177話 国立国会図書館遊び(1)

 JTBのガイドブック 



 国会図書館には、一度しか行ったことがない。
 図書館の静けさというのがどうにも苦手で、圧迫されているような気分になって、長居ができない。国会図書館の場合は、利用者が勝手に書棚から本を選べる 開架式ではなく、カウンターで係員に読みたい本を請求して倉庫から出してもらう閉架式だから、山のような本に圧倒・圧迫される重圧感はないものの、息苦し くなることには変わりない。
 貴重な本をピンポイントで探し、読むには、国会図書館は日本一すばらしい施設だとは思うが、私のようないい加減な読者には向いていない。本を読むなら、 図書館よりも神田神保町あたりの喫茶店のほうが私にはふさわしいし、そして喫茶店よりも電車のほうがもっと集中して読める。
 国会図書館には、余程の事情がなければ今後も行かないと思うが、インターネットのNDL―OPAC国立国会図書館蔵書検索・申し込みシステム)はよく 利用している。例えば、ある作家の著書リストを見たいときだ。あやふやな記憶の書名や発行年の確認や、著作年表も確認できる。あるいは、昭和初めころの人 物で、名前しかわからない人物をこのシステムで検索すれば、著作リストが出てくることがある。これで、その人物のヒントをつかむ。
 このシステムで検索できるのは、もちろん蔵書リストからの検索であって、全出版物から検索できるわけではない。国会図書館に保存されていなければ検索できない。
 今夜は、国会図書館の蔵書検索システムを使って、日本交通公社(以下JTB)の海外旅行ガイドブックを調べてみたくなった。「ブルーガイド」を出してい る実業之日本社にはちゃんとした出版年表があって、日本人の海外旅行史の取材時には厚いコピーをいただいたのだが、JTBにはきちんとした出版年表という ものはどうもないらしい。雑誌「旅」の仕事をしていたときに、少なくても1960年代あたりまでの出版年表を見せてほしいと編集部にお願いしたのだが、不 完全なリストしか見せてもらえなかった。国会図書館JTBの全出版物が保存されているわけではないが、「旅」編集部でもらった出版リストよりも、国会図 書館の蔵書リストのほうが役に立ちそうだ。
 旅行代理店や海外出張がある企業や団体用の『外国旅行案内』(1952年〜 )と、その書名を変えた『海外旅行案内』(1977〜82年)を除いた一般的な旅行ガイドブックを調べてみる。
 1960年代末までに出版されたJTBの海外旅行ガイドブックは、国会図書館に9冊ある。改訂版などの版違いをいっしょにすると、次の6冊だ。
 『東南アジア』(1964)、『ハワイ』(1969)の2冊は改訂版しか保存されていない。初版がいつなのかわからないのだが、おそらく海外旅行が自由 化される1964年の前年である63年だろうと思われる。ほかに『異国の街』(1965)、『世界フレッシュ旅行 1、2』(1967)、『ヨーロッパ』 (1969年)がある。
 1960年代は、国内編といっしょに「JTBガイドブック」というシリーズ名になっているが、70年代になると、「海外ガイド」として外国編が別枠にな る。1971年の『ハワイ』から、1975年の『メキシコ』までリストには24冊載っている。全部を紹介すると長くなるので、アジア編だけを初版年といっ しょに紹介してみよう。


1972年 『香港・マカオ・台湾』
1973年 『バンコクシンガポール・バーリ』(この本の現物を持っているので、バーリではなく、「バリ」だと確認できる。国会図書館側の誤記だ)、『インド』
1975年 『韓国』、『フィリピン』

 このガイドシリーズは、わずか160ページほどの薄いもので、1970年の『阿蘇・南九 州』から始まった「交通公社のポケットガイド」の外国編という位置だったと思われる。のちに外国編もポケットガイドに入り、途中「JTBのポケットガイ ド」とシリーズ名が変わり200点ほど出版されている。「ポケットガイド」シリーズ初期のアジア本は、次のようになる。


1979年 『インド・ネパール・スリランカ』、『香港・マカオ・台湾』、『韓国』、『タイ・マレーシア』、『シンガポールインドネシア
1980年 『フィリピン』
1983年 『東南アジア』、『中近東・エジプト・パキスタン

「ポケットガイド」と平行して、「ワールドガイド」という一風変わったガイドブックシリーズで、43冊出ている。
そのいくつかを紹介してみる。

『ヨーロッパスキー旅行』(1970)
中南米・メキシコ・カリブ海』(1975)
『ヤングのヨーロッパ旅行』(1976)
『ヨーロッパ鉄道旅行』(1977)
『ヨーロッパの美術館博物館』(1977)
『ヨーロッパでの暮し方』(1978)
アメリカ留学ガイド』(1980)

 こういうリストを眺めてみれば、「一生に一度の海外旅行」という夢をかなえた上流階級の 人たちにとって、2度目は自分の好みに合った旅行をしたいという希望をかなえるガイドブックがこれだろう。「好みに合った」といっても、まだ個人旅行の時 代ではなく、スキーツアーといった団体旅行や、滞在型ツアーの自由時間に美術館巡りをするという旅だろう。
 それと同時に、海外旅行が若者にも少しずつ浸透してきたということだ。『ヤングのヨーロッパ旅行』が出た1976年ごろには、すでに大学生向けの卒業旅行のツアーが企画されていた。そのあたりのことを書くときりがないので、省略する。

追記:1960年代のガイドブックに『アロハハワイ』(JTB 1963)を書き忘れたので、追加しておきます。