120話 写真の力(3)

  カメラマン VS ライター



 理屈ばかりの話が続いたので、今回は方向を変える。
 カメラマンと雑談していると、話題はいつしか「カメラマンとライター、楽なのはどっち」というテーマになることが多かった。カメラマンとよく話しをしたのは、1980年代から90年代前半あたりなので、以下の対談はそういう時代のものだということをおことわりしておく。

カメラマン ライターって、安上がりでいいよな。紙と鉛筆があればいいんだろ。200円か300円もあれば、とりあえず始められる商売だろ。
ライター まあ、極端にいえば、そうだな。
カメラマン   だろ。ところが、カメラマンとなると、どういう写真を撮るかによるが、機材をそろえるのに最低50万か100万くらいのカネはかかる。最低だぜ。機材が 増えれば、アシスタントが必要になり、クルマもいる。文無しじゃ、カメラマンにはなれないんだよ。少なくとも、借金できるだけの信用は必要さ。
ライター  初期投資費用がかかる というのは認めるが、あとは楽だよな。ライターとカメラマンがいっしょに取材に行くとするじゃない。取材を終えたその日に、カメラマンの仕事は終わりだ。 しかし、ライターはそれから資料を集めて、読んで、考えて、原稿を書いてと、仕事はまだまだ続く。原稿料が同じとすれば、拘束される時間があまりに違うだ ろ。カメラマンが次ぎか、そのまた次の仕事をしているというのに、ライターはまだ「あの原稿」を書いているということもあるわけで、経済効率のわるい仕事 さ。
カメラマン  カネがかかるから、手 早く終えないといけないわけだ。ライターが楽だと思うのは、現場に行かなくたって、仕事ができることだ。電話取材だって可能だし、資料を読むだけで原稿が 書けるだろ。カメラマンはそうは行かない。どんなに苦労しようが、現場に行って、写真を撮らないといけない。「撮れませんでした」じゃ、話にならない。ラ イターは、カメラマンが死ぬ思いで撮影した写真を眺めて、ちゃらちゃらと原稿を書けば、それで仕事になる。
ライター  まあ、たしかに。ピラミッドを実際に見たことなくても、「ピラミッドのミステリー」なんて原稿は書けそうだけど、カメラマンは現場に行かないと仕事にならない。でも、現場に行って撮影すれば、それで終わりだよな。
カメラマン  撮影できればね。天候が悪い。撮影許可がでない。いいアングルのために、山に登らなきゃいけないとか、いろいろあるわけで、ただシャッターを押せばいいというわけじゃない。
ライター  でもさ、シャッターを押せばいいということはあるよ。カメラの世界は技術革新のおかげで、素人だってフルオートの撮影でそこそこの写真が撮れる。文章には、そういう楽な機械はないよ。素人でもボタンを押せば、そこそこの文章ができてくる機械なんてないよ。
カメラマン  カメラマンはライター と違って、匿名性という特徴があるんだよ。ライターというのを小説家やノンフィクションライターなどのこととして、売れればそれなりに有名になるでしょ。 高額所得者のランクに名を連ねる。ところが、カメラマンの場合はどんなに売れても、一般人にも有名なのはいつまでたっても篠山、立木、浅井など数人で しょ。写真集というのはミステリーのようには売れないから、書き手のトップクラスと比べれば印税はたいしたことがない。カメラマンには印税生活というの は、そう多くないんじゃないかな。
ライター  新人の場合、素人の文 章がすぐ単行本になるという例はいくらでもあるけど、いきなり写真集が出るというチャンスは、そうそうあるもんじゃない。そう考えると、駆け出しの場合、 ライターのほうが楽ということになりそうだけど、カメラマンの方が適応性があるでしょ。マンガに詳しいライターには化粧品の原稿は書けないけど、カメラマ ンの場合は水中写真とか昆虫写真とかいう特殊な写真でなきゃ、どんなものでもある程度は撮影できるでしょ。もちろん、得意、不得意はあるだろうが。
カメラマン  ライターがうらやましいと思うのは、どこに住んでいても仕事ができるでしょ。雑誌で仕事しているカメラマンは、基本的に東京の便利な場所に住んでいないといけないけど、ある程度売れたライターなら、東京に住んでいる必要はない。

 こんな話をした時代は、原稿はファックスで送れるが、写真は郵便を使うしかなく、時間がかかるし、安全性にも問題があるという問題があった。現在は、文章はもちろん写真もコンピューターを使って送ることができるようになった