関係の本が揃っている。
 銀座なら旭屋の、ソニービル方面から歩いてきて、最初の入り口を入った右側の棚が好きだ。旭屋が好きというのではなく、銀座支店のあの棚がいいのだ。ま るで、私の好みを熟知していて、「さあ、お買いなさい。どうです、欲しいでしょ」と声をかけてくるような棚なのである。具体的には、異文化、サブカル チャー、エッセイ、現代社会史といった関係の本が揃っている。
 古本屋の場合は、すでに知っている本が半分、初めて出会う本が半分といった割合だろう。もちろん、私の興味を引く分野の本に関してのことだ。新聞などの 広告でその本の存在を知り、新刊書店で現物をチェックし、「高すぎる」とか「内容が期待したほどではなさそうだ」といった理由で、第一次審査に落ちた本 に、古本屋で再会することがある。出たばかりの本が半額くらいの値段で売っていると、ついつい敗者復活して購入ということになるのだが、そんな本が、読ん でみれば傑作だったという例はほとんどない。第一次審査は厳正かつ正確なものだった、私の選書眼もなかなかのものだとうぬぼれたくなるのだが、第一次審査 に合格した本にも、期待外れで見事予想が裏切られたという例がいくらでもあるから、私の選書眼などまったく当にならないことになる。
 なぜ私の選書眼が不正確かというと、書店で本をほとんど読まないからだ。買うか買わないかは、20秒か30秒くらいで決めている。そういう決め方がいい というのではなく、長年のクセだというだけだ。著者名だけを見て、すぐ買う本もある。そういう10人くらいの著者の場合は、よほど高くない限り内容など確 認せずに購入を決める。ジャンルとレベルがすでにわかっているからで、もし確認するとすれば、過去に出た本の改題ではないかということだけだ。
 著者をまったく知らない場合は、「著者略歴」を読んで、ページをパラパラとめくってみる。まるでダメな本というのは、本文レイアウトがまるでなってない のだ。自費出版の匂いがすれば版元を確認し、「やっぱりな」と納得して本を棚に戻す。自費出版が悪いというのではない。「一応、印刷はしましたよ」という だけの本は、やはり内容もその程度だということだ。
 出版社で、本の内容とレベルをある程度推測することもある。それを偏見だとするか、それとも経験則に基づく判断だとするか、人によって意見が違うだろう が、やはり出版社の性格というものがある。だから、このテーマで、この出版社なら、この程度の内容だろうと推測するのである。
 私にも好きな装幀というのはあり、自分の本の場合は多少こだわるが、読者の立場でいえば、本を買うときにはなんら影響しない。装幀がいいというだけで買 うということはいっさいないし、おもしろそうな本だが装幀がひどいから買わないということもない。だから、古本屋でカバーつきが1500円、カバーなしが 900円なら、ためらわずにカバーなしの方を買う。本は、読めればそれでいいのだ。飾りものじゃない。だからこそ、デザイン重視の、読みにくい本には腹が 立つのである。
 「おもしろそうだ」と感じた本でも、すぐ買うとは限らない。買うか買わないかの判断基準はいくつかある。今すぐ読みたいかどうか、最優先で読みたいか、 それを考える。おもしろそうだと判断しても、すでに買ってある本が何冊もあれば、「きょうはやめておこう」ということになる。その日最初に出会った本なら 買うが、すでに何冊も買ったあとで出会ったなら買わないということもある。数多く買えば、読まない本が増えるだけのことで、結局カネの無駄ということにな る。仕事上でぜひとも必要だと思ったら、買う。仕事と関係なくても、そのときの気分にぴったり合えば、買う。今読まなくてもいいやと思えば、後回しにす る。数年後に、かつて後回しにした本を読み、早く読んでおけばよかったと悔いる本は、残念ながらそれほど多くない。
 判断基準には値段も関係する。私の場合、どうやら3000円が決断の分岐点になるらしい。私の興味分野でいえば、新刊書で3000円以上出しても読みた いという本はそう多くない。過去の経験でいえば、3000円以上する本を何冊も買っているが、辞書・事典・図鑑などを除けば、値段に見合った満足度を与え てくれた本は少ない。高い本は、古本屋で半額以下で買っても、「買うんじゃなかった」と後悔するのがほとんどだ。
 すぐに古本屋に出そうな本も、あと回しになる。神田をよく歩いていれば、この手の本なら、「あそこの古本屋にすぐ出るだろう」という予測がつくもので、あるいは「ブックオフで見つかればそのときに」という程度の評価ということもある。