77話 国名もむずかしいが


 なしくずし的に、テレビやラジオでは平気でかの国を「北朝鮮」と呼ぶようになったが、そこに法律や条約や規則の改訂があったわけではない。国民の反北朝鮮感情に乗じただけだろう。
 朝鮮半島の北の国を北朝鮮と呼ぶなら、南も南朝鮮と呼ぶのが論理的で、おそらく多くの国ではそれぞれの言葉で、「北」と「南」といい分けているはずだ。 「国交がないから、ただ北朝鮮と呼んでいるにすぎない」というのであれば、かつての「西ドイツ」「東ドイツ」という呼称はどうなんだということになる。つ まり、筋論では、それぞれの国を「朝鮮」「韓国」と呼ぶか、「北朝鮮」「南朝鮮」と呼ぶべきだろう。そうならないのは、政治的思惑があるからだ。
 ビルマを「ビルマ」と呼ぶか「ミャンマー」と呼ぶかという違いは、軍事政権を積極的であれ消極的であれ、支持するかどうかの踏み絵になっている部分もある。
 こうした政治的理由ではなく、ただたんに「むずかしい」と思うことのほうがじつは多い。外国語での呼称の場合だ。日本では基本的に、国名は現地語に近い 発音で表記することにはなっているが、「イギリス」のように慣習にならう場合もある。旅先で、さまざまな国から来た旅行者たちと話をしていいて、「イギリ ス」と言おうとして言葉につまることがあった。「イングランド」というのは変だ。イギリスには、イングランドのほか、スコットランドやウェ−ルズ、そして 北アルランドもあるわけで、その一地方だけの名称を国名に使うのはまずそうだ。かといって、正式国名は長すぎるし、ブリトゥンかUKか、どれがふさわしい のか考えてしまったことがある。
 国名よりももっとむずかしいのが、英語で表現する場合のJapanに対するJapaneseにあたる形容詞形だ。日本語なら、国名のあとに、〜語、〜 人、〜風のという語をつければそれですむ。ギリシャ語、ベルギー人、カンボジア風の、というように造語できるが、英語ではそういうわけにはいかない。英語 のテレビニュースや新聞でたまたま知って、「ああ、そういうのか」とやっとわかったということも多い。イラク・イラン戦争のときに、IraqはIraqi になると、初めて知った。
 というわけで、英語の辞書を引いて少し調べてみた。本当は全世界の国名をチェックしたかったのだが、ほとんど知られていない国は出ていないので、わから なかった。ふだん英語を使っている人は、知らない国のことに言及するときはいちいち辞書で調べるのだろうか。Myanmarなんて、古い辞書には出ていな いだろうから、その形容詞形をどうやって知るのだろう。
 landの場合で、まずひっかかった。Thailandの場合はThai,Switzerlandの場合はSwissとなる(国名としてSwissを使 うことも多いと思う)。FinlandはFin。それならば、New ZealandはNew zeaになるかというと、New Zealanderであ る。これは、もともとオランダのジーランドにちなんで名付けられた国名だから、landは取れないのだ。
 こうやっていちいち説明つきで書いていくとややこしいので、以下形容詞形だけをいくつか書き出してみよう。
 アフガニスタン  Afghan 
 ブータン      Bhutanese
 ベルギー     Belgiam
 バングラデシュ  Bangladeshi
 キプロス      Cypriot
 デンマーク     Danish
 クウェート     Kuwaiti
 マリ         Malia
 モロッコ      Moroccan
 モルディブ     Maldivan
 ノルウェー    Norwegian
 フィリピン     Philippine(国名はPilippines)
 パキスタン    Pakistani
 スリランカ     Sri Lankan
 イエメン      Yemeni

 日本の新聞などでは、アフガニスタンを「アフガン」と短く表記することが多いが、これで は国名にならないのだから、きちんとアフガニスタンと表記すべきだろう。かつて、チェコ・スロバキアという国があったが、日本では「チェコ」と省略して呼 ばれることが多かった。この国は、チェコ人とスロバキア人が主要民族として構成されていたのだが、いつもスロバキア人を無視して呼んでいた。
 国名の省略が危険なのは、しばしばそこに軽蔑の感情が含まれるからだ。日本人駐在員がインドネシアを「ネシア」と呼ぶなど、その例はいくつもある。