7話 自費出版に期待すること


 大阪のアジア図書館の目録をチェックしたら、読みたい本が1冊 あった。何万冊もあるリストのなかでたった1冊かと思うかもしれないが、現実にアジア図書館の棚を点検しても、読みたい本はそう多くなかった。絶えず古本 屋巡りをしているし、各種文献目録でも点検しているから、私好みの本はたいてい入手している。
 読みたいと思った本とは、戦前期にインドネシアで生活していた日本人の思い出話を書いたものだった。リストに書いてある内容から、その本が自費出版だとわかった。最近では定価をつけて売っている自費出版物もあるが、その本は市販をしない私家版だとわかった。
 その本をインターネットで調べてみると、いくつかの論文で引用されていることがわかり、資料的にも価値ある本らしいとわかった。その本を読むためには大 阪まで行ってアジア図書館で読むか、東京にあるらしい自費出版専門図書館にでかけるしかないらしいので、まだ読んでいない。
 ほとんどの自費出版物というは、ほかの人に読んでもらうために書くのではなく、自己満足のために書くのだから、当然、他人が読んでもおもしろくはない。  読者を満足させるために作った本ではないので、それで目的は達している。しかし、なかには貴重な資料となる出版物もある。
 こんな本があれば読みたいと思う。自分の仕事を振り返った本だ。
 例えば、『八百屋五〇年』とか『クリーニング店五〇年』といった本だ。その業界の歴史、とくに戦後史がわかる本を読みたい。業界全体の話なら、これも自 費出版だが業界組合の『五〇年史』とか企業の『○○社八〇年史』といった本がいくつもあるが、個人史と重なった業界史なら、一般読者でも興味深く読めると 思う。もちろん、その本の完成度が問題になるが、その点は金儲けだけが目的ではない編集者と出版社の手助けに期待したい。
 八百屋の五〇年史なら、商品の移り変わりや町の変化、スーパーマーケットとの戦いなどテーマはいくつもありそうだ。どの業界でもこういう話はおもしろいはずだ。
 この手の戦後史は、マスコミ業界の個人史ならば数多く発表されている。
 例えば、こんな本。「8時だヨ! 全員集合」のプロデューサーが書いた『8時だヨ! 全員集合伝説』(居作昌果双葉社文庫、2001年)によれば、著 者が現在のTBSに入社した1956年ころだと、ラジオ番組の制作に意欲を示さない社員があると、「テレビに飛ばしてしまうぞ!と怒鳴られたという。映画 界でも、役者に「お前、映画をやめて、テレビに行くか」が脅し文句だった。当時のテレビは左遷される部署だったのである。
 ほかの業界でも、「今では考えられないことだが」といった事実がいくらでもあるだろう。アジア文庫関連でいえば、外国語教育業界の変遷などすさまじいものだ。
 自分のカネで本を出すのだから、俳句でも旅行記でも好きな本を出せばいいのだが、もしほかの人にも読んでもらいたい、資料として残しておきたいという意思があるなら、自分の仕事史を書き残して欲しい。自費出版物を扱う編集者諸氏にも奮闘努力を期待したい。