84話 ベトナム戦争と恥ずかしいタイトルの映画


  ビデオデッキを買ったばかりのころは、録画の操作にときどきミスをしていた。放送日や放送時間や、放送局のチャンネル番号を間違えてセットしたことが敗因 である。Gコード予約ができるようになってミスはかなり減ったが、それでもまだやってしまう。間違える原因は、「標準」と「3倍」の操作ミスと、放送時間 の読み違いだ。
 「3倍」なら、このテープの残りの部分に入るなと思ってセットしたら、「標準」で録画され、番組の大半が録画されなかったというならまだ諦めもつくが、 「まあ、たぶん大丈夫」と残量を確かめずにセットして、番組の最後が切れているときにはがっくりする。とりわけ、映画を録画した場合のショックは大きい。 「グラン・ブルー」もその被害にあって、2度目の録画でやっと成功した。
 あの映画もそうだった。後半の、いよいよ盛り上がる直前に、画面が突然テレビに変わり、テープが猛烈な勢いで巻き戻された。私の勘よりも、15分か20 分くらい放送時間が長かったらしい。その映画は、地上波の深夜放送で、放送日の新聞の紹介記事で、ベトナムが舞台になっているというだけの理由で、とりあ えず録画しておいたものだった。
 ベトナム戦争を扱ったアメリカ映画だが、戦闘場面はなかった。それが気に入って、楽しんで見ていたのだが、結末がわからない。ストーリーは、不良アメリ カ兵が、ひょんなことから(どんないきさつだったか思い出せない)ベトナムの孤児院を個人的に援助することになり、軍の倉庫から食料や生活必需品を盗みだ して、孤児院に運んでいる。そういう話だった。映画はそのままでは終わらないはずだが、結末がわからない。地味な映画で、有名な俳優は出演していない。少 なくとも、私が知っている俳優はいなかった。監督の名前はもちろん、タイトルも覚えていない。放送日までタイトルさえ知らなかったのだから、おそらく話題 にはならなかった作品だろう。
 その映画がずっと気になっていたのだが、タイトルさえわからないのだから、調べる手立てもなく、わからないままになっていた。10年か、あるいはそれ以上前の話だ。
 先日、1950年代のある日本映画が気になって調べているときに、あのベトナム戦争映画のことを思い出し、インターネットで調べてみることにした。すぐ さま、ベトナム戦争を舞台にしたアメリカ映画のリストが見つかった。すでに見ている映画を除いて、それらしいタイトルの映画の内容をチェックしていった が、簡単には見つからない。まだ調べていない映画のなかから、「まさか、これじゃないよな」というタイトルの映画をチェックしたら、当たった。私が記憶し ていたとおりのストーリーだ。67年のサイゴンが舞台だった。
 その映画の日本タイトルは、笑うぞ。
 「戦場の小さな恋人たち」。まあ、なんとも、困ったタイトルだ。
 原題は“Don't Cry It's Only Thunder”
 1981年のアメリカ映画 
 監督 ピーター・ワーナー 
 出演 デニス・クリストファー、スーザン・セント・ジェームズ
 監督も俳優も聞いたことがない名前だ。スタッフリストに「制作総指揮:辻信太郎、テリー荻原、河原井敬一」とある。辻信太郎の名に記憶がある。確認すると、サンリオの社長だとわかった。だから、「サンリオ映画配給」の映画だったのか。
 ビデオもDVDも入手できないようなので、結末も書いておこう。主人公の陸軍1等兵ブライアンは、ベトナムの孤児アンを養女としてアメリカに連れて帰ろ うと、手続きに出かけるが、そのとき「ベトコン」が仕掛けた爆弾でアンは死亡。ブライアンはひとり帰還する、ということらしい。そもそも孤児を助けること になったきっかけは、戦友の遺言だったらしいのだが、この部分の記憶はない。
 決して名作ではないが、深夜に偶然発見して見る映画としては、そんなにひどくない。もちろん、批判的に見ればいくらでも批判できるが、若きジャック・ニ コルソンあたりがやれば、ちょっといい映画になっただろう。というのは、「さらば冬のかもめ」(73年)の連想だ。見ました? ちなみに、この「さらば冬 のかもめ」の原作者ダリル・ポニクサンは、癖のある軍人を描いた小説『シンデレラ・リバティー』(角川書店、1974年)の作者であり、ジェームズ・カー ンが主演した同名の映画(73年)では脚本も書いている。これが、私が好きな数少ないアメリカの小説だ。ちなみに、「さらば冬のかもめ」の原作は、日本で は『さらば友よ』(角川文庫、1975年)というアラン・ドロンの映画のような日本題で出版されている(原題は、The Last Detail)。