247話 『旅する力 深夜特急ノート』の読書ノート 第一話

 旅のことが知りたい




 2009年1月8日掲載の「本は買わないと決意したが・・・」を書いたのは昨年12月中旬で、その後年末までに新刊書だけでも30冊ほど買ってしまった。そのなかの1冊について、これから思ったこと、思い出したことなど、もろもろのことを書き綴ってみようと思う。
 沢木耕太郎が、『深夜特急』をめぐる旅事情を詳しく書いた『旅する力 深夜特急ノート』(新潮社、2008)を出した。この本に対する世間的な評価は知らないが、旅行史研究者の私としては、望外の喜びとでも表現したくなるくらいの好著だった。
 ここ何年も、インターネット古書店で、1950年代から1970年代あたりまでの海外旅行記を買い集めている。有名な作家や学者の手による本はさけて、 なるべく若く、無名の著者の本ばかりを買い集めてきた。ネット古書店への出品だから、内容の確認はできず、著者が無名のほぼ素人だから、検索しても著者の 経歴や情報は出てこない。だから、値段だけを決め手に発注して、数日後に自宅に届き、10秒後に「やっぱりな」とがっかりする日々を繰り返し、駄本の山を 築いている。
 時間とカネの無駄遣いになりそうだとわかっていても、古い旅行記やガイドブックをなぜ買い集めているのかというと、知りたいことが数多くあるからだ。海外旅行がまだ珍しかった当時の、生の気分を知りたいからだ。箇条書きにすれば、こういう事項だ。

■著者は、どういう理由で旅に出ようと思ったのか。1970年代あたりまでは、一般人は、ある種の決意や覚悟がないと、外国旅行には出かけられなかったから、日本を出ると決める心の動きを知りたい。つまり、何にそそのかされて、旅に出ようと決意したのか。
■著者は、なぜ、その地を旅行目的地として選んだのか。小説の影響か、映画を見たからか、友人の話なのかといった、旅行地選定の経過を知りたい。旅行情報をどうやって得たかも知りたい。教養や関心の方向を知りたい。
■特に豊かな者か、奨学金を得た留学生でもなければ、旅行資金をなんとかして自分で作らなければいけない。どうやって、どのくらいの資金を稼いで、日本を出たのか。
■旅行用品など、こまごまとしたことも知りたい。
■旅先での、あるいは帰国した直後の、カルチャーショックにも興味がある。旅行者は、いったいどういう事柄・出来事にショックを受けたのか。

 要約すれば以上のようなことなのだが、細かく分ければ「旅に関する100の質問」になる くらい、知りたいことがある。そして、この『旅する力』は、私の疑問にかなり答えてくれている世にも珍しい本なのである。世に、旅行記や思索記は数多いの だが、上に書き出した項目に答えてくれる本、社会と連動した旅行事情記というものは、まず、ない。
 1970年代なかばの個人旅行の関連資料としては、空前絶後の本だといっていい。数多くの旅行記には、いま書き出したような項目について、ほとんど何も書いてないからだ。
 旅行が好きな人や沢木の愛読者が、沢木の旅行事情そのものにどれだけ興味があるかわからないが、私にとっては付箋を貼り付けつつ精読した資料であった。
 そこで、これから何回かにわたって、『旅する力』の読書ノートを書いていこうと思う。沢木の文章を引用しながら私の感想などをいちいち書いていったら、 長くなっていつまでたっても終わらなくなる。だから、この『旅する力』の内容は詳しく紹介しない。どういう内容なのか基礎知識を得たい人は、自分で調べて ください。
 この本を読んでいて思い出したこと、考えたこと、調べたことなどを、書いてみようと思う。沢木耕太郎論でもなければ、作品論でも、旅論でもない。ただの印象記だ。
 まずは、本の話だ。
 この本の「序章 旅を作る」には、6冊の書物が登場する。
 『大言海』(大槻文彦
 『ティファニーで朝食を』(トルーマン・カポーティ
 『赤毛のアン』(L.M.モンゴメリ
 『夢見た旅』、『アクシデンタル・ツーリスト』(アン・タイラー
 『チャーリーとの旅』(ジョン・スタインベック
 この6冊の本のどれも読んだことはない。しかし、読みたいと思って手にとったことがある本は、1冊ある。1980年のニューヨークだろうと思うが、それ以前にも話がさかのぼる。スタインベックの本に初めて出会ったのは、1974年のことだ。