221話 うれしいが、くやしいファーストフードの本 その2



 『ファーストフードマニア』をひとことで説明すれば、駄文と駄写真と駄デザインの本であ る。中国と台湾と香港のファーストフード店を紹介した本で、屋台や露店は含めず、アメリカ式ファーストフード店の形態をとった店を紹介している。その企画 は悪くない。だから、買ったのだ。で、最初の「中国編」を読み始めると、インターネットで集めた5行のネタを、駄文で水増しして100行にしたような文章 が、小さな字でぎっしりと詰まっているとわかった。写真が多い本でもあるが、点数だけは多いが意味のないカットだらけで、しかも小さいので、細部までよく わからない。だから、駄写真だ。
 つまり、編集者(か、ライター)の企画力はあるが、編集力がないとしか思えない。デザインを重視しすぎた方針が、道を誤らせたのだ。活字をできるだけ小 さくし、できるだけ長文にし、写真をできるだけ多く載せる。おそらくは、こういう方針が先にあるから、取材をしない書き手は、駄文で行数を埋めることに なったと推理する。写真も、とにかく点数を多く、という方針だから、撮影した写真をなんでも載せようということになったのだろう。
 もしかして、これが、デザイナーが作った案だったとしても、そのまま採用した編集者が悪い。
 駄文は駄文でしかないから、中国人にとってのコーヒーや紅茶やパンがどういうものか。並んで買うことに問題はないのかといった、さまざまな文化衝突につ いて、たいした考察もない。もっとも重要なのは、ハンバーガー1個の値段が、中国でどの程度の価値があるのかということもわからないし、メニューの紹介も ない。写真の点数を半分にして、文章量を3割減にして、活字をやや大きくして、あいたスペースに全メニューや、解説付き主要メニュー表があればいいのだ が、編集者はそんなことは考えなかったらしい。無意味な店内写真が多いが、そこでどういう食べ物や飲み物があるのかよくわからないのだ。手当たりしだいに 注文し、写真を撮っていく時間と取材費はないだろう。だから、商品の写真が載っている広告ビラ(チラシ)を大きく載せればいいのだ。実際にビラの写真も 載っているが、イメージカットの扱いで、小さすぎて写っている物がよく見えないし、値段の数字も読めない。こまった駄写真だ。
 文章は、現地の日本語雑誌にでも出ているような感じで、現地のファーストフード店をよく知っている人向けに書いているとしか、思えないのだ。だから、細部がわからない。
 台湾編はかなりいい。私の疑問点にも、かなり答えてくれている。香港編は合格点には達しないが、まだましだ。
 ただし、首をかしげてしまう記述もある。たとえば、台湾人は食器を手に持って食事しないと書いてあるが、中国人の世界では、茶碗や丼を左手に持って食事 している風景はよく見かける。台湾だけがその例外というのは、おかしい。あるいは、「香港人は辛い料理が苦手である。辛い味で有名な四川料理四川省が近 いだけに不思議だ」という文章を、中国・香港に詳しいというライターが書いている。香港は四川の近くにあるかね。カシュガルや大連よりは、まあ、たしかに 近いことは近いが。本文を読みながら、つい?印を書いてしまった文が、少なくない。
 この場で、こうした文句を書いているのは、批難するためではない。期待しているからだ。今はやりの、女が書いたイラスト旅行記のようなものならば、はじ めから無視している。商品カタログにもならないようなミニ図鑑ならば、なにも言及しない。「また、いつもの“柳の下本”か」と思うだけだ。
 しかし、この『ファーストフードマニア』は、まず、「ファスト」じゃないのが気に入った。「ファースト」と原稿を書くと、「ファストでは?」と言ってく る編集者もいる。それは、NHKや民間放送連盟や日本新聞協会のバカどもが、「ファスト」が正しいなどと決めたからだ。その理由は、「アメリカで生まれた この外食産業を、アメリカ人がそう発音するから」だと。従来の「ファースト」はイギリス風の発音だから、適さないというのだ。じゃあ、American  Breakfastは、「アメリカン・ブレックファスト」と表記しなきゃいけないのかい。世間は、若者のことばにやいのやいのと言うが、私はこういう「偉 いお方」の規制もまた、気に入らない。エレベータとか、プリンタとか、理系に日本語バカが多いのはわかっているが、それを助長させる輩も許せない。
 ああ、また話がずれて、長くなった。できるだけ、1回読みきりにしたいと思っているのだが、まさに雑語で、さまざまな事柄が頭に浮かび、次々と長くなってしまう。ご容赦を。以下、次号だ。