219話 ふたたび、自費出版にお願い



  団塊世代が大量に定年を迎えていることと、自費出版のブームが合体し、昔の海外駐在体験や長期出張体験、あるいは若き日の海外放浪をまとめた本が数多く出 版されている。日本人の海外旅行史に興味がある私としては、ネット古書店などで「それらしい」本を見つけると、片っ端から注文している。
 その結果、もしかして、つまらない旅行記を日本で一番数多く読んでいるのは自分ではないかという気がしている。この手の本は、出版社が出そうと考えるレ ベルのものではないから自費出版したのであり、だからレベルの低さを嘆いてはいけないことはわかっている。「しょせん、素人、文章がヘタに決まっているだ ろ。なにをいまさら」と、私に説教をしたくなるかもしれない。
 私だって、文章のへたさをあげつらう気はない。ただ、もしも、家族や友人以外の第三者にも読んでもらいたいと思うなら、もうすこし工夫してほしいと、著 者ならびに担当編集者にアドバイスしたくなったのだ。こういう話は以前にもちょっと書いたが、何度でも書いておきたい。

● 全部は書けない・・・・30年間の旅や5年間の駐在体験を、1冊の本ですべて書けるわけはない。それを無理に全部書こうとすれば、各テーマを箇条書きの報 告書のようになってしまう。まるで、出張報告書のような旅行記も現実にあって、うんざりさせられた。そういう本だとわかっていればもちろん買わないのだ が、内容とレベルがまるでわからないネット書店の客の悲しさ、とりあえず注文してしまうんですな。

●ガイドは要らない・・・・旅行記を書きたい気はあっても、きっと書くことがないのだろう。訪れた名所旧跡の説明を、ほとんどガイドブックの丸写しのごとき文章で埋めているものもある。誰が、そんなものを読みたいと思うか。

  では、どのように書けばいいのかといえば、99人には「自分のカネで本を作るのだから、どうぞお好きなように。でも、家族以外誰も読みませんよ」と言って おこう。好きなように書けばいいのだ。しかし、100人のうちのひとりには、こういうふうに書いてみませんかとアドバイスしておこう。

○ 細部を書け・・・ガイドブックに書いてある情報など、いっさい要らない。いまのガイドブックには書いてないことだけを書いていけばいい。例えば、昔の渡航 手続きや予防注射の話。駐在経験を書くなら、住んだ家の家賃や近所の環境など、「いまと違って、当時は」という話が出てくると、きっとおもしろいでしょ う。ハワイ旅行の話だって、1970年代なら、新婚客がみやげにパイナップルを段ボール箱にいっぱい買ってきたものだ。だから、「新婚旅行でハワイ」とい うごくありふれた旅行であっても、「当時はね…」と、旅行代金やドルレートの話や、当時の写真を見ながら新婚客の服装やカメラなど旅行用品についてあれこ れ書いても、たぶんおもしろいと思う。エッフェル塔は、50年前も今も変わらないが、それを見つめてきた人と文化は移ろいでいる。いま、突然、高校で習っ た「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同…」という詩を思い出したが、そうなんだ。変わらぬ花(名所旧跡)の説明なんかされたって、読む気にならない。移ろう 人間のほうにポイントを合わせたほうがおもしろいと、売れないライターである私は思うのですよ。

○ 専門知識を生かせ・・・駐在員体験を書くなら、専門の分野の知識も披露してもらいたい。例えば、自動車会社の駐在員として、バンコクで駐在した経験を書く なら、赴任当時のタイの自動車事情を書いておいてくれるとありがたい。アメリカ車中心で、こういう車種が人気でとか、税金は、ガソリン代は、道路事情はど うか、近隣の国ではどうかといった話だ。私としては、食品や乗り物関連ならうれしいが、金融問題を語られても困るなあと正直思うが、金融に興味のある読者 もいるだろうから、通り一遍の滞在記よりも、専門知識をちりばめたほうが、きっとおもしろくなる。ただし、社内人事のことを書かれても困るので、その点は ご配慮を。