346話 思い出のアフリカ文学

 きのう、近所の比較的大きなブックオフに行ったら、外国書コーナーの本が増えていて、日本在住外国人が大地震津波のせいで引っ越しをしたのだろうかなどと思いつつ、棚の本を点検していたら、意外な書名が目に入り、「二度見」してしまった。
 “Things Fall Apart”というタイトルが目に入ったので、「まさか?」と思いつつ著者名をよく見たら、やはりChinua Achebeだ。読んだのはもう昔のことだから、本の内容は覚えていないが、おもしろかったという記憶はある。世界的ベストセラーとはいえ、日本のこんな本屋で、ナイジェリアの小説と再会するとは思えなかったので、我が目を疑ったのだ。売り値は500円だった。高くはないが、すでに読んでいるから、また買う必要はない。ここがちょっと変なところなのだが、本の内容を覚えていないなら、また買ってもよさそうなのだが、参考書ではないと、また買う気はしないのだ。
 この本に初めて出会ったのは、1983年のケニアのナイロビだった。ナイロビの路上の古本屋や、店舗を構えた新刊書店で、おもしろそうなアフリカの本を探して何冊か買って読んでいたのだが、アフリカに関する基礎知識がまったくないものだから、おもしろい本をなかなか探せずに苦労していた。どこから手をつけていいのか、わからなかったのだ。そのころに、タンザニアからの留学生と知り合った。彼は、タンザニアの通信社の社員で、ケニアの大学でジャーナリズムを学ぶために留学しているということだった。雑談をしていて、なかなかのインテリだということがわかったので、「アフリカ文学必読書を教えてほしい」とお願いしたら、彼が優秀なジャーナリストでもあるとわかった。
 というのは、彼がこう言ったからだ。「僕は文学研究者でもないし、アフリカ文学を専門的に研究したこともない。それほどたくさんの本を読んできたわけじゃない。しかも、僕が読めるのは、英語とスワヒリ語の本だけなので、フランス語などの本は、英語に翻訳したものじゃないと読んでいない。それでも、いいかい?」
 私が「いいです、それで」と言って、ノートとペンを彼に差し出した。自分の限界をわきまえている者は、信用できる。
 ここまでの話は、『アフリカの満月』(旅行人)などで書いたことはあるが、彼が私のノートに書いてくれた「アフリカ文学リスト」は紹介したことがない。書名を羅列すると、エッセイの流れを遮断するし、日本の一般読者はアフリカ文学にはまったく興味がないだろうと思い、原稿にリストは書かなかった。しかし、約30年ぶりにチヌア・アチェベの本に再会したことでもあり、昔の旅ノートを引っ張り出して、もう名前も忘れてしまったタンザニア人学生兼ジャーナリストの「アフリカ文学必読リスト」を、彼が書いた順序どおり紹介してみよう。6冊書いたところで、「これは小説じゃなくて、エッセイだけどね」と言って書名を書いたのが7番目の本で、当時ベストセラーだった。(  )内の情報は、インターネット情報をもとに、私が加筆した。それにしても、書名と著者名を間違いなくすぐさま書き出せるというのは、やはり彼はなかなかのインテリだ。
1,Grain of wheat・・・ Ngugi wa Thiongo(ケニア 1938〜 )
2,Mission to Kala ・・・ Mongo Beti(カメルーン 1932〜2001)
3,Son of Woman ・・・ Charles Mangua(ケニア 1939〜 )
4,Tail in the Mouth・・・ Charles Mangua
5,Things Fall Apart・・・ Chinua Achebe(ナイジェリア 1930〜 )
6,People of the City ・・・ Cyprain Ekwensi(ナイジェリア 1921〜2007)
7,Detained ・・・ Ngugi wa Thiongo
 ナイロビの本屋を巡って、このリストにある本を探し、何冊かは手に入り、それらを手掛かりに、次の本を探していった。NgugiやChinua AchebeやMongo Betiの本は、日本に帰国してから再読したり、内容の確認などをしたことがあるので、作家の名前は今でも覚えている。
 誤解のないように書いておくが、英語が得意だから英語の本を読んでいたのではまったくない。私が多少なりとも読める外国語の本が、英語の本しかないからだ。だから、買ったものの、5分たっても1ページも読解できず、読むのをあきらめた本も少なくない。決して謙遜して言うのではなく、現実に中卒程度の英語力だから、できることなら英語の本など、読みたくないのだ。しかし、アフリカに関して知りたいことがあれば、ケニアで売っている新聞や雑誌や単行本を、とぼとぼと歩くように、遅々と読むしかなかったのだ。
 リスト上の作品とその著者をインターネットで調べていると、アフリカの英語文学としては名作揃いだとわかる。ショックだったのは、”Grain of Wheat”と”Things Fall Apart”の2冊は、私がアフリカに行く前に、すでに日本語訳が出版されていたといま知ったことだ。何も知らずにアフリカに行ったことが恥ずかしい。アフリカに行く前に、日本人が書いたアフリカの本はかなり読んではいたが、勉強が足りなかった。まあ、小説に興味がないせいでもあるのだが。