58話 本とどう出会うか(5)

 人に勧められて



 本との出会いは一期一会だから、見つけたらすぐ買うこと。有 名な学者や評論家や小説家たちはそんなことをよく言うが、それは潤沢な資金と広大な書庫を持っている人だから言えることで、貧乏ライターには読みたいと 思った本を片っ端から買えるような財政的余裕はない。本を置く場所も限られている。読む時間も能力もないのに、とにかく本を買うという習慣はない。私に は、本を買う喜びも所有する喜びもない。
 本を買うのが好きな人たちのエッセイには、「そんなに多くの本を買って、全部読んでいるのですか?」というよく受ける質問に対して、そんな質問をする者 に対してひとことで言えば「バカめ!」と見下したものが多い。私の目には、やたらに買いまくる人はたんに買い物中毒の患者というだけのことだ。いばるん じゃない。イメルダの靴と同じじゃないか。
 貧乏な私は、できるだけ効率良く本を買いたいと思う。無駄なく買いたい。そのためには、私の好みをよく知っている人が、「これ、読んだ? おもしろい よ」と声をかけてくれる友人が何人かいればありがたいのだが、いまのところそんなありがたい友人は蔵前仁一さん以外いない。「とくに最近、本が売れない よ」とか「若者は、ホントに本を読まないなあ」などと嘆く出版関係の友人知人たちにしても、「これがお勧めっていう本はあります?」ときけば、「最近は、 あんまり本を読んでなくてさあ。コンピューターをいじってると、本を読む時間がなくてさ」などという。知人と出会ったら本の話をするというのは、中高年の 趣味だとする文章を読んだことがあるが、その中高年の出版関係者でさえあまり本を読まなくなっている。昔からの習慣で一応買っておくが、読まないらしい。
 その点、蔵前さんは忙しい日常のなかで、膨大な数の本を読んでいて、そのうちの何割かは私の興味と重なる分野だ。彼が推薦する本のすべてが私にとっても おもしろいというわけではもちろんないが、2冊か3冊に1冊は、私も楽しめる本だし、楽しめなくても、まるでダメな本を推薦してくることはない。要は、趣 味の問題だと言える程度の誤差である。
 アジア文庫の大野さんも、私の趣味を熟知している人で、「私が買いたくなる本があるなら、出してごらんなさい」などと挑発すると、「これ、どうですか?  きょう入ったばかりなんだけど……」などとボソボソ言いつつ、植物事典やインドネシア語雑学辞典などを出してくることもあるが、そういう本が毎月出版さ れているわけではない。


アジア文庫、大野の蛇足: 前川さんにボソボソ言いつつ本を勧めても、「おおこんな本があったか」と喜んでもらえることは少ない。前川さんが知らない本を「これはどうですか?」と出 したいが。ほとんどの本は、事前に情報をチェック済みで、「ああこれはいいです」とか、「もう買っちゃった」と言われることが多い。年に一度くらい 「おっ、これは」といって喜んで買ってもらえるかどうかだ。本に関しては呆れるほど貪欲で、「こんな本があったよ」と、逆に情報をもらうことも多い。