623話 つまらない写真

 「もしかして、参考になるような資料があるかもしれない」という一縷の望みで購入ボタンをクルックしてしまった本が届いた。『カメラの旅 韓国と東南アジア』(持田信夫、実業之日本社、1969)をネット書店で見つけ、1960年代の韓国と東南アジアの姿が保存されているのなら見てみたいと思ったのだ。同様の写真集はすでに何冊か持っているのだが、いままでまったく知らなかったこの本には、見たことのない写真が載っているかもしれないという根拠のない期待があった。
 届いた本の写真は、どれも、ど〜しようもない観光写真である。絵葉書写真であり、あまりできの良くないカレンダー写真である。名所旧跡と民族舞踊の写真集だ。こういう残念な体験は、すでに何度もしている。例えば、やはりインターネット書店で見つけ、内容はまったくわからないが、多少の期待を込めて注文した『目で見る・世界の旅 東南アジア』(国際情報社、1971)という大判の写真集も、私にとってはまったく魅力のない観光写真集だった。写真撮影が好きな人が撮る写真は、私にとってはロクでもないものが多いという法則がある。プロの写真家の写真も、私にはゴミに等しい。
 日本で言えば、京都の清水寺など神社仏閣、二年坂、舞子、奈良の大仏日光東照宮、富士山の遠景といった写真は、50年前と現在の姿に違いがない。昔のアジアを知りたいと思って買った古い写真集に載っている写真は、現在撮影したものとなんら変わらない。だから、つまらないのだ。同じような写真ならいくらでもある。なぜみんな、同じ写真ばかり撮りたがるのだろう。「撮影する価値のあるもの」を撮影しているのだろうが、価値観がひとつしかないことがつまらないと思う。
 私は観光地には興味がない。だから、観光地の写真は撮らない。名所旧跡といった観光名所の写真は持っていない。かつての私は、ライターとして撮影していたから、意味のない写真は撮らない。「ああ、きれい」というだけの写真は、腕のいい写真家にお任せすればいい。私は彼らが撮影しない写真を撮る。そして、自分が撮影したものが何なのか説明できるモノを撮影しようと思った。シャッターを押せば、誰でも写真が撮れるけれど、その写真の説明をするのは、それほど簡単なことではない。
 旅をしていてそういうことに気がついて、意識的に街の風景を撮った。何ということのない風景だが、街の変化がよくわかる。人々の服装や髪形や、商店の看板やバスの形もよくわかる。変化のわかる写真がおもしろいと思うのだが、やはり世間は私の趣味嗜好とは違い、つまらない観光写真を喜んでいる。日本国内なら、なんということのない街の風景写真は、「銀座の百年」といった写真展や写真集で使えるのだが、同じような視点でアジアの街の変化に注目したような本を知らない。多分、ないのだろう。
 韓国や台湾には、そういう写真集があるのだが、日本で翻訳出版できるような出版事情ではないだろう。つまり、「出しても、売れない。だから、出さない」という出版事情だ。
 「絵葉書写真はおもしろくない」と書いたが、よく考えれば、おもしろいものもあることを思い出した。時代的にかなり古くなると、歴史的変化がわかる。明治時代の日本の絵葉書を集めた本は何冊もあるし、タイの古い絵葉書を集めた”Postcards of old Siam” (text by Bonnie Davis , Times Editions , 1987 , Singapore)がおもしろかったことを思い出したからだ。アマゾンで「絵葉書」あるいは「old postcard」で検索すると、おもしろそうな本が何冊も見つかる。だから、「絵葉書写真はつまらない」というのは間違いで、「観光地写真はつまらない」としたほうがよさそうだ。
 ついでに、つまらない写真の話をもうひとつしておく。雑誌の海外取材写真であっても、スタジオで撮ったかのように、照明のセッティングに時間をかけた料理写真がつまらない。筋トレの用具を兼ねているかと思えるほど重い雑誌(高級美容院御用達雑誌)の料理写真は、まるで料亭やレストランのパンフレット写真のようだと言えばいいか、商品見本のカタログのようでつまらない。そして、私が「つまらない」と感じるその手の写真は、世間では「商品写真として」高く評価される。だから、そういうつまらない料理写真に、出版社は高いカネを支払うのだ。
 料理だけが切り取られた写真は、料理がある場の空気や生活が感じられないからつまらないのだ。外国で出版された日本料理の本に、刺身の舟盛りを床の間に飾っている写真を見たことがある。同じような奇妙な写真を、日本の写真家が外国で撮影している可能性は高い。
 ただし、観光施設写真と違って、料理写真は盛り付けや器などに流行の変化はあるから、見方によっては興味深いこともある。「フランス料理の盛り付けの変化50年」といったテーマで料理写真を見れば、日本料理風の盛り付けに変わっていくさまが見えてくるはずだ。