100話 不審な客


 古本屋で本を探っていると、店主が声をかけてくることがある。「よくある」というわけではないが、いままで何度かある。
「なにをお探しでしょう?」
「専門は何ですか?」
「どういったものを・・・」
 店主はそう声をかけてくるのだ。これが靴屋洋服屋ならよくあることだが、無愛想がトレードマークの古本屋では、珍しいことだ。だから、私はこう勘ぐるのだ。
<ああ、万引きしそうだと疑われたか!>
 手に紙袋など持っていないし、コソコソした動きなどしていないと思うのだが、どうやら私はあやしい男だと思われるらしい。百歩譲って、店主に悪意はないとしても、不審人物と思われていることはたしかだろう。
 もしかすると、同業者と思われたかもしれない。
 初めて行った古本屋での私の行動は、次のようになる。
 道路から棚をちょっと見て、用がなさそうな本屋なら店には入らない。ただし、それほど性格がはっきりしている本屋は、神田や早稲田あたりに集中しているから、それ以外の地域にある古本屋で、時間があるのに素通りするということは、たぶん、ない。
 古本屋歩きをよくしている人なら、店内を1秒眺めれば、そこがどういう本屋かわかる。漫画と文庫の販売で成り立っている本屋か、小説中心か、学術書も置いているのかといった程度なら、1秒あれば充分だ。
「おもしろそうだ」と思った本屋なら、すべての棚を一応点検する。私好みの本がある棚はなんとなくわかるから、そういう棚はていねいに、コンピューターとかビジネス書などの棚は素通りに近く、ざっと点検する。
 気になる本がある場合、それがすでに知っている本で、買いたいと思えば値段を調べる。知らない本なら、まず内容と奥付けをチェックして、定価を見て、 「1500円かな」などと自分の価格を頭に描き、店がつけた値段を見る。それが「1000円」だとしたら、まあ、買っておこうかなどと考えて、再度点検す る。
 こういう行動というのが、古本屋ではいたって普通だと思うのだが、店主には普通じゃないと思えるらしい。もしも普通でないとすれば、点検する棚の範囲が やや広いということかもしれないが、小説にはほとんど手を伸ばさないし(それが変だといわれれば、まあそうかもしれないが)、立ち読みもしないので、店内 滞在時間はそれほど長くない。
  古本屋がほかの古本屋に行って掘り出し物を探すのを、「せどり」というのだが、私は実際にせどりしている光景を見たことがない。しかし、もしかすると、私の行動がせどりに見えたのだろうか。だから、店主は一応注意を与えたということなのだろうか。
 書店主から見た客ということで思い出すのは、関西資本の書店ブックファーストが渋谷に出店したときに、店長がラジオ番組に出演し、「大阪の客 東京の客」という話をした。関西しか知らないその店長が、東京で驚いたことは次の2点だという。
  花がなくならない・・・開店祝いに花が贈られ、店内に飾ったのだが、東京では閉店時間になっても、花がなくならない。大阪では、客が勝手に花を持って いくのは普通なのだという。そういえば、大阪で開催された「花博」の最終日、おばちゃんたちが展示してある花を持ち帰ろうとして、係員に制止されている映 像を見たことがある。「ええやんか。どうせ捨てるんやから!」と、花をわきに抱えた数十人(あるいはもっと多く)のおばちゃんたちが怒鳴ってる光景は、 「やはり、大阪は異境」と思わせるものだった。
 店員にきかない・・・・大阪では、店に入ってきたらすぐ「こういう本はどこ?」と店員にたずねる客が少なくないが、東京ではできるだけ自分で探そうとするという違いがある。

 さて、以上のようなことを踏まえて、アジア文庫店主が客について思うところがあれば、800字程度で記せ(と、設問エッセイにしておこう